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46. 取引先に示す誠意

霜月二十六日の朝。

ギルドを出たジーク、ライゼル、メルシェの三人は、ローゼン商会へと足を運んでいた。


迎えの職員に導かれ、応接室に通される。重厚な扉が閉じられると、空気は一気に張り詰めた。


すでにカイルとティモが待っていた。


カイルは端整な所作で立ち上がり、一礼してから静かに告げる。

その隣に控えるティモは、緊張を隠しきれない面持ちだ。


「お忙しいところを申し訳ありません」

カイルの声は落ち着いていた。

「昨日の話に出ましたとおり、入れ替えの疑いのある品を回収いたします。ただし——取引先に迷惑をかけぬよう、代替品を用意しました」


ジークが片眉を上げて笑う。

「さすがカイル、抜け目ねぇな。……で、俺らも一緒に行っていいか?」


「願ってもない事です」

カイルが頷く。

「皆さんに立ち会っていただければ、取引先への説明もスムーズになるでしょう」


メルシェは端末を開き、淡々と補足する。

「現物回収。目的は二点。〈一〉不正品の保存。〈二〉正規品との比較検証」


ライゼルが短く言う。

「それで行こう」


「は倉庫へ。正規品を用意してあります」



一行は倉庫へ移動した。

棚には麻袋や布袋、木箱が整然と積まれ、商会の規模を示している。

冷えた空気には穀物や茶葉の匂いが混じっていた。


職員が用意していた二つの品を運び出す。

まずは茶葉の袋。

麻の袋に詰められた五キロほどの大きさ。


ティモが両腕で抱え込むように持ち上げる。

「っ……軽いけど、大きいですね」


「大丈夫か?」とジークが覗き込み、ひょいと片手で担ぎ上げる。


思わずティモが苦笑する。

「ジークさん、さすがです……」


メルシェは袋の縫い目に視線を落とし、冷静に言った。

「縫製の形状、封の位置。これが正規仕様ですね。——交換後に照合すれば、入れ替えの有無が明確になります」


続いて砂糖の袋が運ばれてきた。

布に包まれた十キロはある重量物だ。


どん、と床に置かれただけで鈍い音が響く。

ジークが当然のように肩に担ぎ上げた。

ライゼルも無言で一袋を持ち上げる。


ティモは勇気を出して手を伸ばし、持ち上げてみる。

「うっ……!」

重みに耐えきれず、一歩よろけた。


「おいおい、腰やっちまうぞ」

ジークが豪快に笑いながら取り上げる。

「砂糖は甘ぇが、持つには重すぎるな」


「茶葉はティモ。砂糖は俺とライゼルで運ぶか」

ジークが自然に役割を振る。


「はい」ティモが即座に返事をした。

緊張は残るが、その声は確かに強くなっていた。


準備を終え、全員が荷を抱える。

ティモは茶葉袋を、ジークとライゼルは砂糖袋を。メルシェは端末を操作しながら小さなサンプルを確保している。


「酒はどうする」ライゼルが短く問う。


カイルが答える。

「酒場への配送は夕刻です。その時間に立ち会っていただければ、入れ替えの瞬間を直接確認できます」


ジークはにやりと笑った。

「樽転がすのは俺の仕事だな」


カイルは真剣な眼差しで全員を見渡した。

「お願いしたいのは、ただの交換ではありません。調査であると同時に、商会が誠意を持って対応していることを取引先に示すこと。それが信用を繋ぎ止める要になります」


そこまで言ったところで、カイルはほんの僅かに表情を曇らせた。

「……本来なら、矢面に立つのは我々商会の務めです。ギルドの皆さまにまで同行いただくのは、心苦しいのですが」


ティモも緊張に押しつぶされそうな面持ちで続ける。

「もし取引先からきつく言われたら……それは、僕たちが受けるべきことで……」


ライゼルが静かに首を振った。

「勘違いするな。これは商会だけの問題じゃない。ギルドも関わった依頼の一部だ。共に責任を負う」


メルシェも端末を閉じ、短く言葉を添える。

「——信用は都市全体の基盤。守るべき対象は共通です」


ティモははっと顔を上げ、わずかに目を潤ませた。


ジークは肩を竦め、豪快に笑う。

「心配すんな。怒鳴られたら、俺が倍で笑い飛ばしてやる。……なぁに、酒の席で慣れてる」


ティモの表情に、わずかだが安堵の色が差した。


ジークが豪快に肩を回し、笑みを浮かべる。

「ただ回収するだけじゃねぇ。ここからが勝負だ」


ライゼルは無言で頷き、扉に向かう。


重い袋を抱えた一行が、倉庫を後にする。

昼の陽光が差し込む石畳に影を落とし、足取りは揺るぎなかった。



午後の街路は、柔らかな日差しを受けて賑わっていた。

石畳の両脇に並ぶ店々からは、香ばしい茶葉の匂い。

一行は、その一角にある老舗の茶葉店へと足を向けていた。


「ここが該当の納品先です」

ティモは抱えていた麻袋を持ち直した。


扉を押して入ると、乾いた木の香りに混じって、淡い茶の香りが鼻をかすめる。

棚には茶葉の袋がきちんと並び、落ち着いた雰囲気が広がっていた。


店の奥から現れた店主。

年配ながら背筋を伸ばし、落ち着いた眼差しで一行を迎えた。

「これはこれは……ギルドの方々まで。わざわざ足を運んでいただくとは」


ティモが軽く頭を下げ、正規品の袋を差し出す。

「昨日お話を伺った、前回納品した分を回収させて頂けませんか。こちらが代替の品です。」


店主はわずかに目を見開き、すぐに小さく頷いた。

「正直、助かりますよ。実は……最近、香りが薄いと常連に言われましてね。年によっては出来に差もありますからそういう事もありますが、今年はそういう話も耳にしないので……。」

その声には安堵が滲んでいた。


店主は奥から回収対象の袋を運び出した。


メルシェは袋の縫い目に目を凝らし、指先でなぞった。

「……縫い糸が粗い。正規品より目が甘く、縫い目の均一性に欠けます」


「言われてみれば」

店主が驚いたように覗き込み、眉を寄せる。

「毎日扱っていながら、そこまでは見ていませんでした」


「当然です」カイルが即座に庇うように言葉を挟んだ。

「本来、疑う必要のないはずの品。見落としではなく、巧妙な細工です」


ティモは帳面に素早く書き込みながら、声を落とす。

「……縫製と刻印。記録します」


ジークは袋を肩に担ぎ直し、にやりと笑った。

「まぁ、こっちで預かっとく。後で並べりゃ、はっきり分かるさ」


店主は深く頷き、視線を一行に向けた。

「こうして迅速に対応していただけるとは……商会もギルドも、誠意を持って動いてくださるのですね」


「当然です」カイルの声は迷いがない。

「取引先に不安を残さぬことこそ、信用を守る第一歩です」


その言葉に、店主の表情が少し和らいだ。

「ならば、こちらも信じて取引はこれまで通りに」



店を後にした一行。通りに出ると、ティモは抱えていた帳面をぎゅっと握りしめた。

「……やっぱり、胸が痛みます。取引先に迷惑をかけているのは事実ですから」


ジークが大げさに肩を叩いた。

「そりゃあ管理責任は商会にあるさ。だけどよ——責任があるからこそ、こうやってすぐ動いてるんだろ? その誠意が伝わりゃ、信頼は繋ぎ止められる。」


ライゼルは静かに付け加える。

「信頼を保つのは容易ではない。——だが、誠実さは伝わる」


そこでメルシェが端末を見上げ、淡々と告げた。

「迅速対応=信用維持。あと、商会評価点は−10から−5程度に改善可能」


「おい! 点数つけんな! しかも減点済み前提かよ!」

ジークのツッコミに、メルシェは小首を傾げた。

「状況の可視化です。数値で示した方が理解しやすいかと。」


ライゼルが短く補足する。

「……言いたいのは、“挽回は可能”ってことだろう」


メルシェは小さく頷き直す。

「はい、——回復可能です」


ティモは思わず苦笑し、緊張の色が和らいだ。

「……ありがとうございます」


ティモは少しだけ表情を緩め、深く頷いた。

「……はい」


彼らは次の納品先へと歩を進めた。



街の大通りを抜ける。

昼下がりの陽射しは柔らかい。

甘い匂いを乗せた風が鼻をくすぐった。


ティモが回収した茶葉袋を抱えなおす。

「次に行く菓子屋の店主さんは、最初の一袋を開けたとき妙に軽い甘さだと思われたそうです。次の袋を開けてみたらいつも通りだったので、それで作り続けていた、と。」


「助かったな」ジークが鼻を鳴らす。

「最初のを使ってりゃ、客から文句が出てたかもしれねぇ」


「……商会への報告はせず、そのまま放置していたそうです」

ティモは俯いたまま言葉を足す。

「言うのも面倒で、次の納品の時で良いかと……昨日の聞き込みで分かりました」


「気持ちは理解できる」

ライゼルが低く応じた。


ジークは肩をすくめ、にやりと笑った。

「味には煩いが、大雑把な店主って事か。……そろそろ着くぜ」


視線の先に、白壁と木枠窓を持つ菓子屋が現れた。


扉を開けると、甘い香りが押し寄せた。

焼き菓子の匂い、飴の甘さ、粉砂糖のきらめき。

棚にはパイやクッキーが並び、彩り豊かな菓子が瓶に詰められていた。


現れたのは恰幅のいい壮年の男。白い前掛けを締め、腕には粉の跡が残っている。


「おう、来てくれたか。昨日話したが……まぁ正直、面倒で放っておいたんだ」

店主は大雑把に笑って肩をすくめた。

「一袋目は妙に軽い甘さでな。気味が悪いんで脇に置いて、次の袋を開けたら普通だった。なら、それでいいだろうってな」


ティモが小さく頭を下げる。

「その分、こちらと交換させていただきます」


ジークとライゼルが肩から重い袋を下ろし、床に置いた。

「ったく、さすが職人だな。軽い甘さなんて感覚で分かるんだからよ」


「感覚だけで生きてるからな」

店主は豪快に笑った。

「せっかくだ、食ってけ。もちろん、普段通りの砂糖を使った菓子だ」


皿には焼きたてのクッキーが並んでいる。


ジークが真っ先に手を伸ばし、豪快にかじった。

「おっ、うめぇ! 甘さがしっかり立ってんのに、後味が軽ぇ。酒の後でもいけるな」


ティモも恐る恐る口に運び、思わず微笑む。

「……美味しいです」


メルシェは一口かじり、無表情のまま告げた。

「結晶粒度が細かい。溶解が均一で、生地全体に甘味が行き渡っています。香りの残り方も適切。」


店主は思わず吹き出した。

「ははっ! お嬢さん、ただ者じゃねぇな。職人顔負けだ」


「仕様に基づいた評価です」

メルシェが小首を傾げる。


ジークが叫んだ。

「おい! スカウトすんなよ! うちの仲間だぞ!」


店主は大きく笑った。



外に出ると、午後の光が石畳を明るく照らしていた。

ジークが伸びをし、笑みを浮かべる。

「よし、腹も心も満たされたな。……次は酒場だな」


茶葉袋を抱えたティモの足取りは、もう揺らぎを見せていなかった。

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