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第16話 改宗

 わたしはスープの入った鍋を持って、まだ料理を食べていない浮浪者たちの元に歩み寄った。


「こんにちは。もしよろしければ、皆さんもスープはいかがですか? とても美味しいですよ」


 声をかけた瞬間、彼らは驚いたように顔を見合わせた。リーダー格であろう初老の男が申し訳なさそうに口を開く。


「ああ……本当にいい匂いだ。腹も減ってる。だがお嬢ちゃんの料理、魔物が入っているんじゃないか?」


 男の言葉に、周りの者たちもこくこくと頷く。もちろん魔物は入っているが、何か問題でもあるのだろうか。


「不浄な魔物の肉を食べたら瘴気に侵されて死んでしまう。あいつらは無警戒に食べているが……シスターがこんな恐ろしいことをして大丈夫なのか?」


「えっ?」


 どういうことだろう。確かに猛毒熊(ポイズンベア)のように毒のある魔物や、幽霊騎士(デスナイト)のように瘴気を放つ魔物は存在する。


 でも、今回使ったのは安全な魔物だけだ。わたしも食べてるしね。


「大丈夫ですよ。ホーンラビットやロック鳥に瘴気は含まれていませんから」


「本当か? だが教えでは……」


「いくら腹が減ってるとはいえ、魔物を食う勇気はねえな……」


「でも向こうの連中は美味しそうに食べてるぞ?」


「美少女の手作り……食べたい……」


 わたしが説明しても、彼らは半信半疑のままだ。不安げに話し合い、悩み続けている。


 すると、じっと話を聞いていたシャノンがハッと気づいたように声をあげた。


「もしかして、貴方たちは聖導教の信者ではありませんか? あの宗教には確か、魔物を食べることを禁止する教えがあったはずです」


「……その通りだ。俺たちは皆聖導教を信仰している。この街の教会は20年前に潰れちまったが……それでも教えに従い、真面目に生きてきたつもりさ」


「ああ、悪いことなんてほとんどしたことがない。強いて言えば……スリや恫喝、殺人、放火ぐらいか」


 悪行三昧じゃないか。よくそれで真面目とか言えたな……。


 予想外の告白に思わず言葉を失ってしまう。男達はその沈黙をどう受け取ったのか、落ち着かない様子でシャノンに視線を向けた。


「そんな反応をされると、不安になるな……。もしかして、魔物を食べないのは聖導教の信者だけなのか?」


「はい。魔物食を禁忌とするのは聖導教の影響が強い地域だけですよ。叡智の尖塔(ルミナスコード)でも普段は魔物食が中心です」


 わたしの故郷でも普通に食べていた。お爺ちゃんとかも食べてたけど、特に健康に問題はなかったけどなあ。


 しかし、聖導教は大陸最大の宗教だ。この国では魔物を食べない人のほうが多いのかな。



「ですが、なぜ聖導教は魔物を食べることを禁止しているのですか? こんなに美味しいのに、不思議です」


 わたしが首を傾げると、シャノンが冷静に答えた。


「恐らくですが……昔は魔物全てが瘴気を持つと考えられていたのではないでしょうか。聖導教の本拠地周辺は瘴気を持つ魔物が多いですし、その教義が確立されたのは何百年も前のことですから。知識が間違ったまま魔物食を禁止した可能性はあります」


 実際、魔物は普通の動物に比べて食べられない種類も多い。今ではどの魔物が安全でどれが危険かちゃんと分かっているんだけど……教義を簡単に変えることはできないだろうし、一度禁止した以上引っ込みがつかなくなったのかな。


 

 でも、教義のせいで美味しいものを食べることができないなんて、何だか勿体無いね。

 

「聖導教の影響が強い国の中にも、この街のように食料が無くて困っているところはあるはずです。魔物を食べられるだけで、彼らはもっと豊かになるはずなのに――」


 ――あれ?

 

 そこまで考えたわたしは、突然ピンと閃いた。これこそが、ノクヴァル教が聖導教を超えるための鍵になるのではないか?


 

 世界征服を目指す以上、いずれは聖導教の信者たちも改宗させる必要がある。

 

 だが、ノクヴァル教にはまだ肝心の教義が無かった。そのことをずっと悩んでいたのだ。


 ならばここで新しい教義を作ってしまえばいい。『積極的な魔物食の推奨』だ。


 

 聖導教の教義は、数百年前の常識に基づいた古いもの――魔物食の禁止も当時はそれが最善だったのかもしれない。


 でも、時代は変わる。知識が増えれば、古い教えが現代の感覚と合わなくなってくるのは当然のことだ。


 それに比べて、ノクヴァル教はまだ生まれたばかり。状況に合わせて都合よく教義を作ることができるし、他宗教の良い部分を自由に取り入れることも可能だ。


 聖導教の教義の良いところは取り入れて、時代遅れになった悪いところは改善していけば――最強の教義ができてしまうのではないか?

 


 この世界で最も優れた教えを作ることができれば、世間にも受け入れてもらいやすくなるだろう。


「その第一歩が、魔物食の推奨。聖導教の元信者たちが魔物食の安全さを宣伝してくれれば、聖導教の地盤を崩すことにも繋がります……!」


 幸いにも、わたしには洗脳スキルがある。少し()()()()()を使うことにはなるが、魔物食に抵抗がある人に一口食べさせることは不可能ではないだろう。


 わたしは柔らかな笑みを作り、彼らに語りかけた。


「皆さんにお尋ねします。あなた方の信仰する聖導教は……あなたに救いの手を差し伸べてくれましたか?」


 シン、と広場の喧騒が一瞬だけ遠のいた。彼らは息を呑み、わたしを見つめている。

 

「もし聖導教の教えが真に正しく、人を救う力があるのならば、あなた方が今こうして飢えに苦しんでいるはずがありません」


 一人一人の目をじっと見つめる。洗脳が効くことを願いながら、わたしは言葉を続けた。


「さあ、こちらへ。ノクヴァル教を信仰すればもう苦しむことはありません。温かい食事と安らかな眠りを約束します。あなたは救われるのです! 邪神ノクヴァルを信じましょう。邪神ノクヴァルを信じれば救われます……」


「……っ!」


 彼らの瞳が揺らぎ、徐々に熱を帯びていく。

 やがて初老の男が意を決したように一歩前へ踏み出した。彼は震える手で木の器を受け取ると、なみなみと注がれたスープをじっと見つめる。


「本当に、死なないんだろうな」


「ええ。何も心配いりませんよ」


 男は目を閉じて深く息を整えてから、ゆっくりとスープに口をつけた。


「…………ッ」


 次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。驚愕。それから安堵へと表情が変わり、堰を切ったように夢中でスープをかき込み始める。


 その姿を見た残りの人々も次々とスープの器を受け取り、貪るように食べ始めた。


「ああ、温かい……! こんなに美味いものを腹いっぱい食べられる日が来るなんて!!」


「これが、魔物……!? 聖導教はこんなに美味いものを禁じてたのか……?」


 やがてスープを飲み干すと、彼らは満足そうに自分の腹を撫でる。


「こんなに腹が満たされたのは何年ぶりだろう……。あんたは俺たちの命の恩人だ。疑ってすまなかった」


「貴女のおかげで、聖導教の間違いにようやく気づくことができました。このご恩は忘れません! 我々は今日この日より、ノクヴァル教に全てを捧げます!」


 男たちが涙を流しながら地面にひれ伏した。その瞬間、彼らの痩せこけた体が眩い金色の光に包まれる。


「なんだ? 体の奥から力が溢れ出してくる……!」


 この光は、彼らがノクヴァル教の信者になった証だ。初めて相手に触れることなく洗脳することができた。

 

 頬が緩むのを感じながら、わたしは晴れやかな声で彼らに告げる。


「――歓迎します。ノクヴァル教へようこそ!」


 

 多少は苦戦したが、食事と洗脳スキルを組み合わせれば相手に触れることなく改宗させることができると分かった。

 

 一人一人触って洗脳していくのは流石に不自然だから、自然に宗教勧誘ができるならそれが一番良いのだ。

 


 その後も宗教勧誘は順調に進み、この日信者の数は一気に100名を超えた。これだけの数が揃えば、やれることの幅も大きく広がる。


 次は、街を漂うこの悪臭をどうにかしよう……。流石に臭すぎるからね。

お読みいただきありがとうございます!

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