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36.効率談議、ではなくファッション談議

朝礼前のひと時。

まだ外気の冷たさを含んだ空気が漂っていた。


ひときわ元気な声が弾んだ。

「おはようございますっ!」

カンナが勢いよく扉を開けて入ってきた。


その頭には、鮮やかな髪飾り。

小さな花を模した意匠が、朝日を受けてきらりと光った。


ジークが真っ先に反応した。

「おーいおいおい……なんだそのキラキラ。誰に見せたいんだよ」

ニヤニヤ笑いながら身を乗り出す。


「ち、違いますっ! ただの気分転換です!」

カンナは両手で髪飾りを押さえ、必死に否定する。


帳簿に目を落としていたレイチェルが淡々と口を挟んだ。

「……浮ついてる」

鋭いひと言に、カンナの肩がびくりと跳ねた。


「ふ、浮ついてないです! これは……えっと……窓口も明るくなるかなーって……」

しどろもどろになるカンナ。


ジークは机に肘をついて、にやにや笑いを深める。

「へぇ〜、窓口を明るくするため、ねぇ? はいはい、そーいうことにしといてやるよ」


「だから違いますってば!」

カンナが真っ赤な顔で反論するも、声は裏返っていた。


そんなやり取りの中、静かな声が割り込んだ。

メルシェだった。

「外見的装飾は、業務効率に影響しません」

淡々とした声。


窓口の空気が、一瞬だけ凍りつく。


「……」

ジークが口をぱくぱくさせる。


レイチェルがこめかみを押さえ、小さく息を吐いた。

「……そういうことを言ってるんじゃないのよ」


「業務に差し支えなければ、装飾は自由。——そういう理解です」

メルシェは首をわずかに傾げたまま、変わらぬ調子で答える。


カンナは必死に手を振る。

「こ、効率とかじゃなくて!こう……気分が上がるとか!そういうやつです!」


ジークは机を叩いて笑った。

「おいおい夢がねぇな! 効率に影響しませんって! そこは可愛いとか言うとこだろ!」


メルシェは瞬きを一度して、静かに答えた。

「……可愛い、という評価は指標化困難です」


「効率の次は、指標化かよ!」

ジークの突っ込みが響き、笑いが広がった。


カンナは髪飾りを指でいじりつつ小声で呟いた。

「……でも、似合ってないって言われるよりは……ま、まぁいいのかな」


その声に、メルシェが即座に応じる。

「似合っています」


カンナがきょとんと顔を上げる。


「顔立ちと髪色のコントラストが鮮明です。加えて額周辺に視線が集まるため、第一印象が明るく見える効果があります」

淡々と、しかし迷いのない声音。


カンナの頬がみるみる赤く染まった。

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな真顔で並べられたら、なんか……照れますっ!」


ジークが爆笑する。

「ははっ!褒めてるつもりか、それ!」


「……事実を述べただけです」

メルシェは微動だにしない。


レイチェルはため息をつきつつも、その口元にわずかな笑みを隠した。


* 


「なぁ」

ジークがにやにや笑いを浮かべながら言った。

「そんな効率とか言うならよ……メルシェ、お前は普段どんな服着てんだ?」


唐突な矛先に、場の視線が一斉に集まる。

メルシェは一拍だけ黙し、淡々と答えた。


「……必要最小限。生地は耐久性を重視しています」


沈黙。

次の瞬間、カンナが身を乗り出した。

「ちょ、ちょっと待ってください! 耐久性って……冗談ですよね!」


レイチェルも半眼でぴしゃり。

「普通は色が好きとか似合うとか」


ジークは大げさに両手を振り回す。

「いやいや! 耐久性重視って! 冒険者の防具かよ! 服は見た目とか気分とかで選ぶんだよ!」


メルシェはきょとんとしたまま首を傾げた。

「……色や形で作業効率が上がるのでしょうか?」


「そういうことじゃねぇんだって!」

ジークの突っ込みが炸裂する。


「で、でも……好きな色とか……あるんですよね?」

カンナが恐る恐る尋ねる。


「視認性の高い色は屋外で有効です」

「だから効率!?」

三人の声が重なり、響いた。


「じゃあ……休日はどうなんですか?」

カンナが負けじと切り替える。

「ほら! お休みの日に着る、楽な服とか!」


「休日……」

メルシェは短く考え、静かに口を開いた。

「……耐久性が低い服は、洗濯回数が増えるので避けます」


「まだ耐久性!?」

ジークが笑い転げた。


レイチェルは額を押さえつつ、冷ややかに指摘する。

「休日くらい、効率から離れたらどうなの」


「……休日に効率を下げる理由がありません」

「いやいやいや!」

カンナが両手を振って叫ぶ。


ジークは涙を拭いながら肩を震わせた。

「お前の休日、なんか修行僧みてぇだな!」


メルシェは淡々としたまま、真顔で返す。

「……休日は訓練と記録整理の時間に充てています」


沈黙。

全員が固まる。


「やっぱり修行僧!」

ジークの声が裏返った。



「つまり……メルシェさんにとって服は?」

カンナが恐る恐る問い直す。


「……服は、身体保護の一手段です」


一瞬の静寂。

すぐに「いやいやいやいや!」と三方向から総ツッコミが飛ぶ。


ジークが椅子をきしませ、身を乗り出す。

「服はな! 心を彩るもんなんだよ! 外に出て“似合ってる”って言われて嬉しくなるとか! そういうもんだろ!」


カンナも必死にうなずく。

「そうですそうです! 髪飾りだって、気持ちが華やぐからつけるんです!」


レイチェルはため息交じりに補足した。

「そもそも“身体保護”だけなら防具で十分よ」


しかしメルシェは首をかしげるばかり。

「……彩る必要性が理解できません」


「だから夢がねぇって!」

ジークが頭を抱えて突っ伏した。


笑いが止まらない中、ひとりだけ静かな声が重なる。


「だが、それは正しい」


全員が一斉に振り向く。

言ったのはライゼルだった。


「衣服は本来、寒暖や刃から身を守るためのもの。……余計な要素は、付随にすぎん」


「ライゼルさんまでーっ!?」

カンナが悲鳴を上げる。


ジークが叫んだ。

「お前ら揃いも揃って夢を見ろよ! 効率とか保護とか! ここはギルドであって軍営じゃねぇんだぞ!」


レイチェルは小さく肩をすくめ、眉をひそめた。

「……でも、理屈は通ってるのよね」


「正論なのが一番たち悪いです!」

カンナの抗議に、場がまた爆笑に包まれる。


笑いが落ち着く頃、メルシェは淡々と小さく結んだ。

「……衣服に求める条件は、機能性。変わる予定はありません」


「変わらねぇのかよ!」

ジークの絶叫が響く。


カンナが身を乗り出し、声を張る。

「でもでもっ! メルシェさん凄い綺麗なのに、効率とか耐久性とかだけで服選ぶなんて……勿体ないです! 宝の持ち腐れ! 人類の損失です!」


メルシェは静かに瞬きをし、真剣に答えた。

「……人類全体に対して損失を与えるほどの影響力は持ち合わせていません。また、私の服装で損失が発生する可能性は——」


「そういう意味じゃねぇよ!」

ジークが即座に割り込み、机を叩いて笑い出す。

「お前、真面目に“人類に影響与えるかどうか”で話広げんな! カンナは“可愛い服も着ろ”って言ってんの!」


カンナが慌てて両手を振る。

「そ、そうです!そういう意味です!人類というのは比喩ですから!」


「……比喩表現の誤認識。承知しました」

メルシェは淡々と頷く。


「誤認識って言うな!」

またジークのツッコミが飛び、場は爆笑に包まれた。


ライゼルは低く笑いを漏らしつつ、静かに付け足す。

「……だが、分析としては間違っていない」


「混ぜ返さないでください!」

レイチェルが額に手を当て、場を収めようとする。

しかし、笑い声はもう止まらなかった。


ジークが机に身を乗り出し、にやりと笑った。

「よし、決まりだな。今度は皆で買い物だ! 服選びだ! 俺がコーディネートしてやる!」


「……絶対に悪趣味になる未来しか見えません」

レイチェルが冷ややかに刺す。


「ははっ、そういうのは勢いだろ!」

ジークは胸を張って笑った。


「でも! いいと思います!」

カンナがぱっと両手を合わせ、目を輝かせた。

「みんなでメルシェさんの私服を選ぶとか、楽しすぎません!? 絶対かわいいです!」


「……かわいい、必要条件ですか?」

メルシェが淡々と問い返す。


「条件じゃなくて! 絶対的な事実です!」

カンナが机に身を乗り出し、力説する。


ジークは大げさに頷き、親指を立てた。

「そうそう!任せろ、俺がセンス見せてやる!」


「……勤務外であれば、検討します」

メルシェは真顔で答えた。


一瞬の沈黙。


カンナが飛び上がる。

「出たー! 了承! メルシェさんの“検討します”は、ほぼOKのやつです!」


「お、おう……ほんとに行くのか?」

ジークが目を丸くする。


「行きます!」

カンナが即答した。

「もう予定立てます! 絶対に! あ、でも休日ですよ!? 休日じゃないとダメですからね!」


「休日であれば問題ありません」

メルシェが静かに補足する。


ライゼルが静かに言葉を落とす。

「……派手な服を着ても、本人が変わるわけではない」


「そこ混ぜ返さなくていいですから!」

レイチェルが頭を抱えた。


「いいじゃねぇか! 派手だろうが地味だろうが! 俺らで決めるんだ!」

ジークが拳を突き上げる。


「決めるんじゃなくて……選ぶんです!」

カンナが慌てて訂正する。


「よし、誰が一番似合う服を選べるか勝負だ」

ジークが不敵に笑う。


「受けて立ちますっ!」

窓口に明るい声が広がった。


メルシェはただ、変わらぬ無表情のまま頷いた。

「……では、次回の検討課題として記録しておきます」


「課題って言うな!」

ジークの突っ込みが飛び、最後にもう一度、爆笑が巻き起こった。


こうして窓口の一日は、無駄に賑やかに始まった。

次の休みが、いつも以上に待ち遠しくなるような——そんな朝だった。


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