第15話 炊き出し
わたし達は食事の準備をするため、貧民窟の広場へと移動した。
広場とはいっても、崩れた壁や瓦礫が散乱した荒れた場所だ。それでもスペースは充分にあり、大勢で食事をすることもできそうだ。
「さて、さっそくご飯を作りましょうか」
わたしがそう宣言すると、控えていた信者たちが一斉に動き出す。彼らがすっと前に手を伸ばすと、何もない空間がぐにゃりと歪み、黒い割れ目が発生した。
そこから巨大な魔物たちがドサドサと落ちてきて、重々しい音を立てながら広場の中心に積み上がっていく。
今朝狩った魔物を収納魔法で保管してもらっていたのだ。
わたしは腕を組んで、高く積まれた食材の山を眺めた。これだけ食材が豊富だとテンションも上がる。
何を作ろうかなぁ……。信者たちが魔法で保存していた野菜も、もう残り少ない。サラダにして全部使い切ってしまおう。
メインディッシュは……と思考を巡らせていると、広場からヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。炊き出しの噂を聞きつけて集まってきた貧民窟の浮浪者たちだ。その数は既に100人を超えている。
「お、おいあれ見ろよ……オークキングだぞ。災害級の魔物じゃねえか!」
「鋼鉄蛙や骸骨将軍まで……。あの魔術師たち、見たこともないような高ランクの魔物をゴロゴロと出してくるぞ。噂通りの化け物集団だ」
「それよりヤバいのは、あれほどの力を持った連中が完全にあのシスターの言いなりになってることだろ。彼女は一体何者なんだ?」
「ひょ、ひょっとして……清楚なシスターは仮の姿で、その正体は世界征服を企む闇の支配者なんじゃ……」
「おい、こっち見てるぞ……!?」
「えっ……? か、可愛い……」
「しかも笑顔で手ぇ振ってくれてる!?」
「可愛いからいいか……闇の支配者でも……」
浮浪者たちはわたしが手を振ってることに気づくと、先ほどまでの警戒心を忘れ、だらしない笑顔を浮かべた。
ふぅ、危ない危ない。あらぬ誤解が広まるところだった。さっきのゴロツキ達の反応といい、どうやらわたし達はとんでもなく危険な集団に見えてしまうようだ。
犯罪者を仲間にしていく以上、洗脳スキルで周囲の警戒心を緩めるのは今後も必須になりそうだな。
そんなことを考えていると、信者の1人であるランドルフがロック鳥を引きずりながら近づいてきた。象を捕まえて巣まで持ち帰ると言われている、巨大な鳥の魔物だ。
「教祖様。俺の狩ってきたロック鳥です。ぜひお使いください」
「ありがとうございます、ランドルフ。では、ロック鳥とホーンラビットを入れてスープにしましょうか」
ホーンラビットの肉は淡白だが鶏肉に似た繊細な味わいを持つ。ロック鳥の骨から染み出す濃厚な旨味と合わせれば、極上のスープになるはずだ。
続けて、黒い鎧を胸に抱えたデスケが前に出てくる。
「俺の仕留めた魔物です。よろしければお使いください」
ガシャン、と目の前に置かれたのは、禍々しい瘴気を放つ全身鎧だった。鎧の隙間から不気味な黒いモヤが吹き出し、それに当たった草花が黒く変色していく。
「ええと……これは……?」
「幽霊騎士です。瘴気を撒き散らし周囲の植物を枯らします」
そんなの食べられるわけないでしょ!!
野菜腐っちゃうから、やめて。近くに置かないで。
うちの信者たち、強い魔物ならなんでも良いと思ってないか?
「……気持ちは嬉しいですが、今回は別のものにしますね」
引き攣りそうになる頬をなんとか繕い、改めて食材を見渡す。メインディッシュはオークキングにしようかな。
オークキングの肉は筋肉質で硬そうだが、丁寧に筋切りして叩けば、ジューシーなメンチカツにできるだろう。
ソースはロック鳥の卵と刻んだ玉ねぎでタルタルソースを作る。
「あとはパンがあれば最高なのですが……」
わたしがそう呟くと、さっき少年を追いかけ回していた強面のおじさんが申し訳なさそうに教えてくれた。
「それがな、今街道が山賊に封鎖されててよ。商人が軒並み襲われちまって、街に食料が入ってこないんだ」
「なるほど、そんな事情が……。ですが、この街の兵士は取り締まらないんですか?」
「兵士が捕まえに行くと、山賊はパッと逃げちまうんだ。バロミアの領主は元商人だから死にものぐるいで山賊のアジトを探してるんだが、まだ見つかってねえ」
それは困ったなあ。
飢えている人がこんなに多いのも、ただ貧しいからというだけの理由ではないのかもしれない。
まあ、仕方ないな。今日のところはスープとサラダ、それとメンチカツだけにしよう。
調理器具を用意していると、シャノンが腕をまくって近寄ってきた。
左手首に着けたブレスレットが日差しを反射してきらりと光る。その中央に埋め込まれた白い宝石は、全体の3割ほどが黒く汚染されて濁っていた。
「私も手伝います」
えっ、意外だ。シャノンが自分から手伝ってくれるなんて。これはもしや、わたしのことを仲間だと認めてくれたのではないか?
間違いない。完全に仲間だね。うん。
「シャノンと一緒に料理できるなんて嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべるわたしに、シャノンは淡々と答える。
「貴女に頼ってばかりでは悪いですから。それに、料理と魔術は同じです。その工程は極めて論理的であり、私の得意分野でもあります」
ふむ、なるほど。それは期待できそうだ。
「では、そこの玉ねぎを微塵切りにしてもらえますか?」
「分かりました。すぐに終わらせましょう」
シャノンが詠唱を始めると、彼女の右腕に水が集まり、鋭利な刃の形を成していく。彼女はそれを、まな板の上の玉ねぎに向けて躊躇なく振り下ろした。
「『水刃』」
――ゴガアァァァァンッ!!
細い指先から放たれた水の刃が玉ねぎを真っ二つに切り裂いた。斬撃は勢いを失うことなくそのまま広場の地面を抉り取り、見物していたゴロツキ達へと一直線に伸びていく。
「「うおぉぉぉっ!?」」
ゴロツキ達は悲鳴をあげて、もつれるようにして地面を転がった。ほんの数秒前まで彼らがいた場所を水の刃が薙ぎ払い、建物に深々と穴が開く。
「ひ、ヒィッ!」
「危うく死ぬところだった……! なんて威力だ……!」
「これが叡智の尖塔か……。冗談で喧嘩売ったらミンチにされちまうぞ」
ゴロツキ達が顔を青くしてシャノンを見つめ震え上がる。当のシャノンは抉れた地面を一瞥すると、何事もなかったかのように両手に水の刃を纏った。
「では、もっと食べやすいようにバラバラにしましょう」
まだやる気なの!? このままでは料理が完成する前に貧民窟が更地になってしまう。
「ちょっと待ってください! 魔法を使うのは禁止です!」
慌てて止めに入るわたしに、シャノンは心底不思議そうな表情を浮かべた。
「え……? 魔法のほうが効率的だと思いますが」
「威力が高すぎるんです! 人に当たったらどうするんですか! ほら、これを使ってください」
わたしはシャノンに包丁を手渡した。彼女は不満げな顔でそれを受け取ると、未知のものでも見るかのようにじっと包丁を見つめる。
「こ、こう……ですかね?」
シャノンが恐る恐る包丁を構える。慣れない手つきで玉ねぎに刃を当てる姿は、見ているこっちがハラハラするほど危なっかしい。
そして。
「あっ……」
ザクッ、と。包丁が彼女の指を切り裂いた。白い指からぷくりと血の球が浮かび上がる。
わたしは慌てて懐からポーションを取り出し、栓を抜いた。
「大丈夫ですか!? すぐに治療します!」
シャノンは何が起きたのか分からないという表情で自分の指先を見つめ、プルプルと震えている。その水色の瞳には涙が浮かび、声も僅かに震えていた。
「だ、大丈夫です。私に痛覚は……ありませんから」
強がらないで……。
そんなこんなで料理が完成した。ちなみに、シャノンに包丁を持たせるのは危険だと判断して、最終的にはレタスをいい感じの大きさにちぎるという作業をしてもらった。
「皆さん。沢山ありますから、どうぞ遠慮なさらずに召し上がってくださいね」
声をかけると、貧民窟の住民たちはすぐに木の皿を受け取って列を作り始める。
そして、スープを一口食べた瞬間彼らの表情が驚きと喜びに変わっていった。
「う、うめえええっ!」
「スープが身体に染み渡る……。ああ……ありがてぇ……」
「このメンチカツも最高だ! 衣はサクサクで、噛むと肉汁が溢れ出してくる!」
あちこちから聞こえてくる歓声に胸が温かくなる。隣で腕を組んでいるシャノンも、美味しそうに食事を頬張る人々を見て心なしか嬉しそうだ。
「自分の作った料理を喜んでもらえるというのは、何だか不思議な感覚になりますね……。料理とは奥が深いです」
レタスをちぎっただけで料理した気にならないでほしい。だけどまあ、シャノンが楽しいと感じてくれたなら、それで良いか。
「ふふっ、そうですね。今度はもっと本格的な料理を作ってみましょうか。包丁の正しい使い方から、わたしが教えてあげます」
シャノンは痛いところを突かれたように「うっ」と息を詰まらせ、気まずそうに視線を逸らした。
「うぅ……。確かに、ここは素直に教わるのが賢明ですね。今回はあまり、戦力になれませんでしたから……」
そして力なく肩を落とすと、消え入りそうな声で呟く。
「……その、ありがとうございます。私はあまり器用ではないかもしれませんが……次はもっと、貴女の役に立ってみせますから」
そう言ってぷいっと顔を背ける彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
微笑ましい気分で彼女の横顔を眺めていると、先ほど揉めていた強面のおじさんと少年がおずおずとこちらに近づいてくる。2人とも、さっきまでの険悪な雰囲気はすっかり消えているようだ。
少年がぺこりと頭を下げた。
「シスターさん、ご飯本当にありがとう。すっごく美味しかった!」
「ええ、喜んでいただけて嬉しいです」
まあ、本当はシスターじゃなくて教祖なんだけどね。服装のせいで紛らわしくなってしまっている。
「僕はネイトっていうんだ。シスターさん、お礼は絶対するから……その……」
ネイトと名乗った少年は顔を上げると、こちらの様子を窺いながら遠慮がちに続けた。
「お姉ちゃんにも食べさせてあげたいんだけど、少し持って帰ってもいいかな?」
「もちろんです。炊き出しは毎日行うつもりですから、次はぜひお姉ちゃんと一緒に来てくださいね」
しかし、その言葉を聞いた瞬間ネイトの表情が曇った。彼は何かを言いかけるが、すぐに唇を噛んで黙り込んでしまう。
一方のおじさんはそんなネイトの様子に気づくこともなく、腹をさすりながら豪快に笑った。
「いやあ、本当に美味かった! 嬢ちゃんのおかげで俺、目が覚めたぜ。財布はちゃんと元の持ち主に返すことにするよ」
「ええ、それがいいでしょう」
「ガハハ! 嬢ちゃんにも、迷惑かけてすまなかったな!」
彼の晴れやかな笑顔につられて、わたしも笑みを返す。その後もおじさん達と談笑していると、広場の隅のほうで10人ほどの集団が遠巻きにこちらを眺めていることに気づいた。
彼らは擦り切れたボロ布を纏い、痩せ細っていて頬はこけている。きっとお腹も空いているはずなのに、決して料理に手をつけようとしない。
料理を食べている他の浮浪者を見て羨むような、それでいて怯えたような、不思議な表情をしていた。
どうしたんだろう……?
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