猫好き(下僕)にとっては天国のような食堂が登場する第72話
「アナタ、お食事はどうなさいますか?」
「外でも良いかニャ?」
「勿論構いませんよ」
「俺たち上がる意味あったか?オウキーニが奥さん呼びに行けば手間も省けただろうに」
オウキーニ夫妻が迅速に夕食の話を決定した事を受け、大輔がポロリと疑問を口にする。
「大輔はんはそうかもしれまへんが、瑞希はんがおっきな荷物背負ってはるんで荷物を置きに戻っただけニャ」
「そうなの?ありがとう。何処に荷物置けば良いの?」
「案内するニャ」
瑞希と大輔はオウキーニの案内により、1つの部屋に通された。
「ここニャ。瑞希はんと大輔はんが一泊する部屋ニャ。好きに使って良いニャ。布団は後で用意するニャ」
「人を呼ぶ機会が無いとか言ってた割に部屋とか布団はあるんだな」
「部屋は将来の子供の為ニャ。ワイやハニーの血族が訪ねる事が稀にあるから寝具は用意してあるニャ。他人が泊まる機会はほぼ0ニャ。人間2人が寝るのには少し手狭かもしれんが我慢するニャ」
「なるほどな。起きて半畳寝ねて一畳って言うしな。寝るだけなら十分な広さだ。問題ないぞ」
「そうだね。ありがとう、オウキーニ」
「荷物置いたら食事に行くニャ。ハニーを待たせるわけにはいかへんニャ」
瑞希はリュックを部屋の隅に置き、必要な物だけでも持って行こうと中身を確認する素振りを見せる。
だが、善く善く考えると財布などの貴重品を持つ必要はない。
結局、念の為にとスマホをポケットに捻じ込み、オウキーニと一緒にリビングへと戻るのであった。
リビングに戻るとオウキーニ夫人が準備を済ませ、3人の到着を待っていた。
「待たせたニャ」
「全然待っていませんわ」
そんな2人の様子を眺める瑞希。
2人と言うよりもオウキーニ夫人をまじまじと観察しているようだ。
「何見てるニャ?やはりハニーに恋心を……」
瑞希の様子に気が付いたオウキーニが瑞希に問いかける。
多少好戦的に問いかけているのは訪問時の事を引きずっているのだろう。
「違うって!短時間で着替えたのかなって思っただけだよ。女の人って準備に時間が掛かるイメージだったから凄いなって思っただけだよ。エプロン外しただけ?」
オウキーニの言葉を最後まで聞かず、瑞希が反論をする。
「化粧とかが必要なかったからじゃね?まあ、何にせよジロジロ見るのは失礼だな」
「あー……うん。ごめん」
大輔の指摘を受け、瑞希は自身の配慮の無さを含め、素直に謝罪をする。
オウキーニ夫人が特段気にする素振りも見せず、オウキーニを宥めた事もあり、事態は丸く収まり、収拾する事となった……。かのように表面上は見えた。
しかし、自身の妻が瑞希を庇うような素振りを見せた事によりオウキーニは胸に一物を残す結果となってしまっていた。
瑞希の誤解も無事(?)に解け、一行は料理店へと向かう。
到着した場所は一般的なレストランと言うよりは下町の大衆食堂と言った面持ちの建物であった。
此処もオウキーニ達の様に小柄な者たちの集う場所なのだろう。オウキーニの家よりは幾分マシではあるものの、瑞希と大輔にとっては少し手狭な場所であろう事は出入り口や建物全体の大きさから容易に想像出来る。
オウキーニを先頭に一行は店内に足を踏み入れる。
入店と共に店内からは「いらっしゃいませ」と言う掛け声がかかる。
オウキーニは慣れた様子で席に向かう。
そして、オウキーニ夫妻に続き入店した瑞希と大輔。
入店して直ぐ店内の様子を確認。
瑞希たちの目に映ったものは、オウキーニ夫妻の様な猫人の姿がちらほらと散見される風景だった。
何より印象的だったのは客の姿ではなく、そこで働く者も猫人だった事だ。
ホールやキッチンで働くスタッフも猫人である。
逆に人間である瑞希と大輔の方がその場の雰囲気としては違和感のある人物と言う印象を受ける。
「楽園は此処にあったのか……」
「瑞希、馬鹿言ってないで早く進め」
入店すると同時に立ち止まり、感想を呟く瑞希の頭を軽く叩き進行を促す。
瑞希は「イテテ……」と頭を撫でながらオウキーニ夫妻が着席した席まで進む。
「瑞希の感想は異常だが、やっぱり異世界だなと圧巻されると言うか何と言うか」
「異常じゃないからね。猫好きの猫好きによる猫好きの為の普通の感想だから」
「あー……はいはい。……いや、猫好きの為の感想ってなんやねん。お前の感想やろ」
無事、瑞希を席まで進ませる事に成功した大輔。
誰に話し掛ける訳でもなく感想を述べる。
話し掛けた訳ではないが、会話のきっかけの一助になれば良いと全く思わなかったと言えば嘘になる。
どちらかと言えばオウキーニ夫妻に向けた感想だったが故に瑞希の発言については扱いが雑である。
瑞希の発言を軽く流そうと思ったが、引っかかる所にはツッコミを入れてしまうのは性なのだろう。
「この周辺はワイらと同族が集まる場所ニャ。他の種族も稀に住み着くが、基本は同族ニャ」
会話が続かないようなら瑞希の発言に乗っかろうかとも思っていた大輔だが、そんな気持ちを知ってか知らずか、オウキーニが軽い説明をしてくれた。
そんな会話をしていると1匹の猫人がメニュー表を持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださーい」
語尾が間延びしていて、接客される側としては脱力しそうな感じだが、快活で気のよさそうな猫人の女の子である。
瑞希たちのテーブルにメニュー表を置くと他の客に呼ばれ別の席に向かってしまった。
「お店の人も美人さん多いね。やっぱり雌猫は雄猫に比べて顔がシュッとしてる事が多いからかな?丸みがあると可愛くなるよね。スマートだと美人さん」
流石に大衆の面前で発言するのは憚られたのだろう。瑞希はオウキーニ夫妻と大輔に聞こえる程度の声量で呟くように感想を述べた。
「雌なら誰でも良い節操のない男ニャ」
「辛辣すぎる……。何か当たり強くない?」
「瑞希としては褒めてるつもりなんだろうけど、第一印象で顔どうこう言うのはな……。猫相手ならまだしも人に言ったら失礼だろ。猫又とかは言葉も通じるし、感覚としては人間寄りだろ。それに人間の美醜感覚とは違う可能性もあるしな。どちらにせよ顔とか体型とかには触れないのが無難だろうな」
「でも、初対面でも可愛いねとか美人だねとかって言われても喜ばれないの?誉め言葉だよ?大輔だってカッコイイって言われたら嬉しいでしょ?」
「人によるな。本当に可愛い女の子や本物の美人は言われ慣れてるから何の感情も動かないって人もいるし、逆に言われ過ぎて不快って人もいる。勿論、普通に喜ぶ人も多いけどな。何にせよ褒めてるつもりがコンプレックスを刺激して地雷を踏み抜く可能性もあるし状況によるとしか言えんな。それに、イケメンからカッコイイって言われたら嫌味かって思うかもしれんな。まあ、初対面なら無難に天気の話でもする方がマシだな」
「そうなのかな……。オウキーニ、今日はいい天気だね」
あまり納得していない瑞希。
最後のオウキーニへの会話の切り出しは冗談なのか本気なのかは謎である。
「気持ち悪いニャ」
「天気の話は比喩だ。当たり障りのない話をしろって事だよ」
「うーん……。難しい……」
「注文決めてもらっても良いかニャ?」
いつまでも初対面での会話の切り出しの話をするのみでメニューに目を通さない2人に嫌気がさし始めたのだろう。オウキーニが注文の催促をする。
とは言え、瑞希と大輔もメニューに全く目を通さなかった訳ではない。
「そう言われてもメニュー見ても分からないんだよね」
「日本語で書いてあるはずニャ。読めないニャ?もしかして、瑞希はんの使用しとる日本語とワイらの日本語は別ニャ?」
「いや、同じなんだけど、メニュー内容が謎過ぎて意味が分からないって言えば分かるかな?○○炒めとかって言うのは読めるんだけど、肝心の○○の部分の食材が聞いた事も無い物ばかりで何を注文すれば良いのかが分からないんだよね。オウキーニのおすすめで注文してもらえるのが一番かな。適当に頼むと変な物頼みそうだし」
「そう言う事かニャ。苦手な物はあるかニャ?」
「出ないとは思うけど、虫は絶対NG」
「俺は特に無いな。苦手な物が出たら瑞希に食べさせるから問題ない」
「了解ニャ。……ハニーは決まったニャ?」
「私もアナタにお任せしますわ。好みが分かれるかもしれないので、大皿で取り分けられる物にいたしましょう」
オウキーニは先程の店員を呼び、適当に注文をした。