第4話 やっと見つけた居場所
戦闘の翌日。
666特別大隊は、久しぶりに「休息」と呼べる時間を手に入れていた。
廃工場の一角に身を寄せ、瓦礫を背もたれ代わりに腰を下ろす。
外では風が錆びた鉄骨を揺らし、カン、カンと不気味な音を立てている。
「ふぅ……肩がまだ重い」
私は、深く息を吐いた。
昨日の戦闘で撃った弾数は、数え切れない。
肩に食い込んだストラップの跡がまだ消えていなかった。
「それでもよくやったよ、アンナ」
声をかけてきたのは、レベッカ・シューティングスター。昨日話して以来、随分仲良くなった。
彼女は王都の貧民街出身で、スカイとも旧知の仲らしい。いわゆる幼馴染というやつだ。
本来なら、言葉を交わすどころか、巡り合う事すら無かった相手。少し、不思議な感覚だ。
大隊長……スカイについても少し話してくれた。
彼の母は陛下がまだ王太子だった頃、箔付けの為に軍にいた頃に『お手つき』した副官の女性。
彼女は妊娠をきっかけに陛下に捨てられて、軍務も続けられなくなり、あれよあれよと貧民街のスラムまで転落したらしい。
軍人としては中々優秀な人だったらしく、今の彼の軍才や人心掌握術は彼女の影響が強いそう。
なんやかんやあって、陛下の隠し子だという事が分かり、貧民街から連れてこられて、この学徒兵大隊の指揮官に任命されたそうだ。
「生きてるだけで優等生だよ。昨日の状況、普通なら死んでる。いくらスカイが、優秀でも、昨日のあれは状況が特殊すぎた」
「……あんまり嬉しくない褒め言葉ね」
肩をすくめると、隣にいたアリス・アリゲーターがにやりと笑った。
彼女は整備用のレンチを回しながら、いつもの軽口を飛ばす。
「何言ってんの。死んだら、この整備したライフル、無駄になるんだから。死なないってのは、いいことだよ?」
「はいはい」
口を尖らせながらも、私は笑ってしまう。
こういう軽口だけが、この戦場で正気を保つ唯一の手段だった。
だが――。
「アンナ」
その声は、まるで空気を変える魔法のように、そこに差し込んだ。
視線を向けた瞬間、呼吸が止まった。
黒い軍服。泥と硝煙にまみれた長靴。ぴょこんと頭頂部から生えた二本一対のアホ毛が目を引く長い白髪と、青い瞳、そして一見美少女にさえ見える整った顔。
その立ち姿は、絵画の中から抜け出した騎士のように整っている。
スカイ・キャリアベース。
――第666特別大隊、大隊長。
齢15にしてこの大隊を任され、女学生学徒兵部隊なんて色物部隊を、政府軍最精鋭部隊に鍛え上げた男。
「……隊長」
自然と背筋が伸びる。
アリスとレベッカでさえ、ほんの少しだけ表情を引き締めた。
彼は二人に軽く目配せをした後、アンナの前にしゃがみ込んだ。
目線を合わせるその動きが、驚くほど自然で、柔らかい。
「昨日は……よくやったね」
その言葉が、胸に染み込んでいく。
ただの労いのはずなのに、妙に心を揺らす。
「君のおかげで、あのラインを守れた。あそこで崩れてたら、全員死んでたよ」
「……そんな、大したことは」
「大したことだよ」
彼は、笑った。
硝煙の匂いをまとった笑顔なのに、どうしようもなく柔らかい。
「……初めての殺人、だったらしいね」
――息が止まった。
どうして分かるの。そう思う間もなく、スカイは続ける。
「辛かった?」
その問いかけに、答えられなかった。
私の脳裏に、昨日の光景が蘇る。
血を吐いて崩れる兵士。まだ温かい銃。指先の震え。
「……でも」
スカイは、そんな沈黙を優しく切り裂いた。
「君が引き金を引いたから、仲間が生き残れた。君が撃った相手は、君の家族を殺そうとしていた敵だ。――誇っていい」
「……家族?」
「そう。大隊の皆は、君の家族だよ。もう、君を罵倒したり、嘲ったりする人はいない」
その言葉が、胸の奥深くに落ちた。
「アンナ。君、家を追放されたんだって?」
穏やかな声だった。
なのに、その奥底に、何か強いものが潜んでいる。
「……はい」
「なら、大丈夫。俺と大隊が、君の新しい家族になる」
吐息が止まった。
笑顔なのに、その言葉は鋼鉄のように重い。
「俺たちは、絶対に君を見捨てない。君が生きている限り、この部隊は君を守る。 ……でも、そのためには、君も大隊を守ってほしい。――できるね?」
「……」
無意識に、頷いていた。
「よかった」
スカイは、微笑んだ。
それだけで、胸が熱くなる。
さっきまで凍っていた何かが、溶けていく。
「ここは地獄だ。でも、君の居場所はここにある。そして、俺達は君を必要としている。――アンナ、ようこそ第666特別大隊へ」
その瞬間、心の奥で何かがはじけた。
ああ、そうか。
私の家は、もう王都にはない。
家族も、友人も、全部消えた。
でも――ここにはある。
血と泥と、銃の匂いにまみれた、この地獄の中に。
「……はい」
声が震えた。
でも、その震えは、もう恐怖じゃなかった。
「私の居場所は、ここです。大隊長」
「ふふ……素直じゃん」
横から、アリスが茶化すように笑った。