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47. 倉庫に揃う証拠品

霜月二十六日の夕刻。

石畳を踏みしめ、ジーク、ライゼル、メルシェ、ティモはローゼン商会の職員と共に歩いていた。

荷車には、新たに用意された正規品の酒樽が積まれている。


「樽転がしは任せろってな」

ジークが片手で荷車を押し、豪快に笑う。


ティモは緊張を隠せない。


メルシェは端末を見ながら、淡々と数字を読み上げる。

「交換対象:疑惑の樽一。代替品:正規の酒樽一。確認事項:刻印、味、封の状態」


「……メルシェさん、緊張ほぐれるどころか増しますよ」

ティモが苦笑すると、ジークが肩を竦めた。

「だな。数字で言われると胃が重くなる」


「可視化は重要です」

メルシェが平然と返す。



やがて、路地の奥にその酒場が現れた。

木の扉の向こうから、低く笑う常連たちの声が漏れている。


ジークが先に扉を押し開けた。

「よっ、親父。また来たぜ」


カウンターの奥に立つ店主が顔を上げる。

前回と同じ鋭い目。

だが、今回は明らかに驚きの色を浮かべた。

「……お前さんか。人数まで増えてるじゃねぇか」


ジークが片手を挙げる。

「今日は正式に仕事で来た。——商会の立ち会いだ」


「商会……?」

店内の視線が一斉にこちらへ向く。常連たちが小声でざわめいた。


ライゼルが一歩前へ出て、端的に告げた。

「酒樽に入れ替えの疑いがある。商会が代替品を用意した。これと交換させてもらいたい」


店主は一瞬言葉を失い、それから大きく息を吐いた、

深く頷いた後、奥に控えていた若い店員を呼んだ。

「おい、問題の樽を運んでこい」


間もなく、重い樽が転がされてきた。

昨日ジークが確認したその樽だ。


その動きに合わせ、常連たちの視線が集まる。

一人がふと、ジョッキを掲げて声を上げた。


「おい、やっぱり薄めてたんじゃねぇのか?」


その瞬間、ざわつきが広がる。

「だよな、俺も思ってたんだよ!」

「薄い薄いって、俺らの舌が正しかったわけだ」


ざわつきは冗談混じりながらも刺すように響き、ティモの表情は青ざめた。

両手で帳面を握りしめ、小さく頭を下げる。


「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。これは商会の責任です」


若い声が沈黙を割ると、常連たちも一瞬だけ言葉を飲み込んだ。


だがすぐに、別の客がからかうように笑う。

「商会の坊主が頭下げるのは珍しいな」

「まぁいい、次はちゃんとした酒だろうな?」


店主が客達の声を遮った。

「勝手に言わせとけ。文句言いながらも通い続けてる奴等だ」

太い声に、場の空気が少し和らぐ。

「だが……こんなことがまた続いたら困る。信用ってのは薄い酒より早く消えるんだ」


ティモは深く頷き、さらに頭を下げた。

「はい。必ず確認します。二度と同じことは繰り返しません」


ジークがそこで割り込んだ。

「おいおい、暗ぇ顔すんなって」

彼は大げさに笑い、常連たちを見渡す。

「もし次に薄かったら——俺がこの場で倍飲んで帳消しにしてやるよ!」


酒場が一気に笑いに包まれた。

「倍飲むのはお前が得するだけだろ!」

「それなら俺らも付き合うぜ!」


ジークはジョッキを掲げ、にやりと笑った。

「いいじゃねぇか。どうせ飲むんだ。だったら楽しく飲もうぜ!」


常連の一人が吹き出し、場がわずかに和んだ。


職員たちが新しい正規品の樽を運び入れ、慎重に交換作業を進める。

床を滑る重い音が響き、疑惑の樽はジークとライゼルの手で荷車へ載せられた。


店主が栓を抜き、泡立つ黄金色の酒を注ぐ。


「……これだ」

誰かが呟き、口に運ぶ。

「濃い! これがいつもの味だ!」


歓声と拍手が広がり、場のざわめきが一変した。

ティモは胸を押さえ、安堵の吐息を漏らした。


メルシェはその様子を端末に記録し、静かに言った。

「比較検証用に、疑惑の樽は商会倉庫へ移送します」


ライゼルは短く頷き、店主に視線を向ける。

「協力感謝する。」


店主は深く息を吐き、力強く頷いた。

「頼むぜ。こっちは客を相手にしてるんだ。二度と、こんな真似はごめんだからな」


ジークは片手を上げた。

「俺らも飲む側だ。酒が薄いなんざ見過ごせねぇ」


ライゼルは短く結ぶ。

「ここで回収した樽が証拠になる。——必ず突き止める」


メルシェは端末を閉じ、淡々と告げる。

「疑惑樽、確保完了。次工程へ移行可能」


ティモは深く頭を下げた。

「ご協力、ありがとうございました」



店を出ると、夕刻の空は赤く染まり始めていた。


ジークが荷車を押しながら、にやりと笑う。

「さて、腹も乾いてきたが……酒は後のお楽しみだな」


「検証が先だ」ライゼルが淡々と返す。


「わかってるよ」

ジークは肩をすくめ、荷車を軽く揺らした。

「さぁ、商会に戻って突き合わせだ。樽の口は嘘をつけねぇ」


石畳を踏む音が、夕暮れの街路に響いた。



月が昇り始めた頃、一行はローゼン商会の倉庫へと戻っていた。


石造りの建物に入ると、冷えた空気が張りつめている。

職員たちが整然と控え、奥には検証用の机と明かりが用意されていた。


ジークが肩から砂糖袋をどんと降ろし、ティモは茶葉の袋を慎重に机へ置く。

最後に従業員が酒樽を転がしてきて、並べられた。


広い倉庫の一角に並べられると、冷たい空気に緊張が混じった。


「ここからは比べて確かめる番だな」

ジークが腕を組み、低く笑う。


「まずは茶葉からいきましょう」

カイルが頷き、職員に合図を送った。


メルシェは端末を起動し、光板に新たな記録画面を開く。

「比較対象——正規品は倉庫から同ロットを選出済み。縫製、封、刻印、内容物を順に確認します」


最初は茶葉。


机の上に二つの袋が並べられる。

一つは商会で用意した正規品、もう一つは回収した疑惑の品。

麻袋の質感はどちらも似ている。

縫い目も一見では違いが分からない。


メルシェが冷静に告げた。

「外装確認。縫い糸の均一性に差異あり」


ライゼルが眉を寄せる。

「目視で分かるか?」


「微細。——ただし並べて照合すれば明白です」

メルシェは指先で袋をなぞり、封の位置を示した。

「正規品は縫い目が均等。疑惑品は針間が不揃いで、封の結びも甘い」


ティモが慌てて身を乗り出す。

「……本当だ。言われてみれば確かに違います」


カイルは静かに息を吐いた。

「商会の倉庫検品だけでは、見落とすレベルです。」


指先でひねりながら鼻に近づける。

「……悪くねぇ香りだな」


ティモも同じように真似をする。

「はい……。正直、僕には差が分かりません」


ライゼルが小さく頷いた。

「我々では判断は難しいな」


メルシェが端末に茶葉をかざし、淡々と告げる。

「外装縫製には差異あり。ただし内容物の品質差は微細。香気成分の計測でも顕著な差は出ません」


カイルが低く息を吐いた。

「……つまり、中身が必ずしも粗悪とは断定できない」


「だが、袋は確実に怪しい」

ジークが机に軽く置き直し、苦笑を浮かべる。

「味の落ち方も、“出来の悪い年”って言われりゃ納得しちまう程度だな」


ティモが小さく唇を噛む。

「……それが狙い、なのかもしれませんね。分かりにくい程度に落とす……」


ライゼルが短く結んだ。

「中身の確証は得られずとも、袋の時点で入れ替えは確定だ」


メルシェは端末に入力しながら、冷静に補足した。

「品質差は“年の出来”と処理可能。——しかし包装の差異は、入れ替えの証拠となり得ます」


倉庫の空気が静かに張り詰めた。



次に砂糖。

白布の袋を切り開くと、ざらりとした粒が光を反射した。


ジークが指でつまみ、口に放り込む。

「……甘ぇことは甘ぇ。けど舌にざらつきが残るな」


メルシェが小瓶に分け入れ、水に溶かす。

透明な液体の底に、結晶が残ったまま沈んでいた。

「正規品と比較。溶解速度——差異あり。結晶粒度が粗いです。正規品は溶解が速く、均一。こちらは溶け残りが出ます。焼き菓子に混ぜれば味が軽くなるはずです。」


ティモは驚いたように水面を覗き込む。

「一見、同じ砂糖なのに……」


ライゼルは顎に手を当て、低く言った。

「上等品と下級品をすり替えたか。あるいは混ぜ物だな」


カイルは固い表情で砂糖袋を閉じた。

「菓子屋で気づかれたのも当然か……」


ジークがにやりと笑い、ティモの肩を叩く。

「坊主、次はお前の番だ。味の違い、書き留めとけ」


「は、はい!」

ティモは真剣に頷き、帳面に筆を走らせた。



最後に酒樽。

重たい樽を机の横に立て、栓を外す。

芳醇な香りが立ち上がる。


ジークがジョッキに注いだ。

まずは疑惑の方を口に含み、すぐに正規品を比べる。


「……やっぱりな。昨日も感じたが、丸みがねぇ。香りの広がりも違ぇ」


ライゼルも一口だけ飲み、静かに頷いた。

「舌に残る余韻が浅い」


メルシェは刻印を指でなぞり、淡々と告げた。

「外装比較。正規品は刻印の線が深く、均一。疑惑品は焼き直し跡あり。模倣品確定」


ティモが驚きの声を上げる。

「本当に……同じに見えて、違う……」


メルシェは端末を閉じ、まとめた。

「茶葉=縫製差。砂糖=結晶粗度。酒=刻印の浅さと風味の差。三件一致。——入れ替えの確度は高いです」


沈黙が落ちた。

倉庫の灯火が揺れ、木箱の影を濃くしている。


カイルが深く息を吐き、静かに結んだ。

「証拠は十分です。——複数の品を段階的に入れ替えていた。狙いが利得か信用の破壊かは断定できませんが。」


ライゼルが全員を見渡した。

「現物は押さえた。差異も出た。——次に必要なのは“どうやったか”の証明だ」


ジークが腕を組み、顎で倉庫の奥を示す。

「詰所の配置と同じ動線を作れりゃいい。受付、集積台、仕分け棚、出庫口。樽は転がし、袋は積み替え。伝票は“貼り直し→すり替え→数合わせ”の順で試す。何人、何分で出来るか測る」


メルシェが即座に端末へ打ち込む。

「再現条件——〈人員2〜3〉〈混雑時〉〈監視死角〉〈優先便割込み〉。計測項目——所要時間、接触回数、痕跡発生確率。封印・刻印偽装の手順分解も実施」


ティモが拳を握った。

「同じ時間帯、同じ通路、同じ作業順でやってみます。……あの三人が通れた“隙”を、数字で出す」


カイルが静かに頷く。

「倉庫の一区画を今夜から空けましょう。実際の台車と帳票、同型の樽と袋を用意します。回収品は触れず、正規の資材で再現を」


ジークが口角を上げた。

「よし、答え合わせだ。嘘は現場で剥がすのが一番早ぇ」


倉庫の灯りがわずかに揺れた。

ライゼルは短く結ぶ。

「——段取りは今夜詰める。明朝、動く。次は、手口の再現だ。」

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