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第14話 貧民窟

 街の中は、相変わらず鼻を覆いたくなるほどの悪臭に満たされていた。腐った食べ物の酸っぱい匂いと、道に放置された汚物のアンモニア臭。


 もはや懐かしいこの澱んだ空気に顔を顰めていると、信者の1人であるウルリクが駆け寄ってくる。

 

 彼は鋭い目で周囲を窺うと、声を潜めて進言した。


「教祖様、大通りを進むのは危険です。街の西側にある貧民窟ならば法の目も届きずらく、我らのような者(指名手配犯)でも身を隠す場所を見つけられるかと」


 確かに、見たところ街の中心部は兵士が巡回してるんだよね。犯罪者が多いとは言っても、自由に出歩ける場所は限られた地区だけのようだ。

 

 わたしは小さく頷き、決断をくだした。


「わかりました。貧民窟には老朽化して放棄された家もたくさんありますし、兵士に見つかる前にそこを目指しましょうか」

 

 長時間森を歩いたせいで足が痛いが、ここで立ち止まるわけにはいかない。わたしはぶーちゃんの巨大な身体をよじ登り、その背中に跨った。


「ぶーちゃん、西を目指して歩いてください!」


「ブモッ!」


 ぶーちゃんが頼もしい声を上げ、わたしを乗せて歩き始める。通行人がこちらを見てギョッとしながら道を開けた。


  ◇

 

 路地裏に入り少し進むと、途端に街の風景が変わり始めた。家の壁にはひび割れが目立ち、窓ガラスも割れている。異臭もますます強くなってきた。


 ゴミや汚物が散乱する建物の陰からは、いかにも柄の悪そうなゴロツキが遠巻きにこちらを眺め、ヒソヒソと囁き合っている。


「おい、あのローブ……叡智の尖塔(ルミナスコード)の連中じゃねえか?」


「へぇ。お前元冒険者だろ? 殺したら賞金貰えるんじゃないか? 行ってこいよ」


「無茶言うな。Aランクの魔術師が何人も誘拐されてるんだぞ」


「目を合わせないほうがいい……。1冊の魔導書のために街ごと滅ぼすようなイかれた連中だ。俺らが勝てる相手じゃない」



 意外にも、ゴロツキ達は怯えたように目を逸らした。その視線が行き場をなくしたように彷徨い、やがて先頭のわたしに集中する。


「待て。あの修道服の美少女、何でグレートボアに乗ってるんだ? あれは人間が飼い慣らせるような魔物じゃねえぞ」


「それだけじゃない。あの悪名高い叡智の尖塔(ルミナスコード)の魔術師が、まるで手下みたいに付き従ってやがる」


「いや、そんなことよりめちゃくちゃ可愛くないか!? 今俺のこと見たぞ!」


「馬鹿、俺だ! 絶対に目が合った!」



 ゴロツキ達の間で、先ほどとは質の違うざわめきが広がる。その視線に応えるようにわたしがにこやかに手を振ると、ゴロツキ達も緩んだ顔で手を振り返してくれた。

 

 ……なんか、大丈夫そうだな。治安が悪いので少し不安だったが、洗脳スキルのおかげで敵対されることは無さそうだ。

 

 起こりそうなトラブルを未然に防げるのが、この能力の便利なところだね。



 そんなことを考えていると、突如として怒号が響き渡った。


「――待ちやがれ、このクソガキが!」


 声の聞こえた方向に顔を向けると、ボロボロの服を着た少年がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 年は10歳くらいだろうか。その小さな手には財布が握られ、顔を真っ赤にした強面の男に追いかけられている。


 スリに失敗して逃げているのだろう。やっぱり治安悪いなあ。

 

「う、うわ!? 化け物!?!?」


 何度も後ろを振り返りながら走っていた少年は、ぶーちゃんを目にした瞬間驚いて足をもつれさせ、その場に倒れ込んだ。


 あっという間に追いついた男は倒れた少年の胸ぐらを乱暴に掴むと、懐から鈍く光るナイフを取り出した。



「俺から盗みを働くたぁ、いい度胸じゃねえか。その命で償ってもらうぞ」


 ギラリと光る切っ先が、少年に向けて振り下ろされる。



 まずい。盗みは駄目だが、命を奪うのはやり過ぎだ。2人とも洗脳して解決する!!


 わたしはぶーちゃんの背中をトンと蹴り、地面に飛び降りた。そして恐怖に目を見開く少年の前に体を滑り込ませる。


「お待ちくださ――」



 ガキンッ!!


 言い終わる前に、甲高い金属音が響いた。

 男のナイフはわたしの頭部に――正確には、わたしの頭部を覆う修道服のベールに弾かれ、あらぬ方向に飛んでいった。

 

 男は何が起きたのか分からないといった表情でわたしの顔と自分の手元を見比べ、呆然と呟く。


「な、なんて硬い頭だ……!」


 刺されたはずなのに、痛みどころか衝撃すらほとんどない。慌てて修道服のベールを触るが、サラサラとした布の感触があるだけだった。


 ……瞬間的に硬くなった?


 

「まあいい。さっさと返しやがれ!」


 我に返った男が怒りを滲ませながら叫ぶ。少年はわたしの背後から顔を出し、男を睨みつけて言い返した。


「うるさいな! この財布だって元々はオジサンのじゃないだろ!」


「なっ、なにぃ……!? まあ、確かに俺の金ではないが……」


 男がぎくりと肩を震わせ、目を泳がせる。


 え? どういうこと??

 

 困惑するわたしに、男は気まずそうに目を逸らしながら言った。


「……つまりだな。俺が盗んだ財布をこのガキに盗まれたんだ」


 

 えぇ……。

 

 よくそれで人を殺そうなんて思えたな。

 ジト目で見るわたしに、男は逆ギレしてくる。


「仕方ないだろ! こっちはもう3日も飯を食ってないんだ!」


「僕は1週間食べてない!!」


 よく見ると、2人の身体は痩せ細り、服もボロボロだ。生きるために必死なのだろう。わたしも似たような生活をしてたからよくわかる。



 わたしは小さくため息をつくと、穏やかな笑みを作って2人に向き直った。


「まあまあ。お二人とも落ち着いてください。よろしければ、わたしがご飯をご馳走します。周りで見ている方々もよろしければどうですか?」


「へ……?」


 2人はぽかんとした表情で顔を見合わせた。こういう争い事は、まずお腹を満たしてから解決するのが一番だ。


 様子を窺っていたゴロツキ達が手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。その後ろから1人、また1人と痩せこけた人々が姿を現し、気づけば数十人の浮浪者に囲まれていた。


 

 こんなにいたのか。気づかなかったが、多くの人々に注目されていたようだ。


 浮浪者たちはギラギラとした目に希望の光を宿しながら、興奮気味にわたしを見つめてくる。


「お、俺たちも食べていいのか!?」


 もちろん大歓迎だ。今この場にいる人は、全員ノクヴァル教の信者になってもらう。


 世界征服の第一歩。まずは食事の対価に、信仰心をいただこう。

お読みいただきありがとうございます!

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