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第12話 修道服

 怪物が槍に変化させた6本の触手を高速で振るう。2枚の魔力障壁が限界を訴えるようにピシピシと音を立てた。


「私が持ち堪えている間に、貴女は攻撃を!」


 シャノンが歯を食いしばりながら叫ぶ。2つの魔力回路をどちらも防御に使うことで、なんとか怪物の猛攻を防いでいるようだ。


 彼女が仲間になってくれるのは本当に心強い。洗脳が効いている様子がないのだけが残念だが……。

 

 しかし、スキルなど使わなくても仲良くなる方法はある。


「――背中を預けて戦えば、きっと友情も芽生えるはずです!」


「芽生えません! いいから早く倒してください!」


 シャノンの容赦ない声に背中を押されるようにして、わたしは怪物に向かって駆け出した。

 

 即座に怪物が反応する。6本の槍のうち1本が、しなやかな黒い鞭へと変形した。鞭は蛇のようにしなって大回りで魔力障壁を迂回すると、わたしの胴体を薙ぎ払おうと襲いかかってくる。



 疾い。わたしのスピードでは、見てからでは間に合わない。肌を粟立たせるプレッシャーを全身で感じ、コンマ数秒先の未来を予測して地面を強く蹴った。


「――ここです!」


 叫びながら跳躍するわたしの真下を、触手が通り過ぎていく。突風に吹き飛ばされ、わたしは地面をゴロゴロと転がった。


 だが、それで良い。間一髪だったが、これで怪物まであと数歩の距離だ。



「ごめんなさい。私としたことが、防ぎきれませんでした……!」


 後方からシャノンの悔しげな声が聞こえてくる。

 

 魔力障壁(プロテクション)は、展開する面積が広いほど強度が低下してしまう。ドーム状の魔力障壁でわたしを囲えば全方位に対応できるが、それでは槍を防ぐには強度が足りないのだろう。


 彼女は槍を防げるギリギリの面積で魔力障壁を展開しているのだ。

 


 怪物は、さらにもう1本の槍を鞭へと変化させた。威力に優れる4本の槍と、軌道が読みづらい2本の鞭。これを使い分けて攻撃されたら、シャノンの魔力障壁でも防ぎきれないだろう。


 怪物が不気味に触手を揺らしながら狙いを定める。シャノンは即座に魔力障壁を解除し、まばゆい光の槍を作り出した。


 

 シャノンの魔法は、怪物には効かないはず……。しかし彼女が狙ったのは怪物本体ではなかった。


「『光の槍(ホーリーランス)』ッ!!」


 閃光が一直線に走り抜け、怪物の足元で炸裂した。視界を白く焼き尽くす光と轟音。


 怪物は足元の地面が消し飛んだことで大きく体勢を崩しながらも、槍と鞭をめちゃくちゃに振り回した。


 だがその速度は先ほどまでと比べてかなり遅い。ふわり、とわたしの身体が浮き上がった。


「『飛行(フライ)』」


 後方でシャノンの詠唱が聞こえた。地面を叩きつける触手を尻目に、わたしの体は重力に逆らい吸い込まれるように怪物の身体へと飛んでいく。


 

「あなたが邪神の眷属だというのなら、どうかわたし達の仲間になってください!」


 祈るような叫びと共に、わたしの指先が怪物の身体に触れる。刹那、金色の光が怪物を包み込んだ。


 よし、怪物相手でも洗脳スキルは通用する!


 そう確信し、安堵した瞬間だった。



 ――ビリビリビリッ!


 わたしの布切れのような服を、触手が無慈悲に破り裂いた。




「……え?」


 なんで? スキルは発動したはずだ。金色の光が、洗脳が完了した証のはず……。

 

 前例のない事態にパニックになるわたしをよそに、怪物は身体の輪郭をぐにゃりと歪ませた。


 その姿は原型もないほどに崩れ、やがて黒い粘土のような塊になると、わたしの体に纏わりついてくる。

 

 そして、怪物はわたしの体を包み込む、一枚の衣服へと姿を変えた。



「………………」

「………………」

 

 

 沈黙が夜の森に満ちる。わたしは恐る恐る、後ろで呆然と立ち尽くすシャノンに問いかけた。


「これ、何だと思いますか……?」


「……修道服、ですね。なぜ?」


 そう、怪物は金の刺繍が入った修道服になった。聖導教とかのシスターが着ている、あれだ。


 

 20年前からこの森に出没するという謎の魔物。邪神の眷属の正体は、シスター服だったのか……?

 

                 △▼△▼△▼△


 

 明け方の森は、まだ少しひんやりしていて気持ちがいい。わたしは焚き火にくべた大鍋をゆっくりとかき混ぜていた。


 今日の朝食はシチューだ。信者たちが魔法で保存していた肉と野菜、それから森で採れたキノコを惜しげもなく投入し、数時間煮込んだ自信作。


「……最後に調味料で味を整えて、完成です!」


 ぐつぐつと心地よい音を立てる鍋からは、食欲をそそる良い匂いが立ち上っている。20人分だから量もそれなりに多い。修道服で料理すると、なかなか絵になる感じがするな。



 しかし、だ。

 一晩じっくり考えてみたが、邪神の眷属がなぜ修道服に姿を変えたのか、全くもって分からなかった。

 

 試しに何度か話しかけてみたが、あの怪物はまるで最初からただの布だったかのように、一切の反応を示さない。

 

 これではわたしが、自分の服に向かって真剣に話しかける変人みたいではないか。

 

 どうせ服になるなら、もっと教祖っぽくて威厳のある法衣になってほしかったなあ。まあ、奴隷時代に着ていたボロ布に比べれば、この修道服のほうがまだ教祖らしいと言えなくもないけど。

 

 可愛い服が手に入ったと、前向きに考えておくとしよう。


 

 ふと顔を上げると、少し離れた場所でシャノンがスヤスヤと寝息を立てていた。


 戦闘の疲れが出たのだろう。あの戦いが終わった途端、その場に倒れ込むようにして眠ってしまったのだ。

 

 警戒心の強い彼女は眠っている間も二重に展開した魔力障壁を張っていたから、洗脳することはできなかったが……。


 それ以外の、倒れていた魔術師全員を洗脳することに成功した!!


 これで信者の数は19人。一夜にしてかなりの大所帯だ。彼らには朝食を作るために魔物を狩ってくるように頼んである。そろそろ帰ってくる頃だと思うが……。


 シチューを味見していると、森の奥からガサガサと物音が聞こえてきた。


「教祖様! 獲物です。ご確認ください!」


 息を切らして現れたのは、新たに洗脳した信者の1人、ヘレナだ。彼女の肩には大きなホーンラビットが担がれている。


 うん、素晴らしい。癖のない柔らかな肉質で知られる、とても美味しい魔物だ。


「ありがとうございます、ヘレナ。すぐに解体しましょう」


 わたしがにこやかにそう言うと、ヘレナは「はいっ!」と誇らしげに胸を張った。

 その背後から、ぬっと巨大な影が現れる。カクロスと……何だこれは?


「教祖様、俺はこちらを。オークキングです」


 カクロスが風の魔法で浮かせていたのは、ズタズタに切り裂かれた緑色の巨人だった。豚と人間を醜悪に混ぜ合わせたようなその顔は、死してなお憤怒で歪んでいる。

 

 確か食べても平気な魔物だったとは思うが、味は美味しいのだろうか。


「恐ろしい見た目ですね……」


 あまりの迫力に後ずさるわたしに、カクロスは冷静に答えた。


「教祖様の御手に触れて金色の光に包まれた瞬間、魔力量が大きく上昇したのです。以前の俺では、オークキングを倒すことはできなかったでしょう」


 ふむ。魔力量が増えたのは、ノクヴァルに貰った2つ目のスキルの影響だろう。

 

 おそらくは洗脳した相手を強化するスキル。ぶーちゃんのときは身体能力が飛躍的に向上したが、魔術師である彼には魔力量という形でその効果が現れたようだ。

 

 洗脳した相手の特性にあわせて、強化されるポイントも変わるのかもしれない。

 


 信者たちが次々と帰ってきて、わたしの前にドサドサと魔物を置いていく。


「教祖様! 窒息させた鋼鉄蛙(アイアントード)ですッ! この強靭な身体は、どんな刃物も通しません!」


 ……どうやって捌くんだろう。


猛毒熊(ポイズンベア)です。その皮膚は岩のように硬く、体液の全てが猛毒です」


 食べたら死ぬんじゃないか?


骸骨将軍(ジェネラルスケルトン)です。骨を断ち切っても何度も復活します」


 生き物ですらない!


 なんで美味しくなさそうなのばかり持ってくるんだ……。


 しかし、信者たちの誇らしげな顔を見ていると、無碍にする訳にもいかない。彼らは善意でやってくれているのだ。

 

 わたしは穏やかな笑みを浮かべ、胸の前でそっと手を組んだ。


「皆さん、貴重な魔物をありがとうございます。ちょうどシチューができたので、まずはこれを食べて狩りの疲れを癒してくださいね」


「「「はい!」」」



 信者たちが嬉しそうに食べ始める。わたしは2人分のシチューをよそうと、シャノンの魔力障壁をノックした。


「シャノン、起きてください。朝ごはんですよ」


「ん……。朝ですか……?」


「シチューを作りました。一緒に食べませんか?」


 両手にお皿を持ちながら提案するわたしに、シャノンは目をぱちくりさせる。


「私までいいんですか? 私は貴女を殺した、敵ですよ?」


「一緒に戦ったのだから、仲間みたいなものでしょう。友情も芽生えたはずです」


「芽生えてません!」


 シャノンが障壁を解除し、目を擦りながら起き上がる。すると、その身体がびくんと跳ねた。


「いっ……! 左手も骨折してるんでした……!」


 彼女の右手はぶーちゃんの攻撃で逆の方向に折れ曲がっている。それに加えて、左手も骨折していたのか。

 

 その状態では食事もできないだろう。だが、ポーションで傷が癒えるのを待っていたらせっかくの自信作が冷めてしまう。


 仕方ない。わたしが食べさせてあげよう。


「ほら、あーんしてください。美味しいですよ?」


「……確かにお腹は空いていますが、私に味覚はありません。食事で懐柔しようとしても無駄ですから」


 たぶん味覚はあると思うけどな……。感情がないという発言といい、彼女はなぜ自分が持ってるものを否定したがるのだろうか。


 わたしはスプーンでシチューをすくい、シャノンの唇に押し付けた。彼女は少し逡巡したが、結局諦めたように口を開けてくれる。


「むぐ……。お、美味しい……! お肉が口の中でとろけます! 肉の旨みとキノコの出汁、それに野菜の甘みがよく溶け合っていて、とても美味しいです……!!」


 シャノンの表情がわずかに綻ぶ。良かった。何時間も煮込んだだけあって、彼女の口にも合ったようだ。ちゃんと味覚があって安心した。


「この華やかな香りは、白ワインですか?」


 隠し味まで当てるんかい。


 シャノンはもぐもぐと味わうと、少し照れたように俯いた。


「しかし、この歳にもなって人に食べさせてもらうのは恥ずかしいですね……」


「そうですか? わたしは教祖ですから、皆のお母さんみたいなものです。シャノンももっと、甘えてもいいんですよ?」


「むぐ。もう17歳です。他人に甘えるわけにはいきません」


「あれ? シャノンって歳上だったんですか?」


 思わず間抜けな声をあげてしまう。身長もわたしより低いし、同じくらいの歳か、下手したら歳下だと思っていた。


「え? 貴女こそ――」


「わたしは15歳です。2歳も歳上だったんですねぇ」


 しみじみとするわたしをシャノンが呆然と見つめた。その視線がゆっくりと下がり、わたしの胸元でピタリと止まる。


「じゅ、15歳。これで……!?」


 シャノンは愕然とした表情でわたしの胸を凝視すると、そこからは終始無言で、差し出されるシチューを小鳥の雛のように食べ続けた。

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