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30.証言者の行方(2)

霜月十三日、昼過ぎ。

——掲示板が熱を帯びる半日前。


街はざわめきに包まれていた。

荷車の軋み。

商人の呼び声。

行き交う人々の声が折り重なる。


ざわめきの中、五つの影が並んで駆ける。


ジークが顎をしゃくる。

「まずは門だ。外に出てるか確認すりゃ、範囲も絞れる」


ティモが慌てて頷く。

「は、はい! ラドさんが外へ出たなら、必ず記録が残ってるはずです」


メルシェは端末を起動した。

「北は朝一から資材搬入で閉鎖中、南は河岸修繕で検め停止中です。」


ライゼルが短く告げた。

「東からだ。急ごう」


ジークが先頭を軽く抜け、肩越しに後ろへ声を投げる。

「……ったく。証言者探しで街中全力疾走とか、誰が得すんだよ」


軽口に、ティモが必死に食らいつく。

「で、でも! ラドさんは詰所を放り出したままなんですよ!? 早く見つけなきゃ……!」


メルシェが淡々と返す。

「急ぐほど見落としが増えます。……落ち着いて走ってください」


ティモは目を白黒させた。

「えっ、えっ!? 落ち着いて走る? ど、どうすれば……!?」


ジークが即座にツッコむ。

「できるかそんなもん!」


小さな笑いが漏れ、走る足音が一瞬軽くなった。


「だが焦るなというのは事実だ。痕跡は残る。……急ぎつつも、目は広く保て」


ジークが鼻を鳴らし、口端をゆがめる。

「こういう時、お前の目は外さねぇからな」


ライゼルは視線を路地から外さず短く答える。

「見るべきものを見ているだけだ」


ジークが肩をすくめ、笑みを残した。

「だから信じられるんだよ」


カイルが短く頷き、落ち着いた声を添える。

「……バランスの取れた良いチームですね」


そのままティモへと視線を移す。

「君は焦って力みすぎている。肩の力を抜きなさい」


ティモが目を丸くして、ぎこちなく頷く。

「は、はいっ……!」



通りの人々が一瞬足を止め、五人の影を振り返る。

ざわめきに混じる囁きは、もう噂の芽を生み始めていた。


——彼らは証言者の影を追う。

その姿自体が、街の目撃記録となって刻まれていく。



東門。


昼下がりでも往来は絶えない。

行商人が列を作って検めを受けていた。


槍の穂先がきらめき、墨の匂いと紙のざらつきが風に混じる。

門兵が帳面をめくり、通行を許している。


ジークが一歩前に出て声を掛けた。

「悪いな、今日の通行記録を見せてくれ」


門兵は怪訝そうに眉を上げる。

「理由は?」


ライゼルが静かに進み出る。

「所在不明者の確認だ。詰所の搬送係だが、昼から姿が見えない。——協力を」


門兵は短く頷き、詰所から帳面を持ってきた。

墨の匂いと紙のざらつきが風に混じる。

「……昼前に商会の者が数人出入りしている。だが、それ以降は無しだ」


メルシェが帳面を覗き込む。

「該当者なし。東門経由での出入り記録、存在せず」


ティモが胸を押さえ、小さく息を吐く。

「……じゃあ、外には出てないんですね」


ジークが肩をすくめる。

「東からはな。他は分からねぇ」


カイルは短く礼を述べ、視線を西門の方角へと向けた。

「確認を続けましょう」



西門。

荷の出入りが多く、縄の擦れる音が絶えない。

荷車の重みで石畳が軋む。

汗の匂いと土埃が辺りを漂う。


帳面を抱えた門兵に、ジークが同じように声を掛ける。

「昼から今まで、搬送係で一人、妙に急いで出ていった奴はいなかったか?」


門兵は帳面を繰り、額の汗を拭いながら首を振る。

「名簿には無いな。昼過ぎに隊商が二つ通ったが、名はすべて照合済みだ」


メルシェが淡々と口を挟んだ。

「——“ラド”としては、存在しない。

ただし、身分書を偽れば“別名”での通過は可能です」


ジークが顔をしかめる。

「そうなると見つけようがねぇ」


ライゼルが短く結ぶ。

「通過記録が無い以上、“街を出た”とは断言できない。ひとまず街に残っていると仮定して動こう」


ジークが顎をさすり、周囲を見やる。

「次はどこから手をつけるかだな」


カイルが短く答える。

「顔が知られているわけではありません。街中を無闇に目撃情報を聞いて回っても厳しいでしょう。」


ライゼルが拾う。

「目撃情報と言えば、ティモが取ってきた証言。声掛けにも反応せず飛び出して行ったって事だったな。」


メルシェが重ねる。

「まずは詰所に戻り、他にも目撃者がいないか確認しましょう」


ジークが鼻を鳴らす。

「そうだな、ラドの証言みたいにそれ自体が作られた物だったら目も当てられてねぇ」


「単独証言は虚偽の可能性が高いです」

メルシェが付け加える。

「複数一致すれば、信頼度は——」


「数字は出すな!」ジークが叫ぶ。


「……0・3%未満」

「出すなっつってんだろ!」


ティモが小さく笑い、すぐ顔を引き締めた。


五人は門を離れ、街の喧噪の中へと歩を進めた。


行商人が声を張り上げ、子どもが駆け抜け、荷車がきしむ。

ざわめきの中を抜ける五つの影は、誰も振り返らずに進んだ。



詰所の前には、昼の搬送を終えた班員達の姿。

縄を解きながら談笑している。

木箱を床に下ろす音が鳴り、油の匂いが漂う。


ティモが駆け寄る。

先に声を掛けてきたのは年配の職員。

「……なんだ、ティモか。ラドはまだ戻ってねぇよ」


ティモは期待混じりに身を乗り出したが、一瞬で肩を落とす。

「そ、そうですか……」

「そんな探し回る程急ぎの用か、……って商会長じゃないですか」


ティモ以外の姿に驚きの変えが上がる。


職員たちが思わず息を呑む。

「……おい、会長まで来てるぞ」

「ギルドの連中も一緒か……?」

「もしかして監査と関係が……?」

ささやきが走り、談笑していた空気が一気に張りつめた。


若手の一人が顔をしかめ、沈黙を破った。

「……あいつな。見たぞ」


隣にいた年配も声を荒げる。

「昼の搬送に出る時だ。こっちが荷を抱えてたのに、ぶつかってきやがって…!」


別の一人が苛立ち混じりに続ける。

「こっちの荷台にラドがぶつかってきたんだ。荷崩れしかけて、俺ら三人で必死に支えたのに……」


「“悪い”の一言だけで、止まりもしなかった。」

「箱の角、まだへこんでるぞ。見ろ」


縄が半ばまで解け、木箱の角が床を打った痕。

近くの箱も片側に寄り、まだ不安定に傾いていた。


怒りを隠そうともしない声が続く。

口々にぶつけられる不満。

笑いも茶化しもない。

ただ怒りだけが混じっていた。


ティモは息を呑んだ。

「ラドさんが……そんな……」 

膝がわずかに震える。

声は裏返り、手が汗ばむ。


ジークが腕を組み、鼻で笑った。

「三人同時の証言ってんなら、作り話じゃねぇだろ。

普段几帳面な奴が、仲間に迷惑かけてまで駆けて行ったわけだ。……余計怪しいな」


ライゼルは静かに頷き、短く結ぶ。

「確証にはならない。だが、異常な行動であるのは間違いない」


メルシェは画面から視線を上げた。

「複数が同時に目撃している点は、虚偽の可能性を大きく下げます。——しかし“断定”は避けるべきです」


カイルがしばし黙していたが、やがて低い声で言った。

「……行動の異常さを、軽く見てはいけない。証言が揃った以上、見逃せない」


ジークが割って入り、軽く肩を叩いた。

「まだ決めつけんな。急ぎ走った理由が“黒”とも限らねぇ。腹でも壊したかもしれねぇだろ?」


周囲に苦笑が漏れる。緊張が少し緩んだ。


カイルが静かに口を開いた。

「……いずれにせよ、普段とは違う振る舞いです。それを彼自身が選んだのか、誰かに追い込まれたのか」

その瞳には責任の影が濃く差していた。


ティモは思わず口を突いた。

「……じゃあ、ラドさんは“白”じゃないって事ですか」


ジークが軽く首を振る。

「今の話で分かるのは急いでたってだけだ」


メルシェは短く付け足す。

「“所在不明”と“異常行動”。——事実はその二点のみ。“緊急行動”の理由は現時点で特定不能。ただし残置作業との齟齬——確認必要」


ライゼルはティモへ視線をやり、静かに告げる。

「大切なのは、疑いではなく足跡を追うことだ」


さらに言葉を重ねた。

「証言を積むだけでは足りない。現場を見れば、隠された何かが必ず残るはずだ」


ティモははっとして、小さく頷いた。


ジークが口端を吊り上げた。

「よし。じゃあ次は“ラドの残した痕跡”探しだな」


メルシェが最後に結ぶ。

「次へ向かいましょう。時間は限られています」


五人の足音が石畳を叩き、詰所へと消えていった。


残された職員たちは顔を見合わせる。

言葉を失ったまま荷を持ち直した。


張り詰めた空気の奥に、かすかなざわめきが広がっていく。


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