第7話 恋を殺した日
王都が燃えていた。
遠くの空が、赤く、鈍く光っている。
炎が夜を塗りつぶし、瓦礫と絶望の臭いが風に混ざって漂っていた。
私は、倒壊したアーケードの残骸に身を潜めながら、分解したライフルの応急メンテを続けていた。こいつめ、ここ一番で弾詰まりしやがった。
もはや息をするように指が動く。
あの日、初陣で震えた手はもうここにはない。
今の自分の指は、正確に、そして冷静に、機械の心臓を整えていた。
「……王都、終わったな」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
光の都だった。貴族社会の象徴で、舞踏会とワルツと虚飾と嘘が溢れた街。
――かつて、私が婚約破棄され、『懲罰』としてここに送られるまでいた場所。
「……ざまあねぇな」
感傷は無かった。
あの街には、もう帰る家も、守ってくれる家名も無い。
あるのは、どこかの路地で犯されているか、吊るされているかもしれない元貴族たちだけ。
「……ってか、あの淫乱女……あの婚約者と一緒に、どうなったかな」
唇の端が吊り上がる。
正直、どうでもいい。
今この瞬間、ライフルのジャムをいかに直すかの方が大事だ。
視線を上げると、少し離れた廃墟の影でスカイとレベッカが肩を並べて戦っている。
火の光に照らされた二人の影が、ゆらゆらと揺れている。
――ああ、まただ。
ああやって、あの二人で相互支援の態勢になった時は、決まって敵を蹴散らしていく。
とても自然に。まるでそれが当然かのように。
スカイがアサルトライフルを構えて一連射。その隙にレベッカが突っ込んで、敵の死命を決する。今もそうだ。レベッカのアサルトライフルの先に取り付けられた銃剣が、的確にひるんだ敵兵の喉を突いた。吹き出した鮮血が鮮やかだった。ナイスキル。
「八股だろ……」
私は、ライフルのボルトを組み直しながら、笑った。
「マジでバケモンだな、隊長も正室様も……」
初めは、驚いた。
あの初陣で命を救ってくれて、戦場で指揮をとって、全員を導く王子様そのもののような人だと思っていた。
でも違った。
あれは、戦場で女たちに八股をかけて、しかも全員を愛する覚悟を持ってる、本物の化け物だった。
「恋人になるのは、いいや……」
苦笑が漏れる。
自分が「この人の恋人になりたい」と思っていた事実さえ、今では少し可笑しく思えてくる。
でも――。
「……でもさ」
私は、銃身を優しく撫でた。
「戦場は、あの人が一番面白くしてくれるんだよな……」
ドン、と地響き。
反政府軍の砲撃か、あるいは王都のどこかで再び爆薬が炸裂したのか。
味方の通信が飛び交い、レベッカの声が響く。
「スワロー隊の補給車、後方支援遅れてる! 急行できる子は全員で道を確保して!」
その声に、私は立ち上がった。応急修理は完了。
スカイが顔を上げ、目が合った。
けれど、彼は何も言わなかった。
ただ、静かに頷くだけだった。
理解されている。それだけで良かった。
崩れかけた通りを、私は走る。
服は泥まみれ。髪も焼け焦げ、泥と汗と血にまみれている。
でも、目は強い光を放っていた。
その目が映すのは、遠い未来じゃない。
王子様と結ばれる夢じゃない。
ここで、仲間と共に戦い、生き延びること。
それだけが、今の私の『目的』だった。
「王都が落ちたら、私みたいな貴族令嬢は……反政府軍に捕まって、笑われて、犯されて、終わりだろうしな」
誰にともなく呟く。
その時、脳裏に、かつて自分を嘲笑ったクソ婚約者の浮気相手の顔がよぎる。あいつは今ごろ、どうしてるだろうか。……ろくな末路は辿ってなさそうだが。
「……ついてくか。あの隊長に。地獄でも、こっちの方がマシだ」
その瞬間、心の奥で何かが静かに死んだ。
そして、新しく――
『兵士』としての私が、生まれた。