アクヤクーヌ・レイジョリオンは悪役令嬢である
アクヤクーヌ・レイジョリオンは転生者である。
かつては関西地方に住んでいた婚活難民のアラサー女であったが、中学時代に魔法少女『ルナティック・フェアリー』として活動していた時期がある。
「この世界には、かつて妖精が人と共存して魔法を授けていたプモ、特に妖精と会話してその力を最大限使役出来る乙女は『妖精使い』として大切にしていたプモ!
だけど人の欲や妖精の嘆きが魔物となって、世界中を襲ったプモ!
「魔物との戦いに傷付いた最後の妖精使いが、最後の力を振り絞って全ての魔物を別の世界に転移させたプモ!
そして、その世界で魔物を倒せる妖精使いの乙女を遣わすよう、数人の妖精を送り込んだんだプモ! その一人がボクだプモ!」
物心ついた幼女の頃、私はこのへちゃむくれな喋る羊のぬいぐるみ……もとい月の妖精プモに再会して前世の記憶を取り戻した。
キラキラのつぶらな瞳を潤ませるプモの体を力いっぱい握りしめながらコイツの腹立つ説明を聞いたことを覚えている。
「ほーん……つまりアレか? 今度はこっちの世界が危なくなるから、またバケモノ退治してくれって事か?」
「そうプモ!やっぱりボクにはキミしかいないプモ!」
「お断りやボケェ! あんな命がけのローリスクハイリターンな事二度とするかぁ!」
「そんなこと言わないでプモ!キミはそのために此処に呼ばれたプモ!」
「アンタと別れたときに、もう二度とせえへん言うたやろ!」
「契約で、キミの魂が滅びるか魔物が完全撲滅するまではボク達に協力することになってるプモ!」
「なんやそのブラック契約書!? 二回も無償で労働さすなや、人の心とか無いんか!?」
「契約書はちゃんと見ないとダメプモ! だからこんな事になるんだプモ!」
「他人事みたいに言うなや、このマッチポンプ妖精が!!」
こうしてプモと再会した私は、話し合い(物理を含む)の末、不本意ながら王立学園に入学と同時に『魔法少女 ルナティック・フェアリー』として活動を再開する事となった。
厳密には『妖精使い』とのことだが、不本意ながら魔法少女のほうが馴染みがあるため、名乗りはこちらをそのまま使うことになった。
見た目は兎も角中身はアラサー女だ、正直自分でもキツイ。
幸いにも入学までの数年は魔物の出現も緩やかで、その間は王立の騎士様方にお任せしておいた。
そして、入学と同時に出現が活性化してきたため、私は二足の草鞋を忙しなく履きながら日常を送っているのである。
◆◆◆
トアールランド王立学園は、貴族子息や令嬢が通う学校だ。
とある者は此処で騎士道を学び、とある者は政治学を学び、またある者は科学に触れて大学院への道を歩む。
婦女の面々においては職業婦人を目指す者も居るが、未だに『女は家庭に入るのが幸せ』などというステレオな考え方が未だに根付いているためか、基本的には将来の相手探しであったり、花嫁修業も兼ねて通っているものが殆どだ。
私、アクヤクーヌ・レイジョリオンは伯爵位を持つ家の令嬢だ。故に幼い頃から決められている婚約者が居るの、だが……。
「いやんっ、ゼルハルト様、蜂が……!」
「大丈夫だよテディ、何もしなければ刺してこないさ」
私の婚約者である一ゼルハルト・オーレサーマ伯爵子息は、絶賛他の女に現を抜かしている。
相手は……もう予想が付いてると思うだろうが、『聖なる鐘は誰が為に鳴る?』の主人公であるテディ・ブライアンだ。
オーレサーマ家は代々騎士を輩出している家で、私より一つ上のゼルハルトもまた凄まじい剣の才と、近年より発達が目覚ましい銃の才に恵まれている。
しかし、名は体を表すという言葉が有るようにゼルハルトは自我が強く人を引っ張っていくのが好きな、所謂『俺様キャラ』だ。
そして、同じく我が強くはっきりと物を言う私――アクヤクーヌとは、はっきり言って相性は最悪であった。
「ありがとうございます、ゼルハルト様。怖かったです……」
「テディ、君は本当に可愛いな……」
テディはアクヤクーヌとはまた違ったタイプの美少女だ。小動物のような可愛らしい見た目とけなげで一生懸命な性格は、さぞかしゼルハルトの庇護欲を刺激するだろう。
大きな瞳をうるうるとさせながら可愛らしい顔でゼルハルトを見上げるテディ。
その頭をポンポンとゼルハルトが撫でた。
慈しむような愛しげな顔をしているが、私はそんな顔今まで一度たりとも見たことはない。
「絶賛イベントこなし中やな」
「ゲーム?とやらにもこんなイベントがあるプモ?」
「せやな、ゼルハルトはテディのかよわさや優しさに惹かれて、「こいつは俺が守ってやらなきゃ」ってなっていく訳よ」
「婚約者が居る身で何やってるプモ? 士道をもう一度勉強し直したほうがいいプモね」
校舎の二階に有る、二年生の教室の窓際の席。
私の席からは、中庭が良く見渡せた。故に、中庭でいちゃつくお二人の姿は嫌でも目につく。
鞄に入っているプモとこそこそ会話しながら、私は呆れたように目を細めた。
「にしても、白昼堂々ようやるわ」
「鼻の下伸ばして、男前が形無しプモ〜」
ふと、ゼルハルトにボディタッチを繰り返していたテディがこちらを振り返る。
そしてうりゅ、と目に涙を溜めると怯えたようにゼルハルトに抱きついた。
「ゼルハルト様ぁ、レイジョリオン伯爵令嬢が怖い目でこっちを見てますぅ〜」
「なっ……アクヤクーヌ! またテディを怖がらせたな!?」
ゼルハルトも私の事に気付いたらしい。髪と同じ赤い瞳を鋭く細め、厳しい顔で睨み上げてくる。
先程の甘い顔はどこへやら、向ける顔が逆なのではないか?
「……」
アクヤクーヌ・レイジョリオンは、伯爵令嬢だ。
二階から叫び返すなんて品の無い真似も、なんなら異性に身体を擦り付けて擦り寄るなんてはしたない真似もしない。
代わりに、軽蔑を含んだ目でお二人を睨みつけておく。
婚約者の浮気現場を直に見たのだから当然の反応だ。
アクヤクーヌは青みがかった黒髪にアイスブルーの瞳が印象的な、気が強そうな美人だ。
黙って見下ろすだけでも迫力が有るだろう。
「ゼルハルト様、怖ぁい!」
「アクヤクーヌ、お前は何処まで意地の悪い女なのだ!」
「あたしがゼルハルト様仲良くしてるからって、ひどいですぅ〜!」
ギャアギャアと騒ぐ二人から視線を外す。
教室にいたクラスメイトの令嬢達が憐れみと好奇心の混ざった眼差しを向けてくるが、それにももう慣れた。
次の授業も始まる、さっさと切り替えるべきだ。
胸に過ぎるのは、婚約者に浮気されている悲しみでも何でもない。
「……これでイベントは仕舞いやな」
「お疲れ様プモ」
小声で労ってくれるプモに笑いかけ、私は小さく溜息をつく。
本当ならあんなお花畑には関わりたくもないが、プモからは『ゲームとやらのストーリーを根底から覆すと世界のバランスが崩れて魔物が更に活性化するかもしれない』と言われている。
この世界でのアクヤクーヌの役割は『テディを虐め、ゼルハルトとの交流を邪魔する』言わば悪役令嬢だ。
ゼルハルトルートではその存在を発揮し、テディとゼルハルトの愛の障壁として立ちはだからなければいけない。
故に、私はしたくもない悪役令嬢ムーブをキメてるのである。
「めんどくさぁ……」
「順調にイベントが進んだプモ、良しとするプモ」
予鈴の鐘が聞こえる。そろそろ授業が始まるころだ。
プモが鞄の中へと姿を消す。
私は気持ちを切り替えると、次の授業の教科書を準備しはじめた。




