第10話 魔力障壁
シャノンを倒す方法を考えながら、2本目のポーションを炭化した腕にかける。焼け爛れた皮膚がゆっくりと再生していくのを眺めていると、信者たちがプルプルと震えているのが目に入った。
「て、てめぇ……よくも教祖様の神聖な御手を……!」
「我らが光にあだなす愚か者め! 即刻跪いて懺悔しろッ!」
「謝罪だ! 謝罪しろシャノン・ニーグル!! その額を地に擦り付け、教祖様への誠意を示せ!!」
信者たちが見たこともないような怒りの形相で叫び、杖を振るう。無数の魔法がシャノンへと放たれては、魔力障壁に弾き返され霧散する。
轟音が響き渡る中で、わたしは穏やかに話しかけた。
「さあ、シャノン。皆もこう言ってることですし、勇気を出して謝ってみませんか? わたしにではありません。あなたが傷つけてきた全ての人に謝罪し、そしてこれからは彼らのために尽くすのです。そうすれば、邪神ノクヴァルはあなたの罪を赦してくれます!」
「謝罪の必要性を感じません、有利なのはこちらです」
「でも、皆もこう言ってることですし――」
「貴女が言わせているんでしょう! 早く彼らの催眠を解いてくださいッ!」
怒られてしまった。というか、戦闘開始から5分以上経っているのに、洗脳が効いている様子がまるで無い。
おかしいな……。
カクロスやウルリク達と戦ったときは、好意を植え付けられたことに対する動揺のようなものが感じられた。
敵対する相手を好きになって、平常心を保てる人はいない。洗脳が効いているならば、何かしらの反応があるはずなのだ。
だが変わったところといえば、何故か黒く濁り続ける腕のブレスレットだけ。
……まさか、このブレスレットが洗脳を防いでるんじゃないだろうな。魔道具かな? そんなことができる魔道具が存在するのか?
勇者や聖女のような特殊なスキル以外で洗脳を防げるなんて聞いてない。だが、仮に魔道具だとしても、必ず限界はあるはずだ。許容用を超えるまで洗脳し続ければいい。
わたしは話を続ける。
「ノクヴァル教での生活を想像してください。共に助け合い、悩みを打ち明け、小さな喜びを分かち合うのです。わたし達は、絶対に仲良くなれます! きっと楽しいですよ」
「楽しい? 私に感情などありません。真理の探究に感情は不要ですから」
そうかな。シャノンは無表情を装っているが、割と感情豊かだと思うけどな……。
仲間が洗脳されたときは動揺していたし、何度も彼らを返してほしいと訴えてくるのも、仲間を大切だと思っている証拠だ。
「シャノンにはちゃんと、人を大切に思える心があるのです。例えば、皆で一緒に食事をする時間。温かいスープを分け合い、今日あった出来事を語り合う。そういった何気ない瞬間に友情を感じたことはありませんか?」
「ありません。食事とは、生命維持に必要な栄養素を効率的に摂取するための作業です。定められた時間に、定められた量を食べる。それが叡智の尖塔の魔術師です。友情や愛情など、真理の探究の妨げとなります」
「ですが、感情がなければ、何のために真理を求めるのですか? 喜びも悲しみも無いなら、真理を得たとしても何も感じないはずです」
「……揚げ足を取らないでください! とにかく私に感情はありませんからっ!」
シャノンはそこで言葉を切ると、空を見上げた。数百本の岩の柱が上空に浮かんでいる。
「『石柱』」
詠唱と共に、無数の柱が雨のように降り注いだ。
「ブルルルッ!」
ぶーちゃんが鼻先でわたしを持ち上げ、背中にひょいっと乗せて走り出す。次々と降り注ぐ岩の柱が背後の地面を砕き、爆撃のような音を轟かせた。
ぶーちゃんはジグザグに駆けて俊敏に柱を躱わすが、その数があまりにも多い。
頭上に黒い影が差す。逃げきれない、そう思った瞬間だった。
周囲の空間が歪み、そこから6つの人影が飛び出してきた。信者たちの空間転移だ。
「「「『魔力障壁』」」」
彼らの声が重なり、わたしの頭上に複数の魔力障壁が展開される。直後、降り注いだ岩の柱が障壁に激突し、耳をつんざくような爆音を撒き散らした。
「ぬ……ぐぅっ……!」
「耐えろ! 我々の命に代えても、教祖様をお守りするのだ!」
6人が交代で障壁を張り続ける。障壁が砕けては新たな障壁が展開され、また砕ける。
彼らの魔力をもってしても、この猛攻を防ぎ続けるのは困難だろう。わたしはぶーちゃんの背中で思考を巡らせた。
数百本の石柱と、ドーム状に展開された魔力障壁。シャノンの魔法は強力だが、この状況を打開する方法はある。
「反撃に転じます。4人は障壁の維持を! ウルリクとランドルフは最大火力の炎の魔法で攻撃してください!」
「「御心のままに!」」
2人は詳細も聞かず、即座に呪文を詠唱した。杖先から放たれた2つの炎がシャノンの魔力障壁を包み込む。
「無駄です。貴方達の火力では、私の障壁を破ることはできません」
「黙れッ! 教祖様のお言葉は常に正しい! 我々がそれを証明するのだ!」
炎がさらに勢いを増す。わたしは頬から流れる血を拭って、呟いた。
「シャノンに破壊された魔力障壁が頬を掠めたとき、わたしは思ったんです。この障壁はただ魔力を固めたものではなく、魔法で生み出した炎や岩と同じように、物質として存在しているのではないか、と」
シャノンが怪訝な顔をする。
「それが何ですか?」
「つまり、物理法則の影響を受けるということです。炎で熱せられ膨張した障壁が氷で急激に冷やされれば……表面と内部で温度差が生じ、歪みが生まれます」
「「――っ!!」」
わたしの意図を察した2人が炎を止め、氷の魔法に切り替えた。杖先から放たれた冷気が地面を凍てつかせながら走り、シャノンの魔力障壁へと到達する。
パキリ、と壁の表面に亀裂が走った。
「なっ……!?」
シャノンが驚愕に目を見開く。亀裂が瞬く間に全体へと広がり、障壁は音もなく崩れ去った。
それと同時に、大量に降り注いでいた岩の柱がぴたりと止み、霧散する。
氷が魔力障壁を突き破り、シャノンへと届く寸前。
「『空間転移』!」
シャノンの姿が掻き消える。だが、どこに転移するかは予想がついていた。
「ぶーちゃん、真後ろに攻撃してください!」
わたしの声に応え、ぶーちゃんが体を回転させる。その先にあるのは、空間の歪みだ。
シャノンが転移するのは、絶対にわたしの背後だと思っていた。彼女が最も排除したいのは、洗脳スキルを持っているわたしだからだ。
「ブモオオオオオオオ!!!」
横薙ぎに振るわれた巨大な牙が、転移直後で無防備なシャノンの腹にめり込み、その体を遥か彼方へと吹き飛ばした。
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