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43. ジークの休日は賑やかに

夕暮れ前の街はざわめきに包まれていた。

石畳を叩く馬車の車輪。

道端で立ち話をする商人たちの声。


賑わいを背に、ジークは大股で扉を押し開けた。


——ギィ。


「かんぱーい!」

木のジョッキがぶつかり合い、泡が弾ける。

酒場の中はもう熱気でむせ返るほどだった。


「おう、今日も元気そうじゃねぇか!」

カウンターの奥から、店主が大きな声をあげる。

ジョッキを拭きながら、笑みを浮かべた。


「おいおい、もうこんなに混んでるのかよ! 街は暇人ばっかだなぁ!」

「お前が言うな!」


すかさず何人かの冒険者が突っ込んで、笑いがどっと広がる。


「兄貴、ほら一杯!」

「おう、ありがとよ!」


ジークは勢いよく受け取って、喉に流し込む。

「っぷはーっ!」

喉を鳴らして飲み干し、豪快にジョッキを置く。


「やっぱりこの街で一番うまいのはここだな!」

「また始まったぞ」

「けど、言われると悪い気はしねぇな」

店主が肩を揺らし、笑いながら次のジョッキを用意する。


「おい、歌えよ兄貴!」

「そうだそうだ!」


誰かの声に応じて、ジークは椅子から立ち上がると、テーブルを軽く叩いてリズムを取る。

「よっしゃ、一曲だけな!」


冒険者たちが戦場で覚える陽気な替え歌。

合いの手と笑いで盛り上がっていく。


「音外してんぞ!」

「外してねぇ、味があるんだ!」


ジークが歌いながらジョッキを掲げると、あちこちから手拍子と笑い声が重なった。


テーブルを叩く音、グラスのぶつかる音、肩を組む腕。

光が窓から差し込み、埃が金色に揺れている。


「兄貴、今日も景気いいな!」

「給金全部使っちまうんじゃねぇぞ!」


「心配すんな、残すとこは残す。……女にだってな!」


下品な冗談にまた笑いが起こる。

だが、その輪の中で小さな口論が生まれかけた瞬間、ジークはすかさず動いた。


「おうおう、酒の席で眉間に皺寄せんな。皺増えるぞ。飲めば忘れる。忘れたらまた飲め!」


「兄貴、強引すぎだろ!」

「けど……まあいいか、飲むか!」


場の空気はあっさり丸く収まり、再び笑いに包まれる。

ジークは得意げに鼻を鳴らし、再び歌を響かせた。


——酒と歌。

だが、その豪快さに混じるさりげない采配が、場を居心地よく整えていく。


「兄貴がいると、なんでか喧嘩になんねぇんだよな」

「そりゃあ……酒場は楽しむ所だからな!」


ジークの声が酒場いっぱいに弾け、笑いが重なった。



片隅では、噂好きな中堅冒険者たちが話している。


「そういや、掲示板見たか?」

「ん? なんの話だ」

「窓口の“傾国さん”だよ。相変わらず美人すぎて仕事に集中できねぇって愚痴が溢れてんだと」


「はは、そりゃそうだろ。俺だって目の前にしたら依頼どころじゃねぇ」

「でもよ、淡々としてるって聞いたぜ」

「……それがまたいいんだよ」


別の席からも声が飛ぶ。

「俺はあの金髪の兄ちゃん推しだな。あの立ち姿、王子さまかよ」

「ライゼルか? 確かに整ってやがる」


すぐそばで新人が口を挟む。

「僕はレイチェルさん派です! あの冷静さが格好いい!」

「いやいや、カンナちゃん一択だろ! 元気で可愛いし!」


「あの書き込みお前だろ!」

自然と、推し談議で盛り上がっていく。


ジークは笑いながら、それを聞き流していた。

「へっ、人気者ばっかりだなぁ、俺の仲間は」

ジョッキを傾け、豪快に喉を鳴らした。



「飯がまずい! 宿の飯がまずすぎる!」

一人の冒険者が酔いに任せて叫ぶ。

「おい、昨日のスープ見たか!? あれ泥水だろ!」

「お前の舌がおかしいんだ!」


ジークがすかさず割り込む。

「おいおい、お前ら贅沢言うなよ! 泥水でも栄養あるって思えば美味くなるんだよ!」

「なんだその理屈!」

また笑いが広がり、空気が柔らかく弾む。



「俺さぁ、この前の討伐で鎧がガッシャーンって壊れてさ!」

別の冒険者が大げさな身振りで話を始める。

「中身丸出しで逃げ回ったんだぜ!? あれは泣いた!」


「お前が泣いてどうすんだよ!」

「誰か助けてくれよーって叫んでたもんな!」


爆笑が起きる中、ジークはテーブルを叩いて転げるように笑う。

「お前なぁ、次は真っ裸で依頼受けてこいよ! そしたら逆に敵が逃げる!」


「いやだぁぁ!」

笑い声が一層広がり、酒場の空気はどんどん軽くなっていった。



「まったく、最近ウチの近くの酒場は質が落ちた……酒が薄い」

常連の年配冒険者が愚痴をこぼす。


「おいおい、また始まった」

隣の仲間が笑い飛ばす。


「はは、そりゃ店主がケチったんだろ」

ジークは軽く笑い飛ばす。


「歳で舌が鈍ったんじゃねぇか?」

「ちげぇ、俺の舌は正直だ。」


酔っ払いは真っ赤な顔で叫び、また仲間にからかわれていた。

笑いが起こり、話題はくだらない方向に逸れていく。



夜も深まり、酒場の熱気はさらに増していた。

卓上には飲み干されたジョッキが並び、笑い声が絶え間なく響いている。


その喧噪の中で、今度は若い冒険者二人が言い争いを始めていた。

「だから俺の剣の方が切れ味いいって!」

「はぁ? 鍛冶屋の差だろ、それは!」


椅子がきしみ、空気がざわつく。

ジークはちょうどジョッキを置いたところで、にやっと笑った。


「おーおー、声がでけぇな。喧嘩なら外で裸踊りでもしてこい」


「なっ……!」

言い合っていた二人は思わず黙る。


「酒場で剣の自慢合戦は野暮だぜ?ここじゃ杯で勝負しな」

ジークは二つのジョッキを店主からひょいと奪い取り、二人の前にどんと置いた。

「ほら、飲め。先に笑った方が勝ちだ」


「……ぷっ」

「ははっ……!」


緊張は一瞬で溶け、周囲から大きな笑いが起きる。


ジークの声が酒場に響き渡った。

「さぁさぁ、景気づけに一曲いくかぁ!」


木製のジョッキを片手に、ジークが立ち上がる。

陽気な旋律が口笛から始まり、やがて彼の豪快な歌声が場を包み込んだ。

最初は呆気にとられていた客たちも、すぐに手拍子で応じる。


「おいおい、また始まったぞ!」

「こいつが歌うと、酒が進むんだよなぁ!」


酒場の空気が一気に明るくなり、笑い声と拍手が混ざり合った。

ジークは大きく肩を揺らし、飲んでは歌い、歌っては飲む。

その豪快さに、緊張していた新人冒険者たちまで笑顔を見せ始める。


「へい兄さん、相変わらず騒がしいな!」

「うるせぇのは褒め言葉だ!」

ジークは指を立て、どん、とテーブルに置いた。

「笑ってりゃ喧嘩も忘れるだろ? ……ほらな」


実際、つい先ほどまで隣の席で揉めかけていた二人組は、いつの間にか肩を組んで一緒に歌っている。

「兄貴、やっぱ空気回すの上手ぇなぁ」

「まぁな。楽しく飲めりゃ、それでいいんだ」

ジークはあっけらかんと答え、またジョッキを傾けた。



「よーし次は俺の番だ! 見ろ見ろ、この腕っぷし!」

酔った大男が立ち上がり、隣の席の男と肩を組んで腕相撲を始めようとした。

テーブルががたん、と揺れる。


「おいおい、壊すなよー!」

店主が慌てて駆け寄るが、酔っ払いの耳には届かない。

周囲も「やれやれ!」と囃し立て、酒場はさらにざわついた。


その空気を裂くように、ジークが立ち上がった。

「おーっとっと!」

間に割り込み、がっしりと二人の腕をまとめて掴む。


「兄貴、邪魔すんなよ!」

「うるせぇ! 勝負だ!」


「お前らの勝負でテーブル壊したら、俺の飲み代が跳ね上がるんだよ!」

ジークが豪快に笑いながら両腕を押さえ込み、二人を強引に座らせる。

「やるなら俺とやれ。ほら、腕相撲だ!」


「おおっ、兄貴と!?」

一気に場の空気がひっくり返り、冒険者たちが歓声を上げる。


——結果は言うまでもない。

ジークは豪快に笑いながら、あっさり二人を抑え込んで勝負を終わらせた。


「どうだ! これが兄貴の力だ!」

「うおおおお!」

笑いと拍手。揉め事は一瞬で笑い話に変わっていた。


「助かったよ」

店主が苦笑しながら、追加のジョッキを差し出す。


ジークは肩をすくめ、泡を一気に飲み干す。



夜が更けるにつれて、歌と笑いはさらに膨らんでいった。

ジークは誰かが小競り合いを始めれば、肩を回して仲裁し、落ち込んでいる者がいれば、酒を差し出して背中を叩いた。


「兄貴、ありがとよ!」

「気にすんな。酒は分け合ってこそ美味ぇもんだ」


彼の周囲には、自然と人が集まっていく。

情報好きな者、愚痴をこぼしたい者、ただ笑いたい者——。

それぞれの声が、夜の酒場に混じり合う。



やがて夜が更け、客の数もまばらになった。

店主がジョッキを拭きながら言った。

「まったく、あんたが来ると店が騒がしいよ」


ジークは肩をすくめて笑う。

「静かな酒場は似合わねぇだろ。明日も頑張れるように、今日くらい騒がなきゃな」


ジークは最後の一杯を飲み干し、腰を上げる。

「おう、今日はここまで! また明日からしっかり働けよ!」


「兄貴〜! また歌ってくれよ!」

「次は新しい話を持ってくるぜ!」


ジークは腰の袋から代金を多めに置いた。

「釣りはいらねぇ。壊れた椅子の修理代だ」


「毎度太っ腹だな」

店主が目を細める。


ジークは片手を上げて応え、扉を押し開けた。

夜風が火照った身体を冷やし、月明かりが石畳を照らしている。


「……ふぅ」

大きく伸びをして、歩き出す。


——酒場で拾った愚痴や噂。

その多くは酔いどれの戯言。

だが時折、混ざる“雑音”の中に、確かな種がある。


ジークは軽く鼻を鳴らした。

「さて……次に繋がるのは、どれだろうな」


陽気な笑い声を背に、石畳を踏みしめていく。

その背中には、酒場で見せた騒がしさとは別の、確かな頼もしさがあった。


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