初仕事の勤務場所が決定する第85話
瑞希の寝起きの悪さについて言い足りない事も多かったが、朝から雰囲気を悪くしても1日中気分が悪くなるだけだと感じ、別の話題に移りながら食事を終える。
「「ごちそうさまでした」」
「廊下に出しておけば良いんだっけ?」
「そう言ってたな」
大輔は瑞希に返答しながら2人分の食器をまとめ終える。
「じゃあ、これは廊下に出すとして……。さっさと準備してミクの所へ行こうぜ」
「30分後くらい?」
「時間は決めないで良いんじゃないか?なるはやで準備完了したら受付の所に集合な」
そう言い残すと大輔は食器類を持ち部屋を後にするのであった────。
約30分後……。
「おまたせー」
大輔よりも遅く到着した瑞希。
大輔の姿を確認し、声を掛ける。
「ううん。私も今来たところ」
「……」
「おい、ツッコミ入れろよ。俺が滑ったみたいに見えるだろ」
理不尽な要求をする大輔。
「いや、実際滑ってるし、大輔が勝手にやっただけだから。全責任大輔にあるし、僕を巻き込もうとしないでよ」
「まあ、良いや。荷物全部持って行くつもりか?」
瑞希の正論を聞き流す。
そして、瑞希が背負っているバッグを見て話題を変更する事によって滑った事を無かった事にする。
「万が一って事もあるからね」
「ふーん……。外出する場合は鍵をフロントに預けろってさ」
話題を変更したかっただけで、瑞希の荷物について無関心の大輔。
瑞希が来るまでの間、受付の仲居と話をしていた内容を端的に伝える。
瑞希はポケットから鍵を取り出すと受付に鍵を返却した。
宿を出て商会に到着した瑞希と大輔。
例の如くミクの部屋へと直行し、入室する。
「今日も早いな。感心感心」
早く入社する2人に感心するミク。
「時間聞いてなかっただけだがな」
「甘心した」
「感心する要素あったか?」
「甘い心と書いて甘心だ。納得したと言う意味だ。満足したとか快く思うなどの意味もあるぞ。久しぶりの日本語を流暢に扱えるものが相手。日本語は同音異義語が多くて、楽しくて思いついたからついな」
「オウキーニとか居るだろ?」
「奴はあまり此処には近寄らん」
「へー。ミクさんはダジャレみたいなものが好きなんですか?」
「駄洒落とは失礼な。お洒落だろ」
「いや、通じない時点で駄だろ」
「うーむ……。お主らの知識不足だと思うのだが、まあ良い。ここは間を取って言葉遊びとしておこう」
ミクの言い分も一理あるが、駄洒落であった事に違いはないだろう。
「何と何の間を取ったんだろ」
「さあな」
納得は出来ないが、下手にツッコミを入れると面倒そうなので内緒話の様にコソコソと話す瑞希と大輔。
「コホンッ……。そんな事はどうでも良い。さて、本題だが、お主らには本日から各部署を回ってもらう事となった」
「昨日言ってた通りだな」
「端的に言えばそう言う事になる。お前らにとっても適切な場所で働くための試用期間だと言う事は肝に銘じてくれ。各部署3~5日程度を想定している。あとは適正を見て決定する。部署によっては1日で追い出される可能性もあるから心して働くように」
「追い出される?」
「あまりにも適正が無い場合だな。例えとしてどうかと思うが、高所作業なのに高所恐怖症であったり、汚れ仕事なのに潔癖症だったりだな」
「なるほど。妥当だな。後は物損が多いとかか?」
「それは程度によるな」
「不真面目とか?」
「成果次第だな」
「朝起きられなくて遅刻が多いのはどうだ?」
「どうしてもと言うなら就業時間の変更は可能だ」
「良かったな瑞希。クビにはならずに済みそうだぞ」
瑞希の寝起きの悪さを未だに引きずっているようだ……。
「何だ瑞希は朝が苦手なのか?」
「苦手と言うか、布団が離してくれないと言うか、夢の世界から戻って来るのが苦手言うか……」
歯切れが悪く、回りくどい言い方をしているが、要は朝が苦手と言う事だ。
「慣れない職場なので試用期間くらいは2人一緒に働けるように配慮したのだが、いらぬ配慮だったか?」
「いえ、2人一緒の方が良いです!」
人生初の仕事。
更に言葉も通じるか怪しい世界での仕事である。
せめて友人と一緒でないと不安なのだろう。
ミクの提案を聞き、首をブンブンと横に振りながら全力で拒否する。
「頑張って起きる事だな。大輔も瑞希を起こしてやれ」
「まあ、俺としては瑞希の時間に合わせて遅く働くも良し。朝、瑞希を叩き起こすも良し。なんなら1人で働いても良いんだが、瑞希の頼みでもあるし仕方ない。でも、起きる努力はしろよ」
「はい、承知しています……」
「で、今日は何処で働けば良いんだ?」
瑞希の朝の弱さの話題に一段落を付け、大輔は仕事の話に戻す。
「今日は倉庫勤務だ。10時から15時と責任者には伝えてある」
現在の時刻は9時前。
予定の時刻まで1時間近くある。
「短くないか?昼休憩無い感じか?もっと働いても問題ないぞ」
大輔は現時刻よりも就業時刻の方が気になるようだ。
「そう?初日だし、短い方が良くない?」
瑞希は大輔とは違い、就業時刻に不満はないようだ。
「昼休憩は1時間ある。それよりもお前らはやるべき事があってな」
「やるべき事?」
「あぁ、お前らの部屋に家具が無いからな。必要な物を買い揃えなければならん」
「なるほど。何もないと何時までたってもホテル暮らしだもんね」
「……いや、旅館を手配したのは部屋の清掃をしたかっただけなのだが」
「だから倉庫業務なのか?働きながら家具を探せと?」
「働きながら探されるのは困るのだが、概ね間違いではない。作業の合間に少し覗く程度なら問題ない。それに倉庫業務に慣れた方が探す効率も良かろう」
「今から行って始業前に探しておくのも良いか?」
「問題ないが、時間厳守だ」
「了解。よし、行くぞ瑞希」
瑞希に声を掛け出発しようとする大輔。
「ちょっと待て」
性急な大輔と制止するミク。
「まだ何かあるのか?」
「家具類は第四倉庫、着替えなどが必要な場合は第三倉庫だ。それと始業前に第一倉庫の受付に声を掛けてコレを渡せ。責任者には話を通してある」
確かに、倉庫作業だと言われていただけで、誰に話をすれば良いのかすらも理解していなかった瑞希と大輔。
ミクの制止がなく倉庫に向かっていたら働く事すら困難だっただろう。
瑞希と大輔はミクにお礼を言い、改めて倉庫へ向け出発するのであった────。