「数字の貼り紙」
私はふと目を向けた看板や広告の一部に、貼り紙のようなモノを見る。
”0”という数字の上に、同じく”0”と手書きの紙が重ねられている。
その箇所を、ふと目を離してもう一度見ると、その紙は消えてなくなる。
錯覚、というには回数が多く、気を抜いた時に見えてしまうと、都度少しびっくりする。
しかもそれが見える場所は、決まって限られた地区の中だけなのだ。
「見えてるの、私だけなのよね…」
友人に話しても全く同意が得られない。疲れてるのかと、心配されもした。
でも今も眼前に、その貼り紙は見えている。
触ろうと思って手を伸ばしても、瞬きの間に消え失せてしまった。
実害は無いのでほっておいてはいるが、根本的な薄気味悪さは中々晴れない。
「――――”1”?」
今までと違う数字に張り紙が貼られている。
どういうことだろう? 数が、増えた?
ふと服の後ろの裾を引っ張られる。
「!?」
驚いて後ろを振り向くが、何もいない。
ぐるぐるとその場で回り周囲を一望するが、近くには誰もいない。
「うぅん?」
気のせいかと思い、先程の”1”の数字を見ると、上に貼られていた紙は無くなっていた。
自分のバッグに引っ掛けたのだろうと、その場では納得し、この場所を後にする。
「”2”…」
次に来た時にはその数字が貼られていた。
この前より数字が増えている…。何か気持ち悪い感じがした。
ハンドバッグを後ろから引っ張られる。
急にひったくりにあったと思い、バッグを抱えるようにして後ろを向く。
けれど、誰もいない。
恐る恐る周りを見渡す。
履いていたパンプスが何かに引っ掛かったように脱げてしまい、姿勢を大きく崩してしまう。
「危なっ!!」
転びそうになるが踏ん張り体勢を戻して、脱げてしまった靴を眺める。
何かの穴や段差に躓いた様子は無い。ただの道路だ。
「…恐わぁ…」
この前のことといい。今回のことといい。違和感で胃が重たくなる。
「今度は、”3”」
この場所には近づきたくなかったが、どうしてもここの道を通らなくてはいけない。
嫌な予感が当たってしまう。
その数字の紙を目にしてしまったのだ。
駆け足でここを通り抜けようとする。
そして走っているにもかかわらず、今度は袖が引っ張られる。
「! いい加減に、して!」
振り払おうと大きく腕を振ると、肘が何かにぶつかる。
何にぶつかったのだろう、と感触があった方を向く。
1m程のちいさな人間がいた。
その肌は石膏のように白い。
しかも顔には、目と鼻が無い。
大きな口で、歯を見せつけるように笑っている。
「ひぃっ!」
思わずその不気味な姿に悲鳴を出してしまう。
続いてズボンの裾も引っ張られる。
足元に目を向けると、次は顔に眼しかない人間が這いつくばって、ズボンを引いている。
悪寒が背中を走り、喉元で息がつっかえる。
上着を引っ張っていた人間は既に影も形もなく消えている。
脚を上げて振りほどく。瞬きの合間にそちらの人間も居なくなってしまう。
声も出せず、心臓の鼓動の感触だけが感じられる。
「! 痛っ!」
急に左耳をつねられる。
痛みが走ったために、無意識にも振り返ってしまう。
自分よりも遥かに大きく青白い人間が、その異常に長い手で、こちらの耳を掴んでいた。
その指は肉の感触はするが、冷たくて体温を感じなかった。
非常に高い身長から、見下ろすように睨まれる。
意識が遠のき、膝から崩れ落ちる。
膝が地面に着いた途端、目の前からその巨人は消え失せた。
白昼夢を見ていたのかと思ったが、引っ張られた左耳に痛みが残っており、そのまま腰を抜かして立ち上がれなくなってしまった。
”3”の貼り紙はそこから無くなっていた。
昼間の体験が身体に残っており、帰宅後も食欲が湧かず入浴だけで過ごした。
あの冷たい手の感触を思い出してしまい、冷えた飲み物も意図的に避ける。
部屋の照明は最大限に明るくして、ソファーに腰を掛けてテレビをぼんやりと流す。
明日も仕事がある。
しかしこれからは、絶対にあの場所を通らずにいようと決意する。
(もしあの場所を通らなければならない場合は、人に任せることにしよう…)
あんな気持ち悪い体験を何度もしてたら、私はどうなってしまうのか。
ほんの一瞬しか見えなかった、あの不気味な人間たちの表情が脳裏に焼き付いてしまっている。
お腹の中に溜まった嫌な空気を、溜め息で吐き出す。
(そろそろ、寝ようかな…)
時計を見る。
(――――っ!!)
デジタル時計の表示に、”4”の貼り紙がついている。
急いで周りを見渡す。ここは自分の部屋で、他には誰もいない。
誰もこんなものは貼り付けていない。
あの場所じゃないのに、いきなりここに現れた。
ガシリ、と冷たい手の感触に、左足首を掴まれる。
「…あ、ぁ…」
ソファーの下の狭い隙間から真っ白な腕が出ている。
さらに右足も掴まれる。
振りほどこうにも、恐怖で全身に力が入らない。
今度は両方の二の腕を思い切り握られる。
不格好な、妙に指の長い白い手。
そのままソファーの背もたれに身体を押し付けられ、身動きが取れなくなってしまう。
「だ、れか…」
肺が上ずってしまい、声が上がらない。
手足4本が、搾り上げられるような力で拘束される。
強烈な痛みに襲われて、涙が目頭に溢れる。
(っ! ”4”、の文字、だったから! これで、4本、のはず!)
すがる思いで時計の表示へ目を向ける。
ペラリ、と”4”の文字の紙がはがれる。
(やった…!)
解放される、と安堵感がよぎる。
剥がれ落ちた紙の箇所に、”5”の貼り紙が重なっていた。
大きな手が、後ろから首を絞めてきた。
――――ゴキリッ――――
夜が明ける。
時計に貼り紙は無い。落ちた形跡も無い。
部屋には両手両足にくっきりとした手の跡を残して、首が変に折れ曲がった死体が一つ。
「――――そう。だからその同僚の子、自宅で見つかったんだけど。何かの事件に巻き込まれたのか。首が折れた状態だったらしくて」
出勤してこない同僚の女性に代わり、取引先へ担当変更の挨拶に向かう。
「亡くなる前に、何か不思議なことを言ってたのよ。文字や数字がどうとか」
スマホで友人に事のいきさつを話す。
「その直前まで、これから行こうとする先方に会いにいくの渋ってたわよ。別にうるさくないし、いいお客さんなんだけど」
話しながら取引先に続く道に差し掛かる。
「じゃあ、これから打ち合わせだから切るわ。また今度ね」
通話を切り、一本道を進む。
ふと、道の端のポスターが目に止まる。
そこに書かれている電話番号に違和感を覚える。
「…? 何これ? 貼り紙? ――――――――”0”?」
こんばんわ。初めましての方は初めまして。
そうでない方は、再会に感謝の意を。
秋津島 蜻蛉です。
新たに始まりました『キタン ~徒然異変集~』、いかがでしょうか。
作者はホラー作品が好きです。
映画、漫画、ゲーム、etc…。
和洋を問わずに、様々な作品を人生で味わってきました。
そんな中、自分もこのジャンルを書き綴ってみたいと思い立ち、この度は筆を取らせていただきました。
今回の『キタン』は、短編を少しずつ積み重ねていくタイプの作品群となります。
都度、一作品ごとの雰囲気が変わっていきますが、ご承知おきの程…。
それでは夜も更けてまいりましたので、本日はこの辺で。
皆様も身近な異変には、ご用心を。