第13話 門番
食事を終え、ポーションで傷を癒したわたし達は街を目指して歩いていた。
街の名前はバロミア。邪神の森から最も近い街であり、わたしが奴隷として売られた因縁の街でもある。
わたしは全人類を幸福にするために、まずはこの街をノクヴァル教の本拠地として支配するつもりでいた。
楽しみだなあ。
街に行けば、人がいる。それも10人や20人ではない。沢山いるのだ!!
つまり――宗教勧誘し放題ということである。
叡智の尖塔のときのように、命懸けで戦う必要もない。このような状況であれば、わたしの洗脳スキルも大いに活きるだろう。
本来このスキルは、戦闘に使うようなものではないのだ。地道に宗教勧誘し、影からこっそり勢力を広げ、やがて街を支配する。それが洗脳スキルの正しい使い方だ。
「ふふふ……やっとこのスキルの本領を発揮できますね」
わたしが1人悦に入っていると、隣を歩くシャノンがじっとりとした視線を向けてきた。腕の怪我も治って調子も良いはずなのに、その表情は不満でいっぱいだ。
「本当にバロミアに行くつもりですか?」
深いため息と共に、シャノンが問いかけてくる。
「あの街は領主の悪政でインフラも経済もボロボロです。住民は貧困に喘ぎ、街の周囲には危険な魔物だらけ。ヒュドラが出没するという噂まであるんですよ?」
不満の原因はそれか。確かに彼女の言う通り、普通に住む上では最悪な街だろう。だけど、宗教勧誘する上では割と良いと思うんだよね。
「苦しんでいる人が多いということは、わたし達の救済を待っている人もそれだけ多いということです。希望を失い、心の拠り所が無い人を救うのがわたし達の使命ですから」
わたしは胸の前で手を組み、いかにも慈愛に満ちていますよ、という表情を浮かべてみた。修道服を手に入れたことで教祖っぽさも以前よりアップしている。
シャノンは胡散臭いものを見るような目でわたしを一瞥すると、やれやれと肩をすくめた。
「人を救う以前に、私たちがまともに生活できるかも怪しいですよ。重税によってかつての商店街はほとんど廃墟になっていますし、犯罪率も異常に高いです。まあ、私たちのような国際指名手配されている者でも街を歩けるのは良いところですが」
シャノンが後ろを歩いている信者たちを見渡して言った。シャノンも含め、叡智の尖塔のメンバーは大半が指名手配されている。
そんな彼らが堂々と歩けるのなら、治安の悪さは推して知るべしだろう。
わたしの目的の一つは彼らのような犯罪者を正しい道へと導くことだから、犯罪者が多いのは良いとして……。
問題なのは、ノクヴァル教にはまだ肝心の「教義」がないということだ。
現状、わたしが思いついている教義は『戦争はやめよう』と『みんなで仲良く助け合って生きよう』の2つだけ。
教義が2つしかない宗教なんて聞いたことがない。もっと充実させたいが、わたしは今まで無宗教だったから宗教関連の知識が不足しているんだよなぁ……。
以前街で見かけた聖導教の司祭がやたらぶ厚い教典を抱えて歩いていたが、あれには一体何が書いてあったのだろう。
ともかく、信者たちの意見も聞きながらより良い教義を作りたいものだ。
「シャノンも、教典に載せたい教えがあれば遠慮なく言ってくださいね。教団幹部としての意見をお聞かせください」
「いつ私が幹部になったんですか!?」
シャノンが頬を膨らませて抗議してくる。
「私が貴女に同行しているのは、洗脳された仲間を取り戻すためです!」
そう言われても、彼女はノクヴァル教の最高戦力だ。わたしはもう仲間だと思ってるし、粘り強く交渉したら幹部になってくれないかな……。
話しながら1時間ほど歩くと、木々の隙間から石造りの門が見えてきた。
門の前には粗野な雰囲気の兵士が1人、気だるそうに槍を持って立っている。
「おい、止まれ。お前ら何者だ? 随分大所帯じゃねえか」
兵士が顎をしゃくりながら威圧的に言った。シャノンが一歩前に出て、冷静に答える。
「私たちは旅の者です。街に入りたいのですが」
兵士はシャノンの顔を値踏みするように眺めると、獲物を見つけた盗賊のような下卑た笑みを浮かべた。
「そうか。通行料は1人50万ゴールドだ。全員大人しく払え」
50万ゴールド!?
法外にもほどがある金額だった。完全にわたし達をカモだと認識して吹っかけてきている。この街は犯罪者が多いだけではなく、門番まで腐敗しているのか。
わたし達が戸惑っていると、門番は見下すような目つきでさらに言い放った。
「なんだその目は? 文句があるならとっとと失せろ! この料金は領主様がお認めになった正当なものなんだよッ!」
わたしは彼の濁った瞳を覗き込み、語りかける。
「お願いします、街に入れていただけませんか? どうしてもこの街に用があるんです」
「……っ!?」
兵士はわたしの声を聞いた瞬間、ぽかんと口を開けてわたしの目を見つめた。その表情がみるみるうちに柔らかくなり、照れたように自分のこめかみを掻く。
「え? あ、いや、しかしだな……」
さっきまでの威圧的な態度が収まり、急に歯切れが悪くなる。兵士はそれでも何かに抵抗するように歯を食いしばると、言葉を続けた。
「ぐっ……! いくらお嬢ちゃんが美人だからって、こっちも仕事なんだ。分かってくれないか? というか、後ろのデカいイノシシは何だ? あんなの街に入れられるわけないだろう」
「この子はぶーちゃんです。わたしの大切な仲間で、何度も命を救ってくれたんですよ。とても賢くて優しい子なんです。よかったら、背中を撫でてみませんか?」
わたしはぶーちゃんの硬い毛を撫でながら柔らかく微笑んだ。兵士が恐る恐るといった表情でぶーちゃんの背中を撫でる。
「お、おお。ゴワゴワしてるな……。だがグレートボアを街に入れるわけには……」
わたしは彼に近づき、優しく囁いた。
「お願い、できませんか?」
兵士は顔を真っ赤にして視線を逸らし、やがて観念したように深いため息をつく。
「……まあ、確かに。よく見れば大人しそうだしな。グレートボアに触るなんて貴重な体験もさせてもらったし、特別に無料で通そう」
「ありがとうございます! ぶーちゃんもよかったですね!」
「ブモッ!」
ぶーちゃんは歓喜の雄叫びを上げると、感謝を示すように兵士に鼻先を擦り付けた。そして、意気揚々と門へ駆け出していく。
――ズドオォォォォォォォン!!!
耳をつんざくような破壊音が響き渡る。石造りの門がぶーちゃんの突進を受け止めきれず、無惨に弾け飛んだ。
「あっ、えーっと、その……」
や、やばい。これはまずい。ぶーちゃんの巨体でこの門を通れるわけがない。どうして気づかなかったんだろう。
辺りが静まり返る。わたしも、シャノンも、信者たちも、一斉に冷や汗を流しながら兵士の言葉を待った。
「はっ、ははは……。経年劣化だな、これは」
「!?」
兵士の口から出たのは怒声ではなく、乾いた笑い声だった。彼は崩れ落ちた門の残骸とぶーちゃん、それからわたしを見比べると、力なく首を振りながら言った。
「何の問題もない。ただの経年劣化だ。俺の責任だ、もちろん俺が補填するさ。次はもっと大きい門を注文しなきゃな。ははは……」
わたし達は優しい門番の気づかいに甘えて、静かに街へと足を踏み入れた。
この街を支配したら、真っ先に門番の給料を上げて、門の修繕も自分のお金でしよう。
わたしは心の中でそう誓った。
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