表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/58

10.薔薇色の風、乱入

街路の陽はまだ傾き切らず、白い石畳を細かく照り返していた。

油と革の匂い、焼き菓子の甘い香り、すれ違う人の衣擦れ。

昼の名残が路地に溜まり、旗布の影が風で伸びたり縮んだりする。


商会の門を出た三人は、行き交う荷車の間を縫いながら歩みをそろえる。


「戻るか」

ジークが工具袋を肩で担ぎ直し、軽く息を吐いた。


「はい、人の密度が減っています。いまのうちに」

周りを見渡すメルシェの歩幅は乱れない。


ライゼルが頷いた――そのときだった。


「ジークお兄ちゃーん!!」


風を切る声が飛んできて、薔薇色の影が突っ込んでくる。

肩口で跳ねるピンクブロンド、健康的に焼けた頬、紫がかった瞳がきらきらしている。


「……げっ」

ジークの顔がほんの一瞬だけ固まった。


「見つけた!」

少女――アメリアは、弾む声で言いながらジークの腕に両手を絡ませる。

「なんでこんな所でのんびりしてんの? ねぇねぇ、聞いてよ、今日ね――」


「落ち着け」

ジークは額を押さえ、深く息を吐いた。

「まず腕を離せ。あと“お兄ちゃん”もやめろ」


「え、じゃあ“ジーク先輩”?」

「違う」

「じゃあ“ジーク”!」

「距離感を迷子にするな」


やり取りが通りの喧噪に混ざり、滑っていく。

メルシェは瞬きをひとつ。

ライゼルは目を細め、淡い笑みを作った。


アメリアはくるりと半回転して、二人に向き直る。

「もしかして……ライゼルさん!? 契約戦闘員、それでもってギルド随一の剣腕!

凄い、初めて生で見れた!

はじめまして、アメリア・ブランです!

新人の冒険者で、今日は買い出しと、あと、ついでに“ジークに会う”って予定!」


「……計画に“ついで”の定義が含まれていないように見えます」

メルシェが淡々と告げる。


「えへへ。会ったから成功!」

アメリアは満面の笑み。


ライゼルは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。

「大げさだ。誇張されすぎだ」


「でもかっこいい! やっぱり目の前で見ると違う!」

アメリアは両手を胸の前で握り、憧れを隠さない。


「おい、俺ん時より反応いいじゃねぇか」

ジークが割り込む。


「お兄ちゃんは別枠!」

アメリアが即答し、場が和んだ。


「お前はいつ見ても元気だな」

「うん!むしろ余ってる!」

胸を張る仕草が陽に照らされ、さらに明るい。


ジークは肩をすくめる。

「余剰分は黙ってても減らないぞ」


「じゃあ見てもらうね、余剰分!」

アメリアは両手を差し出す。指先に火花がぱちりと走り、足元で風が起きる。

「火と風、ちょっとだけ!」


「待て。ここは人が――」

ライゼルの制止と、ぱん、と軽い破裂音はほぼ同時だった。


跳ねた火花が散り、風が裾を持ち上げる。

ジークの袖口に焦げが点で残った。


「わ、ごめん!」

アメリアは慌てて火を潰す。

「いまのはその、えっと、デモンストレーション!」


「デモの定義を更新してこい」

ジークは袖を軽く払って、渋い顔のまま。

「焦がした分は労働で返せ」


「はーい! ……でも見た? 今の火、綺麗だったでしょ?」

「“綺麗”の前に“危な”が付く」


「……初対面にしては、印象深いことは確かです」

メルシェがまとめると、アメリアは「やった」と親指を立てた。


通りの風が抜け、角の屋台では焼き菓子が並んでいた。

砂糖の香り、砕いたナッツの香ばしさ。


「ところで、今日は何の買い出しだ」

ジークが問うと、アメリアは腰の小袋をぽんと叩いた。

「包帯と油と、火打ち石の替え。あと――」


「甘味ですね」

メルシェが屋台の方へ視線だけ送る。

「表情筋の反応が、明らかに屋台方向に偏っていました」


「バレた?」

アメリアはへへ、と笑う。

「だって、ご褒美に――」


「糖分摂取自体は、活動持続に合理的です」

メルシェは即答し、わずかに間を置く。

「……ただし、順番は“買い出し → ご褒美”が最適です」


「了解!」

アメリアが敬礼してみせる。


ジークが眉をひそめた。

「お前、理解は早いのに実行が遅いタイプだな」


「でもちゃんと買ったよ? ほら」

小袋から包帯の束を取り出し、どや顔で揺らす。

結び目が甘く、端が跳ねていた。


(結び目、内へ寄る癖。――夜帯の副担当の結び方に似ています)

メルシェは直しながら観察する。


ライゼルは横目でその仕草を見て、静かな笑みを深めた。

「手先が綺麗だ」


「え、誰の?」

アメリアが反射で食いつく。

「ねぇ、誰の? メルシェさん? やっぱり? 今の、指がすごい――」


「騒音レベル上昇」

ジークが淡々と手で×を作る。

「音量を下げろ。人の流れが詰まる」


実際、周囲にわずかな“滞留”ができていた。

メルシェは一歩ずれ、通行の導線を空ける。

流れがすっと整った。


「……ね、ねぇ」

アメリアはその流れを見て目を丸くする。

「今、道ができた」


「通行の“角”を合わせただけです」

メルシェは短く言って、視線を戻した。

「アメリアさん、買い出しの残りはどちらへ? 経路次第で、効率の良い順番を提案できます」


「えっとね、北の門の市場でハーブ。で、そのあと窓口に届ける」

「では、市場からです。ここから直進、右へ二街区。――途中、日陰を選ぶと体力消費が減ります」


「日陰!」

アメリアは即座に頷き、ぱっと笑った。

「メルシェさん、親切!」


「業務のためです」

間をひとつ置いて、付け足す。

「……あと、糖分摂取は帰路で」


「了解、帰路で!」

アメリアは復唱し、場が少し柔らかくなる。



「“お兄ちゃん”呼びは初耳だな。親しいんだな。」

ライゼルがさりげなく問う。


「何度か窓口で会った程度だ。……どうして“お兄ちゃん”になるんだか。

印象は――“元気”“声が大きい”“衝動的”。以上」

ジークが呆れ顔で答える。


「ひどい!」

アメリアが抗議する。

「“可愛い”は? “愛嬌がある”は? “伸びしろ無限”は?」


「客観性のない評価は除外」


「じゃあメルシェさんは?」

アメリアがすかさず振る。

「第一印象、どんと来い!」


「……明るく、行動力が高い。……だが衝動が先走る。同時に、注意散漫。

熱量が高い分、周囲への配慮が抜けがち。

――改善余地は多いですが、伸び代は確かです」

メルシェはほんの少し考え、正面から答える。


アメリアは一瞬ぽかんとし、次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。

「好き!! いや、好きってそういう意味じゃなくて、評価の仕方が! すっごい刺さる!」


「ほらな」

ジークが肩をすくめる。

「褒めても叱ってもエネルギーに変換する」


「燃料変換効率、良好」

メルシェが要約すると、アメリアは「それ!」と手を叩いた。

「その言い方、好き!」


角で誰かが荷を落とす音がした。

アメリアは顔を向け、すぐ戻す。

「ねぇ、将来はね――」


「将来は帰り道で語れ」

ジークが合図を出す。

「日が傾く」


「はーい!」

アメリアは勢いよく返事をして、一歩前へ。

すぐに振り返り、ライゼルにじっと目を向ける。

「ライゼルさんって、あの“落ちない人”だよね?」


「噂は噂だ」

ライゼルは目元だけで笑い、丁寧にかわす。

「君は“落ちない人”かい?」


「むしろよく転ぶ!」

アメリアは胸を張る。

「でも転んだら、次は避ける!」


「それを“学習”と言う」

ジークが即座に刺す。


「それそれ!」

アメリアは嬉しそうに手を叩く。

「ねぇ、聞いてよ。掲示――」


そこでメルシェが視線を上げた。

「路上での私語は“必要最低限”で」


アメリアは素直に口をつぐみ、代わりに鼻歌を漏らす。


テンポが上がり、影が石畳に揺れる。



「アメリア」

歩きながら、ジークが少しだけ声を落とす。

「お前の“火”、さっきの調子だと街中で事故る。

風を先に立てて流れを作り、火は“流れに乗せる”。逆にすると跳ねる」


「……風、先」

アメリアは真剣に復唱し、肩の力を落とした。

「ありがとう、ジーク」


「礼は、焦げた袖の弁償で足りる」


「う……それは努力で」

「努力と弁償は別勘定だ」

「きびしい!」


やり取りに、ライゼルの苦笑が重なる。

「それでも君には、場を明るくする力がある。――貴重だ」


「え、ほんと?」

アメリアは一気に顔を輝かせる。

「やった! 落ちない人に褒められた!」


「“落ちない”は訂正が必要です」

メルシェが淡々と差し挟む。

「評価は行動の累積で変化します」


「そうそう、だから今日から褒められる人に――」


「それも帰路で語れ」

ジークのツッコミが、会話の終止符になった。



北門の市場が近づき、香草の匂いが混ざる。

露店が連なり、呼び込みが波のように重なる。


「ハーブ、何が必要ですか」

メルシェが問い、アメリアはメモを出した。

字は大きく、線が踊っている。


「止血の青葉と、防臭の白花。あと、料理用の香りのやつ!」


「分類が混在しています」

メルシェは即座に仕分け、指先で三本の線を引いた。

「上から“応急処置”“保存”“嗜好”。――優先は応急」


「了解!」

アメリアは声を弾ませ、露店の前でぴたりと止まる。

「すみませーん、この青いの、何束でいくら?」


露店主が値段を告げ、アメリアは勢いよく財布を出した。

硬貨がじゃらりと鳴る。

数秒、アメリアの手が固まる。


「えっと」

「端数に弱い」

ジークがぼそっと補助し、ちょうどの額を出してやる。

「訓練しろ」


「はい!」

アメリアは嬉しそうに束をしまう。


買い物のたびに復唱が走る。

「青いの二束、防臭の白花一束……!」


メルシェは結びを直し、紙を折り、導線を開く。

ライゼルは露店主に短く礼を交わす。

流れは乱れない。小さなリズムが生まれていく。



最後の店。アメリアが立ち止まった。

視線の先には焼き菓子。

砂糖の白、焦げ目の茶色。香りが風に乗る。


「……帰路で」

メルシェが小さく言う。


アメリアは肩を震わせて笑い、我慢するポーズ。


買い出しを終え、通りへ戻る。

陽が傾き、影が伸びる。


「ありがとうございました!」

アメリアは包みを抱えて頭を下げた。

「なんか、今日だけで強くなった気がする!」


「気がする、は気のせいだ」

ジークが即座に落とす。

「強くなるのは“明日も同じ速度で繰り返した時”だ」


「明日も!」

アメリアは頷く。

「ねぇ、また付いてっていい?」


「業務に支障がなければ」

メルシェが言い、ライゼルは静かに目元を緩める。

「安全第一で」


「はーい!」

アメリアは片手を上げた。

「じゃあ、窓口に届けてくるね! そのあと――」


「そのあと?」

ジークが訝しむ。


「帰路の“ご褒美”!」

アメリアは屋台を指差す。

「メルシェさんの許可を得たから、合法!」


「合法、という単語の選択に改善余地あり」

メルシェはわずかに口角をゆるめ――たように見えた。


「じゃ、行ってきます!」

アメリアは駆け出し、数歩で振り返る。

「またね、ジーク! メルシェさん! ライゼルさん!」


「走るな、転ぶ」

ジークの忠告と、石畳で滑る足音は同時だった。


アメリアは慌てて速度を落とし、笑いながら手を振り角を曲がる。


風が彼女の後を梳いた。

砂糖の香りが薄く残り、遠くで窓口の印の音が鳴る。


「……活力と声量は比例するのでしょうか」

メルシェが静かにつぶやく。


「元気の余剰は、時に役に立つ。――場を温める」

ライゼルが添える。


「確かにな」

ジークは焦げ跡を払った。


メルシェは通りを一度見渡す。

影が伸び、旗布の影がまた揺れた。


「戻りましょう」

淡々さに、わずか柔らかさが混じる。


三人は歩き出す。

背後で屋台の包み紙が鳴り、誰かの笑い声が跳ねた。


角の向こう、アメリアの笑い声も混ざった気がした。

――新しい風は、確かに吹いた。


ブックマークつけて下さった皆様ありがとうございます!


⭐︎毎日更新中⭐︎

1日2件更新する事もあります。

もし次も楽しみにしていただけたら、登録していただけると励みになります!


そして、ここまで読んでくださった皆様にも心から感謝を申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ