番外編?ヴァン外編?ヴァン案外変?(1/2)
時は少し遡り────。
瑞希たちを見送ったヴァン。
馬車が見えなくなると早々に館に戻り、いつも通り日課を熟す。
庭の様子や魔晄炉の確認、身の回りの整理整頓などなど……。
一通り日課を済ませたヴァンは自室に戻り、スチュワートとエレノアの仕事を紙に列挙する。
スチュワートやエレノアの仕事も2人が戻るまでの間はヴァンの仕事になる。
その仕事一覧を作成したのだ。
とは言え、エレノアはヴァンの館に来て間もない。
エレノアが抜けたところで大した痛手ではない。だが、スチュワートの穴を埋めるのは一苦労だ。
館全体の掃除、墓の管理、馬骨の世話、食事作りetc...。
「うーむ……。改めて書いてみると爺の仕事量が多いな。やはり誰か雇うべきか……」
記述したばかりの紙を見てヴァンが独り言ちる。
ヴァンは気が付いていないが、紙に記述した仕事はスチュワートが行う仕事の中でも重労働なものが多い。この他にヴァンの身の回りのお世話が仕事の一環としてある。
身の回りのお世話は1つ1つの仕事は細々したものが多く仕事量としては大したものが無いものの、1日を通して考えるとスチュワートの仕事の大半をヴァンのお世話が占めると言っても過言ではない。
そして、スチュワートは他の作業をしている最中でもヴァンの世話を第一にと考え実行している。
「おっと……。物思いにふけとる場合ではない。爺たちが戻るまでは余が爺たちの分も働かねばならぬからな」
いつものようにゆっくりしている時間はない。
今日はヴァンがスチュワートとエレノアの仕事を代行しなければならないのだ。
ヴァンは早速スチュワートが日頃熟している仕事に取り掛かる事にする。
「まずは汚れたり散らかったりする作業から始めるべきか?清掃は最後にするのが無難であろう」
色々とスチュワートの仕事を消化すべく順序を思案した結果、まずは庭木の剪定から始める事にしたのであった。
物置小屋に着いたヴァンは高枝切鋏や剪定鋏を持ち出すと庭木の枝木の剪定に入った。
「育ちが良いのは利点だが、こうも成長が早く、毎日剪定せねばならぬのは短所だな」
ブツブツと独り言を口遊みながら作業は続く。
順調に選定作業を行っていたヴァンだが……。
自身の身長よりも少し高い位置の剪定作業は滞りなく行えていた。
そして、剪定鋏から高枝切鋏へと持ち変え、暫く作業を続けていると問題が発生した。
「むっ……。届かぬ……」
多少の高さも高枝切鋏で器用に選定出来ていたのだが、高枝切鋏を以ってしてもヴァンの身長では樹頭付近には届かなかった……。
庭木はそこまで高くないが、スチュワートですら高い位置の剪定は脚立などを使用している。だが、ヴァンは脚立を準備していなかった。
暫時、考えたヴァンの出した答えは……。
「1日くらい放置しても問題なかろう。明日には爺も戻る。明日作業出来なくとも明後日には剪定するはずだ」
物置小屋まで脚立を取りに行く手間を惜しんだヴァンは高枝切鋏を使用した作業の放棄であった……。
早々に樹頭の剪定を断念したヴァンは切り落とした枝葉の清掃作業に移る。
手際よく1か所に集めると枝葉を運ぶ為、物置小屋へ向かう。
どうせ戻る用事があったなら脚立を準備すれば良いのにと思うが、ヴァンは選定作業の事は既に無かったものとしており、麻袋を持つ代わりに鋏類は片付けてしまっている。
袋を持ち帰ったヴァンは集めた枝葉を袋に詰める。
大きめの麻袋2つ分に及ぶ量。多少余裕のある入れ方をしているものの、それでも相当な量である。
ヴァンは袋を引きずるようにして焼却炉へと向かう。
麻袋の中身を焼却炉へ捨て火を付けようとする。
「む……。上手く付かぬな」
生木で水分量が多いのが原因だろう。
無論、ヴァンもその事は理解している。
辺りをキョロキョロと見渡し、点火しやすいものが無いかと探す。
……が、そのような物が上手い事落ちている訳もない。
それどころか余計な物1つ無いと言った感じだ。
それもこれもスチュワートが毎日欠かさず清掃等を怠っていない所為である。
「……仕方ない。爺が戻った時に報告すれば良いだろう」
そして再度、ヴァンは仕事を放棄したのであった……。
館に戻ったヴァンはモップや箒、バケツなどを準備する。
どうやら館内の清掃を行うようだ。
既に辺りは薄暗く、茜色の空を夜の黒が侵食し始めている。
「使用してない部屋は無視しても問題なかろう」
そう独り言ちるとヴァンは2階に上がり瑞希と大輔の使用していた部屋の清掃をする事にした。
まずは瑞希の使用していた部屋の確認。
「片付いておるな……」
特にやる事はなさそうだ。
次に大輔の使用していた部屋。
「むっ……。こちらもか」
瑞希、大輔双方が使用していた部屋をきちんと片付けてから出て行った為、これと言ってやる事はない。
「シーツ等は交換した方が良いかのぅ」
ヴァンは2人の使用していたシーツや枕カバーといったリネンを集め洗濯室へ運び込もうとする。
しかし、瑞希の部屋のリネンを集め終え、大輔の部屋のリネンを廊下に出そうとした時悲劇は起きた。
手から溢れ、垂れ下がっていたシーツの端が廊下に置いてあったバケツに引っかかり、盛大に水を零してしまったのだ。
「おっと、これはいかん」
ヴァンは冷静に横になったバケツを元に戻し、持っていたリネンを使い廊下に零れた水の処理をする。
バケツの水を使用していなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
水を拭き終わったヴァンは水を吸ったリネンを持ち洗濯室へと向かう。
「今から干しても乾かぬな。洗濯は明日で良かろう」
ヴァンは洗濯を後回しにし、2階の清掃に戻る。
「確か、上から下と聞いた事があったな」
ヴァンは何処かで得た知識を元に掃除を開始。
まずは窓を軽く水拭きした後、乾拭き。
続いて窓枠やテーブルも同様に水拭きと乾拭き。
最後に床を放棄で掃きゴミを集めて1部屋の清掃が完了。
瑞希と大輔が使用していた部屋の清掃を完了させたヴァンは廊下の清掃作業に移る。
今回は選定作業の時と同じ轍を踏まないようにと脚立の準備も万全である。
ヴァンは脚立を使い窓の清掃から開始。
順調に窓掃除も完了し、2階最後は廊下の清掃である。
廊下は部屋で使用されているヘリンボーンフローリングとは違い大理石の様な光沢のある石を敷き詰めた床。
ヴァンはモップを使用し水拭きをした後、先端の替え糸を付け替え、乾拭きをする。
「中々に時間の掛かる作業だのぅ」
2階の清掃を終え、1階に清掃道具を移動させる時、本音が口から洩れる。
ヴァンは勘違いをしているが、スチュワートは毎日行っている訳ではない。
ヴァンが一覧にしたスチュワートの仕事内容はその全てをスチュワートが行っているだけで、毎日の仕事ではない。
無論、庭木の剪定も数日おきだし、屋敷内の清掃も軽くモップ掛けをする程度だったり清掃箇所を限定したりとスチュワートなりに時間との兼ね合いで手を抜いている。
そんな事とは露知らず、ヴァンは1階に清掃道具を移動させると階段と1階の主要な部屋と廊下の清掃を完了させた。
全てが終わる頃には完全に夜は更け、外は暗闇に包まれていた。
「もうこんな時間か。数日食事を抜いても問題は無いが、腹が空かぬ訳ではないしな……。食事の準備もせねば」
外の様子で時間を察したヴァンがポツリと呟く。
ヴァンは食堂に向かうと厨房に入り食材の物色を始める。
遅めの夜食にするようだ。
「何も無いのぅ」
スチュワートは基本的にその日使用する分の食材は畑から収穫する。
余分に収穫する事は稀である。
しかし、畑で収穫出来ない物や肉などの食材はあるのでヴァンの言う「何もない」と言うのは多少語弊がある。
ヴァンの言う「何もない」と言うのは調理せずに食べられる物が何もないと言う意味である。
「そうだ。こんな時の為にアレがあるではないか」
ヴァンは何かを思い出し、別の場所を物色する。
「あった、あった。沢山あるではないか」
ヴァンはお目当ての物を発見したようだ。
ヴァンの手には瓶に入った赤い液体がある。
ヴァンは瓶の蓋を開けると一気に中身の液体を飲み干す。
「くぅ~!たまらん。瑞希の新鮮な血液には劣るが、養殖物でも十分美味い」
風呂上りにビールを飲むオジサンの様な反応を見せる。
飲み干した瓶をシンクに置き、更にもう1本に手を伸ばす。
「これだけ蓄えがあるのだから問題なかろう。瑞希に嗜好品は偶に楽しむものと強がっては見たが、欲望には逆らえぬ。あるのだから仕方あるまい。我慢は体に良くないからのぅ。爺も勿体振らず間食以外でも出せば良い物を……」
2本目の血液を飲む言い訳やスチュワートへの小言を口にしながら瓶の蓋を開けたヴァンは2本目の血液を呷る。
「しかし、瑞希と大輔にはもう少し血液を所望しておくべきであったな。次に天然物の血液が入手出来るのはいつになるのやら……」
2本の血液を飲み干し満足したのか、ヴァンは2本目の瓶もシンクに置くと食堂を後にする。
この時のヴァンは想像してもいなかった。自分の考えているよりも遥かに近いうち、天然の人間の血を飲む機会がある事を────。