「霊道」
猫の鳴き声が聞こえる。
布団に入ったあとの、真夜中に。
「ニャァァァ」と力なく、若さを感じない声。
そもそも、私は猫を飼っていない。
なので近所の野良猫が呻いているのだろうと思った。
正直、猫は好きなので、その鳴き声を子守歌にしながら、またウトウトと眠りに入る。
しばらくして、
トテトテと小さな足音が聞こえてきた。
人のものではない、軽い音。
一人暮らしの部屋なのに、正体不明の音が鳴る。
(…なんだろ?)
眠たい目を細く開けると、ボンヤリとした塊が玄関側からこちらにゆっくり向かってくる。
それは4本足で歩いていて、うっすらと青白く光る、猫の姿だった。
(猫の…オバケ?)
その猫の霊と思われるモノは、どこからともなく入って来たのだろうか分からない。
フラフラと部屋の中を様子を伺うように散策する。
不意に、その猫の霊と目が合ってしまった。
警戒したのか、布団の中で横になっている私をじっと見てくる。
(なんか、本物の猫みたいで、全然恐くない…)
いきなり起き上がって驚かせてしまうのも可哀想だし。
害が無ければ、そのままどこかに消えてもらうまで待っていよう。
寝返りを打って視線を外す。
背中越しにいるであろう猫の霊に、心の中で呟く。
(どうか、安らかに成仏してください…)
一体どこの猫かも分からないが、その先の黄泉の旅路を祈る。
そうしていると、
ノスリッ。
布団の上に重さを感じる。
苦しい、と思うほどではない、その重量の正体を思い描く。
(…あの猫…、上に乗っかってきたな…)
ちょうど小動物1匹分の重み。
猫好きとしては、なんとも嬉しい限りだ。
それが幽霊であっても、である。
アレルギーがあるから本物はあまり触れない。
こうやって同じ床で眠ることを、何度夢見てきたことか。
というか、今この状況が夢の中なのかもしれない。
眠気が押し寄せてきて、お腹の上の重みを感じながら意識が落ちていく。
そうするとだんだんその重みが軽くなっていった。
自分の身体の上を薄目で確かめてみる。
丸まって寝ている態勢の猫の霊。
微かな光を纏うその輪郭が、徐々に薄れて消えていく。
やがて見えていた光は無くなり、重さも完全に感じなくなった。
「――――お休みなさい」
自分自身と、消えていった猫の霊に、そう呼びかけた。
朝を迎えた。
昨日の夜のことを思い出す。
夢にしてはリアルで、現実としてはボヤけた体験だった。
正直なところ、どちらでもいい。
あの身体の上に乗られた小さな重み。
決して温かくはなかったけれど、心に温もりは残った。
猫は死に場所を求めて居なくなる、と言う。
そして霊となって彷徨っていたであろう猫が、最後の最後に私のもとで成仏した。
安らげる場所を作ってあげることが出来て、よかった。
ほんの少しだけ誇らしく、幸せな気分になれた。
――――それからしばらくして、
「ンナァァァァ」
猫の鳴き声が聞こえた。
また深夜に。
(…、ひょっとして…)
玄関の方に目を向ける。
またノソノソと、ボンヤリとした猫の姿が映る。
この前の猫とは違う、別の猫の霊だ。
今度は部屋の中を歩き回るでなく、
ドスンッ!
真っ直ぐに私の寝ている布団の上に乗ってくる。
(うっ!)
この前の猫よりだいぶ図体がデカいのか、どっしりとした重さをお腹に受ける。
そして眠るように丸まると、スーーーっと姿も重さも消えていった。
(えっ…? そんなアッサリ?)
自分の掛け布団を触り余韻を確かめようとするが、もう何の痕跡も無い。
あまりの唐突な展開に、寝ぼけ頭が付いていかない。
情緒も何も、あったものではない。
「…なんだったんだろ、アレ…」
気にしてもしょうがないと思うことにして、もう一度布団に潜り込んだ。
――――次の日の深夜――――
「………あのさぁ………」
部屋の中に、何匹もの薄く光っている猫の霊の姿が。
電気を点けていた時は見えなかったが、寝ようと思って消したら、居た。
そのうちの1匹が私の布団に歩み寄り、その上で丸くなる。
やがてスゥっと居なくなり、別の猫の霊がそれに続く。
1匹、また1匹と、薄い光となって消えていく。
いい加減寝ようと思い、ズルズルと布団をずらしてみる。
それでも結局移動した場所の布団に猫の霊は群がり、その上でまた1匹ずつ消えていっている。
――――どうやら私の布団は、コヤツらに占拠されたらしい。
1番初めの猫の霊を見送ったのが、よっぽど良かったのか。
それに釣られて他の猫の霊も呼び寄せてしまったのかもしれない。
この部屋はいわゆる霊の通り道、”霊道”になってしまった…。
――――というか、
「勝手に人の家の布団を! 猫専用の成仏場所に! するなぁぁぁぁ!!」
こんばんわ。猫って、可愛いですよね。(2回目)
それにしたって、限度ってもんがありますが。
秋津島 蜻蛉です。
猫も恩や恨みを感じることがあるのでしょうか。
良いことをされたら良いことで返す。
そんな義理堅い猫がいたら、会ってみたいものです。
まあ、そんなことを気にしない自由奔放さが、猫の魅力なんですけどね。
それでは身近にいる猫の恨みを買ったり、恩に味を占められないよう、ご用心を。