出来ない理由を考えるのは簡単な第68話
「……コホンッ」
エレノアが連れ去られ、全員が反応に困り静まり返っていた室内だが、商会長が軽く咳払いをした事により、注目が集まる。
「すまん、話を元に戻そう。お前らはこちらの世界に連れてこられた理由に心当たりがない。そして、元の世界に戻る方法を探している。ここまでは良いか?」
「そうだな」
「心当たりがないって言うか、あの女の人、怖いのが好きならとか言ってたような気が……。心霊スポット巡りが原因ではあるよね」
「元々の原因はそうだが、心霊スポットに行くやつ全員が連れ込まれる訳でもないだろ。あの場所だって心霊スポットとして有名って事は行く人も居れば戻る人もいたって事だろ。俺たちが標的にされた明確な理由にはならないだろ」
「それもそっか……」
商会長の『心当たり』と言う単語に少々思い当たる物はあったものの、大輔の指摘も尤もである。
瑞希としても深掘りする話ではないと考え、素直に引き下がる。
「話を続けるぞ。なんやかんやあって、吸血鬼の坊やの所に行き着いた。……で、情報収集の為にこの町まで来たと」
「そうだね。大体そんな感じ」
「だが、残念な事に人間との交流はあまりない。妾の交流体験も含め、交流の有った者と話した事はあるが、皆が皆、口を揃えて慣れるまでは異形の者と接触するのは恐ろしく、勇気のいる作業だと言っていたと。坊ややファーシャ、妾などは声を掛けられる部類ではあるのだが……つまり、何が言いたいのかと言うと、お前らはかなり稀有な人間と言えよう」
「物怖じしないって事か?」
「それもそうだが、率先してかかわろうとする辺りだな。裏を返せば、それほどまでに元の世界に戻りたい、もしくは誰彼構わず助けを求めなければならないほど切羽詰まった状況と言う事なのかもしれないが」
「それは少し違うな。俺だって妖怪やモンスターと呼ばれた存在とのかかわりは緊張するし警戒もする。だが、今まで憧れていた存在。未知との遭遇の機会を無駄にする訳にはいかない。それだけだ。まあ、人として異端なのは否定しないがな」
「だね。僕は幽霊とかの方が好きだけど、それでも空想上の生き物とされていた存在に出会えるのは嬉しいよ」
「ふふ……。呑気なものだな。……で、この後はどうするつもりだ?」
「どうって?」
「端的に言うとこの町にお前らが求める情報はない。一応、商会の者には聞いてみるが先程述べたように人間とかかわる機会が稀だ。期待はしない方が良いだろう。そうすると手掛かりはお前らが乗って来た列車のみと言う話になるが調査が終わるまでどうするつもりなのか?と言う話と列車が空振りだった場合、今後の身の振り方についてどうするつもりなのか?と言う話だな」
正直、瑞希と大輔は町に来るまでの事しか考えていなかった。
ヴァンの館よりも町の方が人は多い。
人が多ければ自ずと情報も集まる。
そんな楽観的な考えしかない。
まさか、何の情報も得られず、今後も情報が集まる可能性が皆無であるなど想像もしていなかった。
商会長に指摘されハッとする。
無言のまま顔を見合わせる瑞希と大輔。
両者共に明確な答えは持ち合わせていない。
そして、自分の考えを口にすればその発言が今後の行動を左右してしまう可能性がある。お互いの同意も無く不用意な発言も出来ない。
顔を見合わせたまま無言の時が流れる……。
「その様子だと考えていなかったようだな」
「ハハハハハ……」
何も反論出来ず、乾いた笑いで誤魔化す瑞希。
「坊やの手紙には当面の生活費を坊やの資金から工面するようにと書いてあるが、いつまでも坊やの世話になる訳にも行くまい。……そこで提案だが、お前らうちの商会で働かないか?」
「生活費は自分で稼げって事か」
「それもあるが、色々な場所、多種多様な種族と交流を持つ機会があれば元の世界に帰る為の手掛かりがあるかもしれまい」
「なるほど……」
「でも、僕たち日本語以外話せないよ」
商会長の提案に納得はするものの、言語の壁は大きい。
会話が出来なければ意思疎通が難しい。そうなると必然的に仕事も困難になる。
「出来ない理由を考えるのが楽なのは理解出来る。○○だから出来ないと言うのは簡単だ。だが、○○だけど何なら出来るのかを考えた方が良いと思うぞ。元の世界に帰りたいのならば尚の事だ。出来ない理由を探し動かずに立ち止まるよりは出来る事を探し我武者羅に動いた方が新たな道が開ける可能性も高まるのではないか。仕事にしても会話をあまり必要としない雑用や日本語の話せる妾やオウキーニの指示の下で働くなど工夫をすれば不可能ではないと思うがな。何が出来るかを考え、出来る事から始め、少しずつ出来る事を増やす方が有意義であろう。まあ、最終的に決めるのはお前たちだ。後悔の無いよう選択すると良い」
商会長の話を聞き、顔を見合わせる瑞希と大輔。
2人は言葉を発する事はなく、同時に軽く頷く。
2人の意見は一致しているようだ。
「お願いします。ここで働かせてください」
「面白そうだ。その話乗ったぜ」
瑞希と大輔がほぼ同時に発言。
隣で聞いていたスチュワートの反応を見ると軽く頷き「坊ちゃまにも伝えておきます」と瑞希たちに聞こえるように囁いた。