ヒーローは寝ても覚めても
今日も土砂降り。俺はベッドに寝転んで、ピーチガールズを聴いていた。こうしてると、雨音が消える。鬱陶しさも、消える。足の痛みだけが消えねえ。
俺は正義のヒーローだ。だから、溝に落ちそうになったカメを、命懸けで助け出した。そのとき、足を捻ったらしい。学校も今日は休んでいる。カメは元気かな。俺は窓に打ちつける雨を見ながら思った。相当降ってるな、休んでよかったぜ。
イヤホン越しに、母さんの変な声が聞こえた。慌ててイヤホンを取って、ベッドを降りようとしたけど、イテテ!そうだった、足を捻ってたんだった。俺は仕方なく、そば耳を立てて様子を伺った。
「びしょびしょじゃない!どうしたのよ」
「傘が壊れちゃって。走って来ました」
どうやら女の人が訪ねて来たらしい。母さんの変な声は、びしょ濡れの姿を見て驚いた声か。
「多分、濡れてないと思いますけど、これ、連絡袋......」
「そんなことより、早く着替えなさい!そんなにびしょ濡れで、風邪をひいてしまうわ。とにかく上がって」
「え、でも、そんな、悪いですよ!」
「お家の方には後で連絡するから、うちの子のために風邪なんか引いたら大変よ」
うわ、誰か知らないけど上がってくるみたいだぞ。俺は慌てて電気を消して寝たふりをした。しばらくドタバタと音がして、母さんが部屋に入って来た。
「るい、起きてる?百原さんが来てるからね。お母さんが迎えに来られるみたいだから、挨拶しなさいよ」
バタン。まったく、寝てるっつーの。って、百原!?俺がクラスで一番推してる女子じゃねえか!百原あかり、中学2年生。優等生で可愛い、典型的ないい子だ。そして、何より声が、ピーチガールズのピチ子にそっくりなんだ!これはさっきの段階で気づくべきだった。俺は布団の中でドキドキした。しかし、顔を合わせるとなるとかなり恥ずかしいぞ。ってか、俺の家に来てんのヤバくないか。ヤバいぞ!
「あ、上がった?着替え出してあるから、それ着てね」
「はーい」
ドア越しに、母さんと百原さんが脱衣所で話してるのが聞こえた。そして、母さんが俺の部屋に入って来て、電気を付けた。
「るい!起きて百原さんにお礼を言いなさい」
「うーん、眩しい」
俺は寝起きのフリをした。ドアの方を見ると、母さんの後ろに百原さんが立っていた。うわー!俺の部屋を見るなああ!
「わっ!百原さん、ようこそお越しくださいましてありがとう存じ下さい!」
俺は緊張して意味の分からないことを言った。
「うん!」
それでも、百原さんはにっこり笑って返事をしてくれた。ぐう聖人!
「お菓子持って来るから、百原さんは座って待っててね。るい、早くベッドから出なさい!」
母さんはそう言ってリビングの方へ行った。
「大丈夫?降りられる?」
ベッドを降りようとする俺に、百原さんは手を貸そうとする。って何このシチュエーション!?現実かこれは!?
「うん、ゆっくり降りたら平気だよ」
正直手は繋ぎたかったが、流石に正義のヒーローとしてそんなズルは良くないと思い、自力で降りる。降りたところで、母さんがジュースとお菓子を持って来た。
「ありがとうございます」
「じゃあ、百原さん、お母さんが迎えに来るまで少し待っててね」
「はい!」
パタン。いやパタンじゃねえよ!二人っきりになったじゃねえか!良いようで悪いようで良くないぞ!いや、良い!
「穂月くん、お部屋綺麗にしてるんだね」
床にペタンと座っている百原さん。お風呂上がりのいい香りがする。いつもポニーテールだから、髪を解いてるの、新鮮だな。うっ、可愛いなぁ......
「ねえ、聞いてる?」
「あっ!聞いてます!いや、聞いてるよ!今日は雨が強いでございました!」
あっ、目があってしまった。こ、このままじゃ死んでしまう。てか声可愛すぎだろ。うー、このままそこにいてくれないかな。
「あ、あれピーチガールズのCD?」
百原さんは俺の机の上のCDを見て言った。やば!俺の趣味がバレたら引かれてしまう!
「はい。でも、あんまり聴かないけどねー」
「私もピーチガールズ好きなんだ!」
「はい!滅相もございません、えっ?」
百原さんはCDを手に取って、鼻歌を歌っている。やば!声綺麗すぎる!
「穂月くんはこのアルバムだと、どの曲が好き?」
「はい。俺は『思い出はカナしみの先へ』が好きだよ、です」
「私もそれが好きなの!一緒だね!」
「い、一緒......」
すると、百原さんは、歌い始めた。『思い出はカナしみの先へ』のサビだ。透き通っていて、心に染み渡る優しい声。アカペラだけど、全く音程はブレていない。すごく優しくて、勇気をもらえる歌声だ。俺は聞き惚れてしまった。
「ホラ、ちゃんと歌えるでしょ?」
「うん、歌めっちゃ上手いね」
「へっ?」
俺は素直に褒めると、百原さんは顔を赤くして照れている。なんだこの可愛い生き物は。俺を殺す気か!?
「の、喉乾いちゃったから、ジュース頂くね」
「うん、どうぞ」
百原さんがオレンジジュースに口をつけた、そのとき。バチン!
「きゃ!」
停電だ。歌に夢中で忘れていたが、窓の外は轟音が鳴り響いている。雷が電線に落ちたんだ。
「百原さん、大丈夫?」
「私、雷、怖いの」
声しか聞こえないが、かなり怯えている様子だ。俺は正義のヒーローとして、百原さんの手を繋いだ。あくまで正義のヒーローとして、だ。
「大丈夫だよ」
「うん、でも怖い」
「そうだ。今度は一緒に歌おうぜ。歌ったら怖いのもなくなるよ」
「......うん、歌おう」
そして俺たちは、一緒に歌を歌った。一曲歌い終わる前に、電気が付いた。
「あんたたち、大丈夫だった?」
母さんが、俺たちのことを心配して見にきた。俺は慌てて繋いだ手を離そうとしたが、百原さんがガッツリ掴んでいて離れない。やべえ!なんとか、俺は百原さんのお尻で手を隠した。お、お尻......!?
「百原さんのお母さん、やっぱりこの雨で、お迎えは無理なんだって。明日は休校になるみたいだし、百原さん、今日は泊まって行ってね」
「すみません。本当にありがとうございます」
「るい、あんたは床に布団を敷きなさい」
「はーい」
どうやらお泊まり会になるみたいだ。えっ!百原さんとお泊まり会!?俺の人生にもこんな神イベントが控えていたのか。俺はベッドの横に布団を敷いた。
晩飯はハンバーグだった。
「美味しいです!こんな美味しいハンバーグ食べたことないです!」
「もー、大袈裟ねー」
とか言いつつ、まんざらでもない様子だ。しかし、ハンバーグ食べる百原さんも可愛いなー!
「あら、るいは百原さんのことばっかり見て、全然食べてないじゃないの」
「うわあ!見てねえよ!食ってるよ!」
いらんこと言いやがって、母さん。
「明日は晴れるといいですね」
「予報だとそうでもないみたいなのよ。まだ長引くかもね。あ、ウチは何泊してってもいいからね!」
「えへへ!嬉しいです!ありがとうございます!」
外の世界とは裏腹に、平和な晩御飯の時間は流れ、いよいよベッドタイムだ。お風呂から上がって部屋に行くと、百原さんはベッドではなく布団の方にいた。まだ起きてはいるみたいだ。
「よ、そろそろ寝ようか。百原さんはベッドで寝ていいよ」
俺が声をかけると、
「雷、怖い」
ああ、そうか。雷が怖かったんだ。俺は正義のヒーローとして尋ねる。
「じゃあ、一緒にベッドで寝る?」
もちろん、正義のヒーローとして尋ねたのだ。故にやましい気持ちなどはない。そもそもこの誘いがオーケーされるわけg......
「うん」
え?うんってのは、一緒に寝るってことか?おい!冗談だろ!?女の子と一緒のベッドで寝るなんて無理に決まってんだろ!あ、俺が誘ったんだった。
シングルベッドだから、くっついているしかない。俺は正義のヒーローだから、その、エッチなこととかはしないけど、やっぱ恥ずかしいよな。
「ありがとう」
「え?」
「これで雷が鳴っても怖くないよ」
「あ、おう」
礼を言うのはこっちの方だ。添い寝させてもらってんだからな。マジで幸せだ。俺はこのまま死んでもいい。
「ねえ、手を繋いで寝ると、二人で同じ夢を見られるんだよ」
百原さんが言う。
「へえ、同じ夢か。それは不思議だね」
キュッ。
「!」
「じゃあ、どんな夢が見たい?」
「え、えーっと」
俺は急に手を繋がれて気が動転してしまった。さっき繋いだときより、冷たい。あ、俺が風呂上がりだからか。
「私は、いつまでもこうして一緒にいる夢がいいな」
「そ、そうだね」
なにい!それはもうモロ告白みたいなもんじゃないか!夢とは実は将来の夢!そして今が将来の夢なのだから、今が夢の中ってことだ!今は夢の中!今は夢の中。今は夢の中、今は、夢の、n......
俺は目を覚ました。自動ドアの前。奥には、真っ黒な世界が広がっていて、非常口のランプだけが、不気味に光っているのが見えた。どうやら、閉店後のショッピングモールみたいだ。あれ、百原さんはどこ?......あ、そうか。あれは夢だったのか。俺は途端に絶望感に襲われた。百原さんはいない。しかも、このショッピングモールを、俺は攻略しなきゃならないのだ。世界には、悲しみと虚しさしかないように思えた。でも......ウィーン!妙に勢いよく開く自動ドア。普通、この時間は施錠されているはずだ。つまり、何者かがこのモールを操っている。そういうことだろう。俺は正義のヒーロー。そう自分に言い聞かせて、中へと足を進めた。
緑の非常口のランプは、火事の際、赤く燃える炎の反対色として、目立つように設計されているらしい。とか頭で整理するくらいには冷静、大丈夫だ。俺は暗闇の中、エレベーターに乗った。数字のパネルだけが不気味に光る。とにかく上に行かなきゃ。そう思った俺は、最上階の二つ手前、すなわち、5階で降りた。なぜなら、いきなりだと、敵に見つかる可能性があるからだ。5階に着くと、
「きゃあ!」
「うわあ!」
エレベーターに乗ろうとした誰かとぶつかった。
「あ!穂月くん!」
なんと、俺にぶつかってきたのは百原さんだった。
「な、なんでここに!」
俺はマジでびっくりして尋ねた。百原さんはキョトンとして答える。
「だって、同じ夢の中にいるんだもん。私がいないわけないでしょ」
俺は素直に超嬉しかった。夢の中でも逢えるなんて!しかも、彼女の言った、手を繋いで寝ると同じ夢を見るって話は、本当みたいだ。
「ところで、百原さんは何階へ行こうとしてたの?」
咄嗟に俺は尋ねた。
「地下だよ」
「地下?」
「そう、地下でダンスパーティがあるの!」
「でも、上の階に敵が......」
「いいから、一緒に行こう!」
俺は釣られて、またエレベーターに乗った。なんか違和感があった。俺は、最上階へ敵を倒しに行かなきゃならない気がしたんだ。でも、これは夢だし、覚めたら終わる話だ。夢だから足の痛みもないし、ダンスパーティも悪くないかも。俺はそう思い直した。
地下は、まるで別世界だった。つまり、ショッピングモールの地下ではなかった。目の前には、大きなお城のような建物が聳え立っている。ここでダンスパーティがあるのだろうか。
「さあ、行きましょう」
「お、おう」
俺たちは建物の門を潜った。
「お帰りなさいませ、姫様」
「はいはい、ただいま!」
「?」
俺がどういうことが分からないでいると、百原さんは、
「なんか、こういう夢みたいだね」
と言った。じゃあ俺は?
「お帰りなさいませ、カメ◯人様」
「いや、まてい!」
「ど、どうしたの?穂月くん」
「あ、いやぁ.......」
しまった!つい心の声が漏れて突っ込んでしまった。しかし、カ◯仙人ってなんやねん!ドラゴン◯ールのパクリじゃねえか!こんな名前使えるかよ!
「あの、◯メ仙人はちょっとまずいんじゃないでしょうか」
「失礼致しました。じゃあ、ゴミ」
「ゴ、ゴミ!?代替案がゴミ!?」
「穂月くん、行こう!」
「お、おう」
建物の中は、ダンスパーティって感じじゃなかった。シーンとしてるし、人は数人、係員みたいなのがウロウロしてるだけだ。
「ここでダンスパーティがあるの?うわっ!」
突然俺の手をとる百原さん。これは夢か!夢だった!!
「そう、私たちが踊るの!」
え、そりゃ踊るんだけど、私たちが、ってのが気になる。二人だけのダンスパーティ?え、エモ。すると突然、マイクを持ったカメが、アナウンスを始める。てか、あのカメ!?
「それでは、姫様とゴミのダンスショーです」
ライトが落ちて、ミラーボールが回り始める。バラバラバラバラ、拍手が鳴り響く。いつの間にか、係員さんが周りに集結している。てかゴミー!ゴミやめろやカメ!ムードぶち壊しだわ!なんやねん姫様とゴミって!しばくぞ!!
「ミュージック、スタート!」
ドッツッドッツッドッツ!え、この四つ打ちのリズムは、テクノ!?ワルツとかじゃないの!?
「いぇーい!」
百原さんはノリノリだ。いや、ダンスパーティっていうか縦ノリのクラブじゃねぇか。これは、ミラーボールの時点で察するべきだった。
「もっと激しく踊るよ!」
百原さんが言う。いや、これは何か違うぞ。俺は直感した。これは違う......そうだ、俺は最上階へ行かなきゃいけないんだ。百原さんは踊り狂っている。
「踊りたかったら踊ってなよ。俺は最上階へ行く」
「えっ!?どうして!」
「俺は最上階へ行かなきゃならない。俺はその直感に逆らえない」
「だから、どうして!?」
「なぜなら......俺は、正義のヒーローだからだ」
「......ぷっ、アーッハッハ!正義のヒーローだってよ!みんな、聞いた!?」
係員たちの笑い声が聞こえる。
「あんたは正義のヒーローなんかじゃない、ゴミよ。だから、早く踊りましょ」
「踊らない」
そう言って、俺は足早にエレベーターへ向かった。
「待って!」
百原さんが言った。無視しようと思ったが、かなり真剣な声だったので振り返った。
「これを、持って行って」
そう言って、俺に剣を手渡した。
「これは、このモールに伝わる防犯の剣よ」
「防犯の剣......あんた、何者だ?最上階になにがいるか知ってるのか?」
「私は、真っ直ぐな私。そして最上階には、穂月くんがいる......」
「え、俺!?」
「お願い。私を助けてね......」
そう言うと、百原さんは、歌を歌った。マジで綺麗な声だ。さっきまで踊り狂ってた人間とは思えないくらい、繊細で心のこもった歌声だ。そして、その柔らかな声は、じんわり心に入り込んで、優しく火をつける。歌い終わったら、百原さんも城も、消えてしまった。目の前には、一機のエレベーター。俺は防犯の剣の明かりを頼りに......てこれ、ただの誘導灯じゃねえか!!何が防犯の剣や!!さっきは5階に降りたが、敵が俺と分かったから、もう遠慮はいらない。一気に最上階を目指す!
(ピンポーン。最上階です)
ドアが開くと、薄暗くて広い部屋の中、ボクシングのリングみたいのが真ん中にあった。いや、決戦ってそんなあからさまにやるものか!?用意良すぎだろ!そして、奥の方には、磔にされた百原さんが見えた。スヤスヤ眠っているみたいだけど、なんてことを!磔にするなんて、許せない!
「やっときたか、ゴミ」
磔の横から、人影が現れた。ボサボサの頭に学ラン、その姿、まさに......俺!?いや、分かっていたことだが、いざ面と向かうと変な感じすぎる。
「お前がこんなことをしたのか」
「お前?お前は俺だ」
「るっさい!お前、許さないぞ!」
そう言って俺は防犯の剣を構え、ジリジリと距離を縮める。
「待てよ!」
「待たない!」
「いや、このまま戦ったらこのボクシングリングのセットが無駄になるだろ!」
「知るか!」
そして、俺は防犯の剣でヤツをぶった斬......れなかった。ガン!と鈍い音が響く。そりゃ、ただの誘導灯だからな。
「いってえ!」
だが、打撃としては効いている。そりゃ、固いもので殴ったんだからな。ヤツは頭を押さえて痛みを堪えている。よし、いいぞ。
「お、おい」
「なんだよ」
「俺はそこの女が作った疑いの気持ちそのものだ」
「だからなんだ」
「それが、俺の強さってことだよ!」
ブゥン!ものすごい風が体に当たり、俺は宙に浮いた。あまりに一瞬のことで、何が起こったか分からなかった。気づいたら俺は、ボクシングリングに叩きつけられた。
「い、いてえ」
俺が顔を上げると、ヤツもリングの上に立っていて、俺を見下ろしていた。クソ、自分に見下されるの、ウザいぜ。
「ど、どうやって吹き飛ばしたんだ」
「さあな。俺はただそこの女に授かった力を使ってるだけだ。仕組みなんて知らねえ」
俺は挫けそうになった。今のをまた食らったら、次は死んでしまうかもしれない。もはや勝ち目はない。でも......
「ほう、10カウントまであと少しだったのにな」
俺は立ち上がって、再び防犯の剣を握り締めた。ヤツを睨みつける。
「カウントなんで待ってられるか。お前をぶっ倒して、百原さんを助けなきゃだからな」
クサい台詞を吐いても許されるのは、正義のヒーローの特権だ。だが、ここは台詞だけじゃねえってとこを見せてやらなきゃ。
「さあ、かかってこいよ、ゴミ」
「行くぞ、うっ!?」
しかし、踏み込んだ瞬間、俺の足に激痛が走った。捻った方の足が、吹き飛ばされた衝撃で痛み出したんだ。
「く、クソッ!」
俺は痛みで立つことができなくなり、リングに膝をついた。視界が揺れる。このままじゃ、百原さんを......
「ハッハッハ!戦うまでもなかったか!」
百原さん、ごめん、もう立てねえよ。俺は諦めようと思って、最後に彼女の顔を見た。相変わらず可愛い寝顔だなぁ。そして、俺は歌声を思い出した。あの、優しい声を......そうだ、俺は百原さんを助けなきゃ。
「まだ降参なんてしてねえぞ」
俺は膝をついたまま、戦う決意をした。流石にキツイけどな。俺はヤツを見上げる。
「お前、それで戦って勝てると思ってんのかよ!ギャハハハハ!」
俺は動じない。この状態から逆転することだけに、全ての意識を集中させる。百原さんを助けるために。
「なんか言えよ。てか、お前なんだその目つきは。俺のくせに、生意気なんだよッ!」
そう言って、ヤツは風を起こすポーズを取った。今だ!俺は吹き飛ばされそうになった瞬間、ヤツの体を掴んだ。俺とヤツは宙に浮く。
「ナニッ!?コラ、離せえええ!!」
よし、上手く行った!しかし、このまま落ちたら、俺もタダじゃ済まない。でも、確実にヤツを仕留められるはずだ。
「これでお前の負けだ」
俺とヤツはすごい勢いで落下する。これで、百原さんを......
「キッ!お前だって死ぬんだぞ!」
「構わないさ」
ドカン!大きな音を立てて、俺とヤツはリングに叩きつけられた。しかし、不思議と痛みは感じなかった。ヤツは倒れて苦しんでいる。俺はその隙をついて、防犯の剣でトドメの一撃を喰らわせた。すると、
「うわああああ!」
防犯の剣は光り輝き、ヤツの体は干からびて砂になった。え?これ、やっぱ凄い剣だったのか?そして、俺はリングを降りて、百原さんのところへ駆けつけた。足痛いから走れなかったけど。
「百原さん!」
俺は磔にされた百原さんを、丁寧に床に下ろし、縄を解いた。
「あれ、穂月くん?」
すると、百原さんは目を覚ました。
「よかった、無事だったんだね」
百原さんは、目を擦ってぱちぱち瞬きしている。いや、寝起き顔可愛すぎかよ。
「てか、夢の中でも寝られるんだね」
「うーん、眠かったから!」
よく分かんないけど、可愛いからいいだろ。そんなことよりも、俺は確かめたいことがあった。
「この夢って、本当に俺たちの夢が繋がってるのか?」
すると、百原さんは笑顔で答えた。
「じゃあ、目覚めたとき、これを覚えてたら......」
そう言って、目を閉じた......
目覚めたら、俺はベッドから落ちていた。イテテ、どうりで身体中が痛いわけだ。カーテンを開けると、朝日が窓いっぱいに広がった。窓についた水滴がキラキラ光ってる。眩しい!昨日の天気が嘘みたいだ。
「あ、起きたね!おはよう」
振り返ると、百原さんが微笑んでいた。
「あ、百原さん、昨日のこと......」
「え、なに?」
やっぱり、覚えてないのか。そりゃそうだ。夢が繋がるなんて、ただの絵空事だよな。
「朝ごはん、私も一緒に作ったんだ!食べよ」
「うん」
俺はゆっくり立ち上がる。体、痛えなあ。
「あ、それと」
「え、なに」
「えへへ、ちゃんと、覚えてるからねっ!ベッドから落ちたときも、手、繋いでたから!」
そう言うと、百原さんはリビングの方へ走って行った。
「ま、マジかよ!」
そんなことってあるのか。夢は覚めたけど、この夢見たいな現実は、紛れもなく本物だ。俺は昨日よりちょっと痛い足を引きずりながら、そう思った。