アクヤクーヌ・レイジョリオンは魔法少女である
私、アクヤクーヌ・レイジョリオンは悪役令嬢と魔法少女の二足の草鞋を履いた転生者だ。
「何でそんな設定をモリモリにしたんだよ?」って思ったか?知るかそんなん、こっちが聞きたいくらいだ。
かつては、『妖精によって魔法少女に選ばれ、突然現れた怪物と戦う』という中学時代を送っていた以外は何処にでも居る、ごく普通の婚活難航アラサー女であったが、歩きスマホ中に車に轢かれ、気付けばこの世界で貴族令嬢をしていたのだ。
……ん?なんで車に気付かんほどスマホ弄ってたのかって?
出会い系アプリでええ感じの男と話してたらこの様や。
深くは聞いたらあかん。傷口に塩を塗るような真似はやめてくれ。
これだけでも「ネット小説でよくある話だな」と思えるだろう。無論私も思う。
それに加え、なんとこの世界は昔、私がプレイしていた人気の乙女ゲーム、『聖なる鐘は誰が為に鳴る?』の舞台だったのだ。
かつて人とともにあった魔法は数百年のうちに衰退し、科学が台頭しはじめた中世ヨーロッパ風の世界観の、学園ラブロマンスだ。
ヒロインは数百年ぶりに妖精の姿をおぼろげながら捉えることが出来る平民の乙女である。
病気の母を救うために王都の大聖堂にある、鳴らすと奇跡が起こると言われている妖精の鐘、通称『聖鐘』を鳴らすため、貴族の令息や令嬢達が通う王立の学園に入学する……という話だ。
此処でヒロインに転生出来ていたなら良かったのだが、私が転生したのはこのゲームのライバルキャラクターである黒髪の令嬢、『アクヤクーヌ・レイジョリオン』だった。
攻略キャラの一人である俺様キャラの婚約者であり、事あることにヒロインを虐める悪役キャラだ。
もう少し捻りのある名前は無かったんかい、とプレー当初は思ったし、転生した今でも思っている。
杜撰な名付けの通り、扱いはかなり悪い。
俺様キャラと王子様キャラルートではその性格の苛烈さから愛想をつかされ婚約破棄されてしまい、その後の行方は分からなくなってしまうのだ。
そんなこんなで女性向け異世界転生トリプルコンボを押さえてしまった私はというと、諸事情により昼間は学園でヒロイン相手に悪役令嬢ムーブ(主に毒舌攻撃)をキメまくり、夜になると魔法少女として王都内を駆け巡り出現する魔物を倒すという忙しい毎日を送っていた。
「プモ!広場の方に魔物の反応があるプモ!」
「りょーかい、飛ばして行くで!」
今日は月が綺麗な夜だ。本来なら貴族のお嬢様は立ち入らない、城下町の裏道を縫って駆け抜けてゆく。
私の周りをふよふよと浮かんでいるのは、妖精のプモ。なんでも月の妖精らしい。
本来なら人の目には映らない存在だが、私と契約を結ぶことで魔力が供給され、実体を得たのだという。
羊のぬいぐるみのような愛らしい見た目であり、私がこんな事になった元凶でもある。
「にしても、このお貴族様のドレスはどうにかならへんのか!?」
「それは本来走ったり跳ねたりするのを想定して作ってないプモ!」
フリルの可愛らしいロングワンピースの裾を翻し、薄汚い路地を走る。
ちなみに持っている服ではこれが一番動きやすい。他は布の重みで走ろうなんて気は起きないだろう。
ぴりり、と肌に強い魔力を感じる。
――近くに居る。
そう感じた私は胸元から金のチェーンで繋いだ、宝石が埋め込まれた金細工を引っ張り出す。
「アクヤ、変身プモー!」
「しゃあない、一丁やったるか!!」
金細工――『変身アイテム』を掲げ、私は鋭く叫ぶ。
「ルナティック・フェアリー……メタモルフォーゼ!」
力強い月光が全身を包む。全身に力が漲り、衣装が金の粒子と共に組み替わっていく。
――その間、ほんの一瞬。悠長に変身バンクをキメている暇など私には無い。
月の意匠が入った金刺繍がきらめく黒と紫を基調にしたドレスは、この時代の婦人からは眉をひそめられかねないほどスカート丈が短い。
しかし、脚には月の光をちりばめられたような魔法陣が描かれた、金模様が入ったタイツを履き露出は殆ど無い。
月の光で染められたように輝く金の髪を払い、月の意匠のワンドを手に取る。
力強く地面を蹴り、私は広場へと躍り出る。
『悪役令嬢』という器から羽化するかのように純白のマントが夜空に靡いた。
「ルナティック・フェアリー、闇夜を縫って参上や!」
『現役時代』には少し恥じらいも残っていたこの、こっぱずかしい口上もすっかり慣れてしまって、もう羞恥も何も感じない。
ヤケクソ気味にカッコよく口上をキメ、私は前方を見据える。
水の女神らしき像が水を流す噴水の前では、醜悪な四つ足の魔物が興奮気味に唸り声を上げている。
そして、その奥にはローブを纏い目深にフードを被った青年が、何やら薄型の機材らしきものを抱えて腰を抜かしていた。
「ひ、いぃ……!」
ひび割れたような機械音を発する機材を抱きしめながら、後ろに後ずさりする青年は顔を青ざめさせている。
無理もない、夜とは言え王都で魔物に遭遇したのだ、武器を持たない一般人には恐ろしいだろう。
魔物が、雄叫びをあげて青年に襲い掛かる。その寸前で満月のような銀色の光を放つシールドを展開し、青年を守る。
シールドに阻まれた四つの異形の目が、こちらを睨みつける。殺意を肌で感じながらワンドを構えた。
昔だったら怯えていただろうが、今はそうはいかない。
アラサーの元魔法少女舐めんなよ!
「あんたの相手は……ウチやろうが!」
猛然とこちらに突っ込んでくる魔物の軌道を読んで躱す。
無防備になった背中に打撃を与えれば、こちらへと振り返った獣に挑発するようにマントの裾を揺らす。
まるで闘牛士のようだ。鼻息荒く突っ込んでくる鋭い角から体を反らしつつ、私はワンドを掲げる。
「ルナティック・プレス!」
呪文と共に魔獣が地面に伏せた。否、押さえつけられたのだ。
月の魔法が使える私は、重力を操ることができる。
自重で思うように動けない魔物を見下ろしながら、ワンドを構える。
月の光を集めたような、白銀の粒子が溢れる三日月のような光の刃がワンドの先に形成される。
「ほな、そろそろ刈らせてもらおか」
時刻は九時をさした所だ。
お肌のゴールデンタイムである十時にはベッドに入っておきたい。
軽く膝を曲げ、跳躍する。
私には重力など関係ない、この世界には些か短いであろうミニスカートの裾がふわりと広がる。
そのまま自重を乗せて鎌を振り抜けば、確かな手応えと共に魔獣の絶叫が響いた。
「ルナ・サンクティア!」
片手に銀の粒子を纏わせて頭上へ掲げれば、月光の厳かな光が魔獣を包み込み、溶け込むかのようにその姿を消した。
私が使える、浄化の力を持つ必殺技だ。
すぐに放てる訳ではなく、魔物を弱らせる必要がある。
魔力の名残か、青白い粒が広場に舞う。それは噴水に流れる水に戯れるように消えていった。
ワンドを降ろし、私は青年へと向き直る。余程大事なものなのか、何かの計測機器のような機材を抱き締めたまま、彼は呆然と私を見ていた。
「えっと、ケガはない?」
「ひえっ……だ、だいじょぶれひゅ……」
彼の元へ近付き、手を貸せばしどろもどろといったように青年は私の手を取った。
背が非常に高い男である。ゆうに百八十センチは超えているのではないであろうか。
「良かった。こんな遅くに出歩いてたら危ないよ、ほなね」
にこり、と魔法少女スマイルをキメつつ私は踵を返す。
魔法少女として活動するのは大変だが、それでも誰かが救われるなら悪い気はしない。
今日も密かに街の平和を守ったのだ。自分で自分を褒めてあげたい。
こつ、とヒールの軽やかな音がする。
充実感に満たされながら、私は家路へと急いだのである。
「ルナティック フェアリー……」
一人取り残された青年が、頬を赤らめながら私の名前を呟く。
謎の機材を去りゆく背中に向け、パシャリとストロボを焚かれる。
その存在が地味過ぎて、私はさらりと盗撮をかましてくれたこの青年が、クラスメイトであり、この国の第二王子であるギイ・クリストフ・トアールランドである事に気付いてなかったのである。
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そんなこんなでのんびり更新致します。
続きは明日20時に更新予定です。




