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ミラクルゆず高、アゲイン

作者: 遊佐東吾
掲載日:2025/11/18

 そよ風でも桜の花びらが舞い、一枚が自転車のハンドルにそっと乗る。

 今春の全国的な傾向だそうだが、ここ柚子原でも例年より早い桜の開花だ。ほとんど満開と言っていい。

 中郷陽太は自転車に跨ったままで真新しい腕時計を見た。高校進学のお祝いに、と両親からプレゼントされたものだ。


「少し早く着きすぎちゃったな」


 どれだけ楽しみにしてるんだか、とつい苦笑してしまう。

 彼がやってきているのは柚子原駅だった。吹けば飛びそうな小さい駅舎は、台風が来るたびに心配になるくらい年季も入っている。

 その小ささに違わぬ田舎の駅であり、通勤や通学の時間帯を除けば電車だって一時間に一本しか走っていない。もちろん駅前の極小ロータリーにタクシーが停まっているはずもなかった。

 端的に表現して寂れた土地なのだ。もうすぐ通うことになる柚子原高校も、定期的に統廃合の話が持ち上がっている。


 けれども陽太は八年前の冬の熱狂を忘れられない。

 柚子原高校女子バレーボール部が日本一を決める春高への出場を果たし、それどころか準優勝を果たすという快進撃を見せたあの冬だ。

 強豪校が集う全国の舞台ともなれば、先手先手で試合を優位に進めていくのは鉄則と言えるだろう。にもかかわらず柚子原高校は、すべての試合で最初のセットを失った。スロースターターにも程がある。けれどもそのビハインドを跳ね返し、逆転勝ちを収め続けたのだ。

 だからこの町の誰もがこう呼んだ。ミラクルゆず高、と。


 そしてアタックを決めて決めて決めまくり、当時一年生ながらチームのエースとして大活躍をしたのが中郷晴佳。陽太にとって八歳上の姉だ。

 その晴佳がもうすぐ帰ってくる。それも柚子原高校女子バレー部のコーチとなって、再びこの町に熱をもたらすために。


「まさか姉さんと同じ高校に通えるだなんて」


 陽太にとっては思ってもみなかった僥倖である。

 うれしさのせいなのか、義足である彼の左足首もわずかに軋んでいた。


     ◇


 陽太と晴佳に血の繋がりはない。

 幼なじみ同士だという陽太の母と晴佳の父が再婚する運びとなり、それに伴って陽太も柚子原へ移り住むことになったのだ。五月のゴールデンウィーク明け、転校するには非常に中途半端な時期だった。

 中郷家は代々稲作を営んでおり、生活スタイルそのものもがらりと変わる。まだ八歳、小学二年生の少年にはどうすることもできない事情であった。

 そんな彼が、これから姉となる晴佳に初めて出会ったのは、義理の父から正式に紹介される直前の話になる。

 これから自宅となるはずの中郷家で、どうにも落ち着かない陽太が外をぶらついてこようと庭先に出たときのことだ。


「うわっ」


 突然驚いたのは無理もない。

 すらりとした長身の女が、号泣しながら田んぼの畦道を歩いていたのだ。

 不気味な女はレモンイエローのジャージ姿で、右手にはスポーツバッグを提げている。


「なんだよチビッコぉ、見るなよぉ」


 泣きじゃくりながら女はどんどん近づいてきた。

 逃げようとして背を向けかけた陽太だったが、彼女のスポーツバッグに校名が記されていたことに気づく。柚子原高校排球部と。

 だが陽太と同時に彼女の方も状況を察したらしい。


「もしかしてきみ、陽太くん?」


 ひっく、と大泣きしすぎたせいでしゃっくりをしながらではあったが。

「ん」と横向きに頷いて答えた答える陽太へ、同一人物なのか疑わしくなるくらいに彼女は弾けるような笑顔を見せた。


「やったー! あたしの弟くんがついに来たー!」


 喜びであれ悲しみであれ、感情を全力で表現する人。陽太にとって義理の姉となる晴佳の第一印象は、結局八年後の今に至るまで変わらない。

 すぐ後で知ったことだが、晴佳の大泣きの原因は練習試合だったらしい。

 県内最強、全国でもトップクラスの実力と目されている皆英女子高とのゲームで晴佳は徹底的にマークされ、完璧に封じ込まれてしまったから、だそうだ。


 晴佳のバレーの実力については、会う前からいろいろ聞かされていた。

 中学時代には県選抜でサウスポーのエースとして名を轟かせ、当の皆英女子からもスカウトされていたのだという。皆英だけではない。晴佳の強打っぷりを高く評価した県外の強豪校からも。

 そんな彼女が地元である柚子原高校への進学を選んだのは、ただ「ヨネちゃんが誘ってくれたから」だけが理由らしい。

 柚子原高バレー部の正セッター、波多野米。晴佳の二歳上であり、部の副主将であり、本当はヨネではなくマイと読む。波多野家は中郷家のお隣さんでもあった。


 かつては皆英女子と柚子原とで県女王の座を争っていた。ただ、それももう随分過去の話になりつつある。直近の六年間は夏の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)、秋から冬にかけて単独開催される春高バレー、ともに皆英女子が制し続けているためだ。

 好選手が揃っている波多野たちの代に欠けていた、圧倒的な火力。その最後のピースを中郷晴佳の強打が埋めてくれるはず。

 重い期待が彼女の左腕にかかっていた。涙もきっとその表れだったのだろう。

 だが陽太にとっては関係のない、どうでもいいことだ。もちろん晴佳が青春を懸けているバレーボールにも興味はなかった。


「ねえ陽太くーん」


「陽ちゃんって呼んでいい?」


「陽くんの方がいいかなあ」


 などなど、晴佳は事あるごとに構ってくるものの、大半は「別に、何でも」といったよそよそしい返事で終わらせてしまう。

 義理の姉のテンションの高さにいつまで経っても慣れることができず、自分のペースが乱れてしまうのが陽太にとってはもどかしくて仕方がなかった。

 姉弟と呼ぶにはあまりにぎこちない二人の関係が、大きな転機を迎えたのはインターハイ県予選決勝の日だ。

「ぼく、友達と遊ぶ用事があるから」と告げて義理の姉の応援には行かなかった陽太だが、そんなのは嘘だ。

 強制的に姉弟とされ、いまだに距離感をつかめないでいる人の応援だなんて、いったいどんな顔をして席に座っていればいいのか見当もつかない。

 因縁の皆英女子高との大一番とあって、もちろん中郷家の両親は揃って応援へと出掛けている。誰もいない家で一人きり、陽太は退屈と孤独を持て余していた。


 振り返ってみても、魔が差したという他ない。

 新しい父が所有している農機具、それらはいずれも陽太にとって馴染みのないものばかりだが、だからこそ興味深くもある。

「触っちゃダメだぞ」と新しい父に優しく禁じられていたものの、少しくらいなら怒られないだろうと高をくくったのがいけなかった。

 結果、勝手に動かしたコンバインにズボンの裾が巻き込まれ、左足首に重傷を負ってしまったのだ。むしろ悲鳴を聞いて慌てて駆けつけてくれた波多野家のおかげで、その程度で済んだのだともいえる。

 ゆず高の正セッターである波多野米が、指の骨折によってベンチメンバー外となっていたためなのか両親は在宅だった。陽太にとっては最悪の中の幸運だ。

 それでも、左足首を手術で切断するしかなかった事実は動かない。


 病室のベッドに体を横たえ、どう受け止めていいのかもわからなかった陽太を、母と新しい父は泣いて怒って、そしてぎゅっと手を握ってくれた。これからみんなで一緒に頑張っていこう、と。

 本当の家族になりつつあるそんな光景を少し離れて眺めていたのは、またしても決勝戦で皆英女子に屈した晴佳だった。

 ユニフォーム姿のままで病院まで駆けつけた彼女が、両親に場を譲られる形で陽太の顔の近くにかがみこむ。


「陽くん」


 初めて出会った日と同じく、晴佳の頬には今日も涙の跡が残っていた。


「あたしね、今日も負けた。同じ相手に負けてばかりで、自分が情けなくなるよ。陽くんにいいところを見せてあげたいのに」


「興味ないから。だいたいさ、負けるためにやってるスポーツなんて、いったい何が楽しいの」


 こんな状況でも、バレーボールの話ばかりする姉への苛立ちが抑え切れない。

 未来のある人間は恵まれている。自分とは違って。


「まあ、他の子たちと同じようにスポーツを楽しんだりなんて、どうせもうぼくにはできないんだろうけどね」


 陽太の八つ当たりを、晴佳は静かに真正面から受け止めていた。

 しばらくの沈黙の後で彼女は言った。


「じゃあ、こんな情けないあたしが頑張って頑張って頑張りまくって、もし全国大会で優勝して日本一になったら、陽くんも前を向くって約束してくれる?」


「ふん、いいよ。どうせできっこないんだから」


 約束はときに人を縛る。

 意外にも陽太の鬱屈した日々はそれほど長く続かなかった。初めて義足を装着するのは楽しみでさえあったし、クラスメイトたちが関心を持ってくれたおかげでようやく友達もできた。

 もちろん不便さを感じる機会は多かったが、人生は悪い事ばかりが続くわけじゃないのだと実感させられた。まさに怪我の功名といっていいかもしれない。

 その一方で、晴佳は今まで以上にバレーボールへのめり込んでいった。

 県内のライバルという壁さえなかなか越えられない彼女が約束を守るには、生活のすべてをバレーボールに捧げる必要があったのだ。


 夏が終わり、秋がやってきたかと思えばもう春高の県予選が始まる。

 全国高校総体で八強入りし、今回も優勝候補の本命である皆英女子高と対抗馬としての柚子原高。構図は同じだ。

 正セッターの波多野米が復帰し、期待のエース中郷晴佳がめきめき成長しているとあって、ゆず高は皆英の強固な牙城を崩す一番手と目されている。

 再び両校が決勝で激突するのも順当な流れだろう。

 この頃には明るくて優しい姉と陽太の距離はどんどん縮まっていった。両親からも近所の人たちからも、元々の姉弟として扱われていたように思う。

 だから陽太は気づけなかった。晴佳のあけっぴろげな笑顔のすぐそばに、静かで穏やかな狂気が潜んでいたことを。


 5セットマッチとなる県予選決勝での彼女は、驚異的な活躍ぶりだった。

 いずれもデュースにもつれ込んだ接戦の末に第1、第2セットを失ったときは、陽太をはじめとする応援席の誰もが「また皆英の壁に跳ね返されるのか」と暗い予感に苛まれたことだろう。

 しかし晴佳がそうはさせなかった。

 第2セットが始まる直前、陽太は確かに姉と目が合った。そのときに彼女の口が動いていたのもわかった。あれは「ちゃんと見ててね」と呟いたのではなかったか。


 セッターである波多野の対角のポジションから、前衛後衛関係なく晴佳はアタックを叩き込み続けた。手がつけられないとはまさにあのことだ。

 たまらず皆英女子も三枚のブロックを常時彼女へつけようとするも、そうなるとあざ笑うかのように波多野がトスを散らしていく。

 もちろん晴佳の打数は突出していた。サーブレシーブの乱れによってセッター以外が上げる二段トスとなれば、常に彼女の見せ場となった。

 待ち構えている三枚ブロックも容赦なくぶち抜き、あるいはテクニックでかわして得点を積み重ねていく。そして晴佳がコートで吠える。とうとう覚醒した怪物の左腕を止める手立てを、皆英女子が見つけられないままゲームは進んでいく。

 競り合っていた前半戦が嘘のように、第3、第4セットはゆず高が圧倒した。

 そして15点での決着となる最終第5セットも勢いは止まらない。桁外れの跳躍力から繰りだされる晴佳のスパイクが、皆英女子のコートへ刺さってとうとう15点目がスコアに刻まれた。

 七年ぶりに柚子原高校が春高バレーの全国大会へ出場を決めた瞬間である。


「約束、守ってくれたんだ」


 気づけば陽太は客席でぽろぽろ涙をこぼしていた。

 姉が約束として口にしたのが全国優勝だったのはきちんと覚えていたが、それは些細なことだ。眼前にそびえ立っていた高い壁を乗り越え、陽太へ可能性の広さと深さを体現してくれたのだから。

 その余勢を駆ってゆず高の快進撃は続いた。

 春高本選でも高く美しく跳ぶ晴佳を絶対的な中心として、全国へ名を轟かせる強豪校を相次いで撃破していく。準々決勝、準決勝とシード校を連破したあたりでの地元の熱狂ぶりは、さながら百年に一度の祭りのようだったと後に聞かされた。


 だがまだ体の出来上がっていない一年生だ。自身をどこまでも追い込んで奮闘していた晴佳には、最後の決勝戦で悲劇的な結末が待っていた。

 東京体育館へ駆けつけて連日応援していた陽太は、限界を超えた姉の足が悲鳴を上げる瞬間を目の当たりにする。劣勢の3セット目だった。

 結局、頼みの綱のエースは負傷退場を余儀なくされた。県予選から数えて、ゆず高が逆転できなかった唯一の試合である。

 さらに付け加えると、その後の高校生活で晴佳がアタッカーとしてコートに立つことはなかった。守備専門のリベロへとコンバートされたためだ。

 努力の鬼である彼女のレシーブは非常に安定があり、以降もチームを助けたのは間違いない。けれども晴佳を怪物たらしめていた跳躍力が戻ってくることはもう二度となく、魔法は綺麗さっぱり解けてしまった。

 天上で誰よりも輝きを放っていた星だったのも束の間、そのまま流れ落ちていったのだとしたり顔で語る人間も多い。


 それでも晴佳は大学へ進学してもバレーを続け、リベロとして何度も個人的に受賞するなど好成績を残す。

 さらには企業から一年ごとに更新のプロ契約も勝ち取った。

 だがここがプレーヤーとしての彼女の最高到達点となる。

 最初のシーズン終了前に首脳陣から来季の契約が難しい旨を伝えられ、彼女もそれをあっさり了承した。

 ただ陽太に強く印象として残っているのは、二週間ほど前に帰省して家族にそのことを伝えていたときの姉の表情だった。

 相変わらずにこやかで、なのに瞳はいまだにぎらぎらとした生気を放っている。

 そう、中郷晴佳はまだ全然終わってはいない。

「姉さんはよく頑張ったよ」と労うつもりだったのが一気に吹っ飛んでしまった。コートで誰よりも高く美しく跳んでいたときと何も変わらないままだ。

 それだけでも陽太にとってはたまらなくうれしかったのに、姉からの報告にはさらに続きがあった。

 まさか、彼女が今度はバレー部のコーチとしてゆず高へ戻ってこようとは。


     ◇


 ぱあん、と後ろからいきなり頭をはたかれた。


「なーにいっちょ前に物思いにふけってんのよ、中学生が」


 からかうような声の主は陽太もよく知る人物だ。

 今ではセットアップのスーツがよく似合っているその女性は、昔から意志の強そうな鋭い目がとても印象的だった。


「四月になればもう高校生なんすけどね」


 ヨネさん、と呼びかける。

 そうするともう一撃、波多野米から先ほどよりも強めのおかわりが飛んできた。


「ちゃんとマイって呼べっていつも言ってんだろ。生意気な」


「いったぁ……。そのクレームはもう今さらでしょうに。そんなことより、これって体罰にあたるんじゃないですか?」


「あんたはまだうちの生徒じゃないからな。単なるご近所同士のじゃれ合いとして処理されるのだ」


 うらうら、と今度は陽太の首に腕を巻きつけてくる。

 波多野家とは密な近所付き合いがあるだけでなく、足の怪我の際にもいろいろと尽力してもらった。以来、娘の米とも親しくなってはいるのだが。

 それにしたって距離が近い、近すぎる。


「前から思っていたんですけど、どうしてバレーをやってる女の人って、こうデリカシーがないんだろ」


「あんた、さすがにそれは主語がデカいぞ」


「だってうちの姉さんとかさあ」


 晴佳について触れた瞬間、波多野の腕がびくっと震えた。

 彼女の緊張は理解できる。というより共感できる。

 陽太は巻きついてきたままの波多野の腕に手のひらを重ね、「ヨネさん」とさっきよりも柔らかい声で切りだした。


「今日は姉さんを迎えに来たんでしょ。会うの、どれくらいぶりなの?」


「私が高校を卒業してからは初めて。そりゃちんちくりんの小学生だった子も、生意気な高校生になっちゃうよねえ」


 冗談めかしてはいるが、つまりはずっと晴佳と会っていなかったのだ。

 あの年、予選から全国大会まで勝負どころでは必ずと言っていいほど、波多野のトスは晴佳へと上がった。託せば応える、そんなエースだったからに他ならない。

 きっと波多野は今でも自分を責め続けている。前途洋々、バレー界の宝になるべき存在だった晴佳の未来を奪ったのは、無理を承知で上げた自分のトスなのだと。


「じゃあ、姉さんをゆず高のコーチに誘ったときも……」


「電話。超久しぶりだったからね。受話器越しでもたぶん、一生分の勇気を使ったんじゃないかな」


「一生分とは大げさだなあ。そんなんでこれからどうすんのさ」


「大げさなもんか。部の今の顧問が私なのを理由に就任を渋られたら、本当にこの先、生きていける自信がなかったよ」


 そう言って波多野の腕が静かに離れていく。

 そのまま彼女はくるりと背を向けた。決して陽太から顔が見えないように。


「ヨネさんが誘ってくれてよかった」


 穏やかに、しかしはっきりと力を込めて陽太は言い切った。


「だってぼくには、あの人がバレーから離れて生きていく姿なんて想像できない」


「私も。私もそう思ったんだ」


 後ろ向きのままで震えた声の波多野が応じる。

 彼女の感傷を尊重してこのまま素知らぬ振りをしようかどうか迷ったが、そもそも晴佳の帰還に湿っぽいのは似合わないのだ。


「賭けてもいいけど、姉さんは絶対にのほほんとした笑顔で帰ってくるよ。だからヨネさんも涙を拭きなって」


「泣いてない」


「はいはい、わかったよ。ぼくは見てないからね」


「その口の利き方、ほんっと生意気」


 心底腹立たしそうに吐き捨てた波多野だったが、つでにジャケットの袖で豪快に何度も目元を拭う。

 化粧も少し崩れてしまった波多野が言った。


「で、あんたは高校で何やるつもりなの」


「中学のときと変わらないよ。陸上の短距離と中距離」


 特に陽太が好きなのは400mだ。あの胸を衝くような苦しさと、速さへの欲求がせめぎ合うのに惹かれている。

 昔の自分からは想像もできない変化だろう。


「へえ」と興味深そうな声を波多野が上げる。


「ならいっそパラリンピック目指しなよ。あんた、あの晴佳の弟なんだから」


「そう? ぼく、ちゃんと弟になれたかな」


「バーカ」


 彼女はまたしても陽太の頭をはたいてきた。


「今さらなこと言ってんじゃないよ」


 意外にも、その声色はとても優しい。

 澄んだ空気を伝って遠くから踏切の音が聞こえる。

 桜が舞う中、もうすぐ目的の列車が柚子原駅へ到着しようとしていた。

 どちらからともなく話すのをやめた陽太と波多野は、今か今かと互いのヒーローが姿を現すのを待っている。

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