似て非なる技術の一端に触れつつ寄宿舎の内覧する第76話
一行は建物が立ち並ぶエリアに到着。
「お前らは中型種だったな」
「まあ、確かに日本人の平均程度だが、そんなに細かく設定して大丈夫なのか?」
「すまん。説明不足だったな。1m以下の生物を小型種、1~3m程度を中型種、3m以上を大型種と種族を問わず定義しているだけだ。例外的に超大型種も居るが、そこまでデカくなると街中では働かせられんからな。郊外に住むことになる。基準はあくまでも基準で体格など個々の事情を考慮して臨機応変に対応はするがお前らは中型種用の寄宿舎で何の問題もなかろう。因みに行動範囲は地上で問題ないな?」
「他に何処があるんだ?」
「中空……木の上と地下だな。有翼人種は中空、日の光が苦手な者は地下を希望する者が多いな」
「地下は少し憧れるけど、不便そうだし地上だな」
瑞希と大輔は商会長の説明に納得し、中型種用寄宿舎へと向かうのであった。
町の中心から離れ、郊外へ進む事20分強。
商会長の説明によるとこの周辺の建物はほぼ全てが寄宿舎であり、それより先は畑や家畜などを育てる牧場になっているとの事だ。
一部例外として食堂などがあるらしい。
商会長の説明から推測するに、町(生活圏)の規模はそれほど大きくない。
東京23区の1~2区分程度の規模だと考えて良いだろう。
そして、立ち並ぶ寄宿舎の一角にあるとある建物。
商会長がドアをノックしながら声を掛ける。
「管理人居るかー」
暫く待つとドアの下の隙間からドロドロとした液体状の何かが漏れ出てきた。
「「うわっ」」
ドアの隙間から漏れ出た液体に驚き後退る瑞希と大輔。
「管理人。働く予定の新人だ。部屋の見学をさせたいので、空いている部屋の鍵を1つ頼む」
商会長は平然と漏れ出た液体に向かいジェスチャーを交えゆっくりと声を掛けた。
商会長の指示を聞いた液体は家の中へ吸い込まれるように戻っていった。
「す、スライムか?」
漸く状況を理解出来た大輔がポツリと呟く。
「あぁ、主に清掃などを中心とした管理業務を任せている。声帯が無いので管理人からの情報は文字での伝達となる。業務関連の単語なら日本語にも対応しているが期待はするな。生活上困った時はオウキーニのやつにでも相談して対処できる者に取り付いてもらった方が確実だ」
大輔としては質問の意図は無かったのだが、律儀にも商会長が回答をくれた。
スライムの生態について更なる質問をしようとしたその時、スライムが漏れ出てきた扉が開かれた。
ドアの前には人型のスライム。本当に人の形を模しているだけで目や口、鼻や髪と言った物はない。
但し、髪は無いが髪型っぽい形状にはなっている。
そして、人型のスライムの手にはカードが2枚あった。
恐らくカードキーなのだろう。
スライムは鍵を商会長に手渡すと無言のまま家の中へ戻るのであった。
不愛想な態度に見える件については声帯が無いので仕方がないのだろう。商会長も気にしている様子はなかった。
「1枚で良かったのだが、うまく伝わっていなかったか……。まあ、多くても問題は無い。よし、行くぞ。着いて来い」
恐らく、スライムは瑞希と大輔、各1枚の計2枚と勘違いしたのだろう。
商会長はその事をボソッと呟くと鍵に記されている番号を確認し、改めて瑞希と大輔を寄宿舎へ案内するのであった。
とある寄宿舎の前で止まる商会長。
「ここだな」
どうやら目的の寄宿舎に到着したようだ。
「全部1階?」
瑞希が辺りを見渡したが階段の様なものは存在しない。
建物自体も高さはあるものの窓などの外観から推測するに2階建てではなさそうだ。
アパートと言うよりは長屋やマイ〇ラの豆腐ハウスの集合体と言ったイメージである。
「初めの頃は2階以上の寄宿舎もあったのだが、どうしても騒音でのいざこざが絶え無くてな。幸いな事にこの辺りは使用していない土地は腐るほどあるから上に建てずとも横に広げれば解決した」
商会長は瑞希の質問に回答しつつ、ドアの横にカードキーを当て開錠する。
ピッと言う電子音と共に赤く点灯していた光が緑に変わり、カチッと開錠される音が聞こえる。
商会長はドアを横に滑らせ玄関の戸を開けた。
「引き戸なんですね」
瑞希が感想を口にする。
瑞希たちの位置から見える全てのドアが引き戸である。
この部屋が特別仕様と言う訳ではなさそうだ。
「種族によってはドアノブが掴めん者も居るからな。引手なら爪などを引っ掛ければどうにでもなる」
「ドアノブは掴めないのに鍵は掴めるのか?」
大輔の指摘は尤もである。
「無論、鍵も所定の位置に当てるだけだからな。首に紐などでぶら下げておけば掴まずとも押し当てるだけで開錠は可能だ。ドアに組み込まれた魔法回路と鍵の魔法回路とが一致した時にのみ開錠される仕組みだ。施錠する時は鍵の反対側を当てれば良い。魔力量などが不一致の場合、勝手に施錠される。表と裏で仕様が変わっている。縁が緑の面を当てれば開錠、縁が赤の面を当てれば施錠だ。色の判別が出来ぬ者も居るが表と裏で模様も違うからそれでも判別可能だ」
商会長は大輔と瑞希にそれぞれ鍵を渡し説明をする。
「それなら自動ドアにすれば万事解決じゃね?」
「色々と利点はあるのだが、故障時や交換時の欠点を考えると問題があって過去に却下された経緯がある」
鍵やドアに対する雑談もほどほどに、商会長は部屋の中に進む。
瑞希と大輔も商会長の後に続いた。
「土足で構わんぞ。汚れが気になるようならお前らが住む時に靴箱を置くなりなんなり工夫すれば良い」
律儀に靴を脱ごうとする瑞希たちの様子を見て商会長が声を掛ける。
声を掛けた商会長事態が靴を履いたままの状態であり、上がり框も存在しない。
瑞希たちは靴を脱ぐのを止め土足のまま部屋へと入る。
「広っっっろ」
部屋に入った大輔の第一声がコレである。
廊下の時点からある程度推測は出来ていたのだが、想像以上に広かったのだろう。
衝撃が大きかった所為か語彙力が絶望的である。
「お前らにとってはそうかもしれんな。説明した通り、ここは1m~3m程度の者が入居する部屋だ。3m近い者にとっては普通なのだよ」
大は小を兼ねる。
入居する可能性のある者のうち、一番大きい者に合わせれば不都合はないだろうと言う考えなのだろう。
中間の2mサイズに合わせて狭くなるよりはマシなのかもしれないが、1mサイズの入居者にとっては逆に広すぎて不便そうではある。
とは言え、サイズを細分化しすぎてしまうとそれはそれで大変である。
色々と試行錯誤を重ねた結果、今の形態が最善策だったのだろう。