異世界にとっては当然の技術でも地球人にとっては異常な研究開発もありそうな第80話
食事も終わり、午後の見学になった。
ミクが食事中に公言していた通り、午後は本館及びその周辺の施設の案内になるとの事だ。
その説明通り、まずは本館に入ると地下へと降りる。
「ファーシャさんの居る所?」
「そう言えば、ファーシャとは顔見知りだったな。そうだ。ここは研究・開発部門。商品開発も多少はしているが、運搬技術の向上や保存技術などの作業者の為の開発が主だ。副産物として坊やの所に送るゴーレムなどが出来上がる事もある。大規模な実験施設が郊外にあるが今の所案内する予定はない」
「商品を加工して売ったりはしないのか?例えば布を仕入れて服にするとか」
「先程も述べたが、ゴーレムなど他では作成出来ないものは致し方なくするが、仕入先があるものについてはしないな。下手に手を出すと争いの火種になりかねん。そして、我々は何者とも敵対せず、何者の加勢もしない。中立な立場とも公言している。残余物を引き取り必要としている者へ納品するただそれだけだ」
「確かに中立かもしれないが何か色々な方面から敵視されそうだな」
大輔がミクの商会の方針に対し、率直な意見を返す。
「そう言う側面もあるが利害関係を同じくする以上、表立って敵対する事は少ない。人間と人間であってもそうであろう?要は損得を天秤にかけた時、付き合いがあれば得をすると思わせれば良いだけの話だ。ニコニコ握手をしながらテーブルの下で蹴り合う事など珍しくも無い」
曖昧な返答と捉える事も可能な回答だが、概ね大輔の意見に賛同している様に聞こえる。
「まあ、それもそうだな」
大輔もミクの意見に賛成し、納得した。
雑談も終了した所でミクがドアの前に立つ。
するとドアが自動的に開いた。
どうやら自動ドアのようだ。
倉庫や食堂、本館入口のドアは開けっ放し、ミクの部屋のドアは重厚な扉だが内側からも外側からも押すだけの仕様であった為、瑞希と大輔は気が付かなかったが建物内の大半の扉は自動ドアになっている。
先日訪ねた際に気が付かなかったのはエレノアの声に反応して慌てていた所為だろう。
そして、ミクの部屋の様な例外であっても基本的にはノブを回すような複雑な作業を要さない、誰であっても簡単に出入り出来る仕組みが取り入れられている。
寄宿舎とは違い、故障時も開けっ放しの状態で問題無い為、自動ドアが採用されている箇所が多いとの事。
ミクに続き中に入ろうとする瑞希と大輔だったが、ファーシャ以外に見知った顔を見つけた。
「あれ?エレノア?」
「てっきり朝一で帰るのかと思ってたけど、夕方以降なのか?スチュワートも意外と悠長なんだな」
『スチュワートなら帰ったわよ』
「「えっ?」」
エレノアの予想だにしなかった返答を聞いた瑞希と大輔は一瞬固まる。
ヴァンLoveなエレノアの事だ、一刻も早くヴァンの下に帰還するであろうと考えていた2人は自分の耳を疑ったのだ。
「ヴァンに愛想尽かしたか?いや、エレノアは愛想尽かされる方か」
「置き去りにされた?」
散々な謂れようである。
『な訳ないでしょ』
「じゃあ何でヴァンくんの所に戻らないで此処に残ったの?」
『それはファーシャが報酬で惚れぐs……企業秘密よ!ファーシャと意気投合して協力してあげても良いって結論に至っただけよ』
一瞬不穏な単語を口走りそうになったエレノアだが、咄嗟に誤魔化す。
エレノアが誤魔化してしまったので少し聞こえた単語が想像通りの言葉だったのか、その真相は闇の中である。
瑞希と大輔も下手に触れると面倒そうな話題だなと思い、何も聞かなかった事にしてエレノアの言葉を聞き流す事にした。
エレノアたちと別れてからはミクが研究室内の説明に入る。
ミクがファーシャとエレノアの取引について歯牙にもかけない様子から瑞希と大輔が考えているほど『惚れ薬』は深刻な事態を招くような代物ではないか、もしかすると媚薬程度の眉唾物の効果しかないのかもしれない。
「……とまあ、研究・開発部門はこんな感じだ」
「何処でも働けるって言ってましたが、いくら何でもここは選択外ですよね?」
「だよな。聞いただけでも専門性が高すぎるし、魔法の知識は0だから『魔法陣がー』とか『魔法回路がー』って言われても分からんぞ」
「いや、此処も選択肢の1つだ。研究員の補助……特に荷物運びとか準備、片付けとか人では必要だ。実験の時も重宝するな」
「パシリ的な感じか。確かにそれなら出来そうだな」
「実験?治験的な感じかな?」
ミクの回答に納得する大輔。
一方の瑞希は実験の内容が気になるようだ。
「物は言いようだな。雑用に変わりないが薬剤の投与はほぼない。道具の耐久テストや性能の確認、動作に不具合が無いかなどだな。室内で行うものもあれば、大規模な実験の場合は室外や郊外で行う物もある。どちらにせよ基本的には項目毎に決められた手順で確認をして報告するだけの作業だ。多少危険を伴う事もあるが、そこは適材適所で人材を選ぶだけだからな。概ね安全な作業と言えよう。試しに1つやってみるか?」
「何をするんですか?」
「そうだな……。魔法でも使ってみるか?」
「「……!?やりたい!!」」
ミクはサラリと発言したが、『魔法』の2文字は瑞希と大輔にとって衝撃的で魅力的な言葉だった。
衝撃的過ぎて一瞬言葉を失ったが、すぐさまミクの提案を許諾する2人。
興奮は最高潮に達し、キラキラとした眼差しでミクを崇拝するような目で見つめている。
「魔法と言っても基本的には種族固有の能力全般を指す言葉であって、魔法使いのような様々な能力を使える者は稀だぞ。……まあ、今から行う実験はそれを可能にしようと言う試みではあるが、まだ開発途中だからあまり期待するでないぞ」
瑞希と大輔の純粋な反応を見て、想像以上に期待させてしまったのではないか?と、たじろぐミク。
期待する程でもない事を説明する事で自分の発言に少し保険を掛ける。
「大丈夫、大丈夫。コップ1杯の水が出るだけでも十分に驚く自信はある」
「おーい……」
ミクは大輔の返答を聞くや否や、近くに居た亜人に声を掛け、何やら指示を出している。
ミクが指示を出し終わると亜人は何処かへ行ってしまった。
「準備中だ。暫く待て」
瑞希と大輔は『魔法』の一言にワクワクしながらミクの指示に従い準備が整うのを待つのであった────。