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第11話 邪神の眷属

 ぶーちゃんに吹き飛ばされたシャノンはうつ伏せに倒れたまま、どうにか体を起こそうともがいていた。

 

 腹部を押さえる指の間から、じわりと赤い染みが広がっていく。


「ぅ……。まだ……です」


 弱々しく呟くシャノンを、信者たちが取り囲む。かつての上司を前にして、彼らの表情は冷ややかだ。


「既に勝敗は決した。叡智の尖塔(ルミナスコード)は今日より、ノクヴァル教の傘下となるのだ」


「貴方たちの精神汚染は……私が必ず治療します。魔術師としての誇りを、踏みにじらせたりはしません!」


 シャノンが威勢よく叫ぶが、その右腕はありえない方向に折れ曲がり、腹の傷からは血が流れ続けている。誰が見ても、もう戦える状態ではなかった。


 しかし満身創痍なのに、彼女の瞳の光は少しも衰えてない。何かされる前に、洗脳したほうが良いな。そう思ってわたしが一歩踏み出した、その時だった。


 

「――何だ、あの化物」


 誰かがポツリと呟いた。

 

 森の奥に、巨大な黒い影が揺らめいている。

 目も口も、顔すらも無い怪物だった。胴体らしき部分は塔のように長く、そこから伸びる6本の黒い触手はその1本1本が巨木よりも太い。


 まるで闇そのものを纏っているかのような、異形の存在がそこに居た。


 明らかに、危険だ。


「皆さん、気をつけてください!」


 わたしの声に、信者たちがハッと我に返る。彼らはわたしを庇うように陣形を組むと、呪文を詠唱し始めた。



 ぬらり、と。まず1本。そしてまた1本と触手が木々の合間を縫って伸びてくる。


 ゴクリと唾を飲み込む。信者たちが魔力障壁(プロテクション)を展開した。



 ――パリンッ。


 瞬きよりも短い一瞬の出来事だった。無数の黒い線が空を走ったかと思うと、ガラスが割れるような音を立てて魔力障壁が粉々に砕け散った。


「ぐああああッ!!」


「ぎゃッ!?」


 状況を理解する暇もなく、信者たちが木の葉のように宙を舞い、森の木々に叩きつけられて動かなくなる。


 残されたのはわたしとぶーちゃん、それとシャノンだけだ。



 まずいな。おそらくはあの触手が信者たちを薙ぎ払ったのだと思うが、速すぎて目で追うことすらできなかった。


 魔力障壁を粉砕するほどの威力。当然、わたしが当たったら間違いなく即死だろう。


 あれに洗脳効くのかな……。目も耳も無い怪物だ。脳があるのかも分からない。そもそも生き物なのか?


 次から次へと疑問が浮かび、頭が混乱しかける。ふと、一つの可能性に思い至った。



「シャノン、あの怪物はあなたが召喚したんですか?」


 もし彼女があれを操っているのなら、まだ交渉の余地があるはずだ。しかしシャノンはよろめきながら立ち上がり、青ざめた顔で首を振った。


「違います。ですが……ごめんなさい。私のせいです。あれに、邪神の眷属に、見つかってはいけなかった」


「邪神の眷属……?」


 思わず眉を顰める。どう考えてもあれは人間ではない。ノクヴァルはわたしだけではなく、化物まで眷属にしているのか?


 というか……。


「待ってください。わたし達も邪神の眷属ですよ? あの怪物がノクヴァルに仕えているのなら、なぜノクヴァル教の信者たちを攻撃してきたのですか?」


 疑問符を浮かべるわたしを、シャノンが怪訝そうな表情で見つめた。


「はい? 貴女が邪神の眷属……? 何を言ってるのですか?」


 違うの? 邪神ノクヴァルを信仰してる人のことを『邪神の眷属』と呼ぶのだと思っていたんだけど。


 何だか話が噛み合ってない気がする。わたしが説明を求めると、彼女は切羽詰まった声で語り始めた。


「邪神の眷属は、20年ほど前からこの邪神の森に出没するユニークモンスターです。非常に凶暴で、他の土地では一切目撃例がないことから、邪神ノクヴァルが生み出した魔物ではないかと噂されているのです」


「なんだ、噂ですか」


 肩をすくめるわたしに、シャノンがムッとした顔になって反論してくる。


「噂とはいえ、信憑性は高いと思います。見てください、あの禍々しい外見を。邪神そのものと言われても納得です」


 確かに、何も知らなければそう考えるのも無理はない。だが、わたしには確信があった。


「あれが本当に邪神が生み出した魔物なら、仲間であるわたし達を攻撃するはずがありません。それに、本物の邪神は黒髪ロングのロリ美少女ですよ」


「…………はい?」


 シャノンが心底理解できないという顔で目を白黒させる。その間にも、怪物はズルズルと巨体を引きずりこちらへと距離を詰めてきた。近くで見ると、威圧感が凄いな。


 怪物の6本の触手が蠢き、狙いを定める。――シャノンだ。


「くっ……!」


 シャノンが魔力障壁をドーム状に展開する。直後、6本の触手が嵐のような速度で障壁を殴りつけた。


 轟音が鳴り響く。凄まじい連打に、障壁が悲鳴を上げてひび割れていく。シャノンが雷撃(サンダーボルト)を放つが、闇色の巨体はぴくりとも動かなかった。


 炎、竜巻、光の矢。細い指先から様々な魔法が放たれ、そして怪物の黒い体に当たって霧散する。まるで効いている気がしない。

 

 シャノンがこちらを見て、懺悔するように言った。


「あのイノシシに吹き飛ばされたとき、一瞬意識を失いました。その時に、森の各所に仕掛けた隠蔽魔法が全て解除されてしまったんです」


 なるほど。それであの化物に見つかったのか。そういえば、ここに来るときもカクロスが隠蔽魔法を解除してたな。森の一部がぐにゃりと歪み、道になったのを覚えている。


 しかし、あのシャノンですら隠れてやり過ごすしかない相手か。


「正面から戦っても勝てないほど強い、ということですか?」

 

「出現から20年、数多のSランク冒険者を返り討ちにしてきたモンスターです。空間転移(テレポート)を使えば逃げることくらいはできますが、仲間を置いて逃げるわけにはいきません」


 周りには、まだ洗脳していない魔術師も含め、20人ほどが倒れている。わたしも当然、逃げるわけにはいかない。


「本当は貴女を殺してから、精神汚染を受けた仲間を全員気絶させて連れ帰るつもりでした。それなのに、私が気絶したせいで仲間を危険に晒している。私が弱いせいです。私は叡智の尖塔(ルミナスコード)の、指導者なのに……」


 魔法を乱射しながら、シャノンの口から絶望がこぼれた。その気持ちはよく分かる。わたしも教祖なのに、おそらく世界最弱だ。


 魔力障壁の亀裂が広がっていく。そして、ついに耐えきれず砕け散った。


 無防備になったシャノンに黒い死が迫る。その瞬間、彼女の前に巨体が割り込んだ。


「ブオオオオオオッ!!」


 ぶーちゃんが正面から6本の触手を受け止めた。肉を打つ鈍い音が響く。一撃ごとにその巨体が後退し、足元の地面が深く抉れていく。


 このままでは、ぶーちゃんも、シャノンも、わたしも殺される。全滅だ。


 その未来を覆す方法は一つしかない。危険だが、スキルについて話すべきだ。


「シャノン、協力して倒しませんか? わたしには触れた相手を信者にするスキルがあります。もしかしたらあの化物にも効くかもしれません」


「……ッ! そのスキルで、私の仲間を操ったんですか?」


「操ってなどいません。わたしは彼らを苦しみから解き放ち、幸福へと導いたのです」


 わたしの言葉に、シャノンはまるで理解できないといった顔で首を横に振った。数秒の沈黙。苦悶の表情を浮かべながら、彼女は口を開いた。


「貴女の目的は何ですか? 私の仲間を従えて、一体何を企んでいるのですか。私たちの研究成果を奪うため? それとも私への復讐でしょうか」


()()です。全人類がノクヴァル教の教えに従い、争いが無くなれば、誰かが苦しむことも無くなるでしょう? 彼らもきっと幸せになれるはずです」


「――っ!!」

 


 怪物の猛攻は勢いを増し、耐えかねたぶーちゃんが横殴りに吹き飛ばされた。そして、次の標的がわたしへと切り替わる。


 蠢く触手の先端がぐちゅりと不気味な音を立て、漆黒の槍へと変形した。6本の鋭い槍がわたしの心臓をめがけて必殺の速度で突き出される。


 

 死を覚悟した、その瞬間。

 半透明の2枚の壁が滑り込むように展開され、6本の槍をかろうじて逸らした。


 横を見ると、シャノンが切迫した表情でわたしに手を伸ばしていた。


「貴女の思想は、異常です。それは変わりません。仲間は絶対に返してもらいます。ですが――彼らを幸せにしたいのは、私も同じですから」


 彼女は悔しそうに唇を噛み締めながらも、はっきりとそう口にした。

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