科学者は一癖も二癖もある描き方がされることが多いと思う第67話
程無くしてオウキーニが地図をもって戻って来た。
「お待たせニャ」
「よし、広げろ」
「何処にニャ?」
高さのある物は商会長の使用している作業机と部屋の端のテーブルしかない。
そして作業机は資料などが置かれ、地図を広げるスペースも無く、応接用のテーブルは端の方にあるうえ、とても1人で運べるような大きさではない。
しかも、集結している地点から作業机やテーブルまでの距離も近くはない。
「適当に地面に広げるか壁に当てて抑えておけ」
「壁は1人じゃ無理ニャ」
「猫の手も借りたいってか?喧しいわ」
「そんな事言うてないニャ。それに猫に手はないニャ。前足と後ろ足ニャ」
「うるさい。口答えする暇があるならさっさと広げろ」
そもそもでボケ始めたのは商会長からである。
今のやり取りは流石に理不尽すぎるとオウキーニに同情する一同なのであった……。
オウキーニが床に広げた地図を使用し、列車のある凡その場所の説明も完了。
大輔の説明を真剣に聞いていた商会長は何かを考える素振りを見せていた。
その後、短く「ふむ……」と何かを納得したかのような一言を呟きくと話を続ける。
「その周辺に取引相手や集落が無いので詳しい情報が不足しているな。実際、列車が通っていたと言う情報も知らぬ」
「山彦は居たね。果物貰ったよね」
「そうだったな。アレは美味かった。機会があればまた食いてーな」
『何て果物?そんなに美味しいなら採ってきて売れば良いじゃないかしら。需要あるんじゃない?あー、もう量産されて売り出されてる可能性もあるわね』
「まあ、野生生物の餌だった場合、摂りすぎても生態系に影響が出かねん。それに品質の問題などもある。調査隊を送る際はその辺りも含m……」
「Hier!!!!!!!!!!」
商会長の言葉を遮り、突然ドアが開け放たれた。
部屋に居た一同は突然の事に体がビクッと反応してしまう。
そして、一同は何事かと大声と共に入室してきた女性を見つめる。
女性の姿は薄汚れた白衣姿に手入れの行き届いていないボサボサの髪。そして額にはゴーグルらしき物が確認出来る。
何処からどう見ても漫画などで登場しそうなThe科学者と言うような風貌。
両手に三角フラスコや丸底フラスコが無いのが残念に思えるほどだ。
「いきなりどうした」
女性を警戒していた瑞希、大輔、エレノア、スチュワートの4人だったが、商会長の一言とオウキーニの『またか……』と言った感じの頭を抱え呆れたような表情を見て警戒を解く。
「だれ?」
瑞希の発した当然の疑問。
「うちの開発部の者だ」
「ゴーレムの新たな魔法式の開発にも携わっていたニャ」
商会長の簡単な説明にオウキーニが補足を加えたものの、大した情報は加わってはいない。
ゴーレムの存在も知ってはいる。魔法効率が上がり、頑丈になっている事も以前オウキーニが説明をしていた。
だが、それがどうしたと言う話だ。
昔のゴーレムと現在のゴーレムの性能を比較出来ていない瑞希たちにとっては凄さが理解出来ない以上蛇足でしかない。
つまり、商会長の説明だけで十分なのだ。強いて補足すべきものを上げるとするならこの人物の名前や種族などだろう。
見た目は人間に見えなくもないが、「多分違うんだろうな」と瑞希と大輔は直感している。……が、何が違うのかと聞かれても上手く言語化は出来ない。
ただ、何となくだが人間っぽく感じないのだ。
女性はキョロキョロと辺りを見渡し、エレノアへと近づいてきた。
「Das bist du!」
『何がよ』
「Es spricht direkt mit meinem Gehirn. Komm her. Hilfe bei der Entwicklung」
『いやよ!私は明日ヴァン様の下へ帰るの!』
「Bitte hilf mir, bis du gehst」
「待て、そこまでだ、ファーシャ。まずは落ち着け。落ち着いたら説明をしろ」
エレノアの手を引き、無理矢理に連れて行こうとするファーシャの腕を商会長が掴み制止させた。
そして、ファーシャが何をしようとしているのか説明を求めた。
始めは少し抵抗を見せたファーシャだが、商会長には逆らえないと観念したのか説明をし始めた。
「コイツtoll。聞くKonvertierung、perfektion。話すKonvertierung、perfektion。全員、分かる。Fabelhaft。Ich möchte, dass Sie mir bei meiner Recherche helfen」
所々日本語を使用していた事と身振りや手振りを考慮する事でファーシャが言いたい事を瑞希たちも多少は理解出来たが、大部分が知らない言語だった為、正確な事は理解出来ていない。
恐らく、エレノアの念話と自動翻訳の事を言っているのだろう。
「で、結局は何て言ってるの?」
詳細が分からない以上、エレノアに通訳を頼むほかない。
『私の素晴らしさについてね。聞く事も話す事も理解出来て、全員に理解出来る能力を研究したいって話よ。まあ、私がヴァン様の下へ帰るまでの時間で良いって話ね。あとは私が可愛い過ぎて興奮してしまった申し訳ない。こんなに可愛い生き物を今まで見た事が無いって褒め称えているわ』
「後ろ、言わない。嘘」
どうやらエレノアの通訳の後半部分は嘘のようだ。早速ファーシャに否定されている。
しかし、前半部分は本当の事を言っているらしく、ファーシャはエレノアの念話と言うより通訳としての能力を高く評価しているようだ。
そして、その能力の研究をしたいので手伝ってほしいと申し出ている。
「念話の事だね。エレノア、範囲考えた方が良いんじゃない?ファーシャさんが何処に居たかは知らないけど、エレノアの声が色々な人に聞こえてるって事でしょ?急に脳内に話し掛けられたら驚くのは当たり前だよ」
『そんなに範囲広げてないわよ。せいぜいこの部屋に届く範囲でしか使用してないわよ』
「すまんな。ファーシャは魔力を感受する力に秀でていてな。恐らく、その所為で範囲外に居ても受信してしまったのだろう」
「エレノア、疑ってごめんね。……何をするのかは知らないけど、帰るまでで良いなら手伝ってあげれば良いんじゃない?」
「町の観光とかするかもしれんやろ。エレノアの予定を勝手に決めてやるな」
「あー……。そっか。ヴァンくんも町の観光がしたかったらヴァンくんのお金を使って観光して良いってエレノアに言ってたね。商会の人に言えばお金を使って良いって。後何だっけ?スチュワートさんと一緒に戻らない場合はオウキーニに頼んで運んでもらえって話だっけ?」
自分の事では無い所為か無責任な事を軽々しく発言する瑞希。
大輔が常識の範囲内で瑞希を諭す。
大輔の言葉を聞き、瑞希は出発時のヴァンの発言を思い出し、自分の過ちに気が付く。
『まっ、観光なんてする気はないけどね。一刻も早く私の帰りを待つヴァン様の下へ戻りたいわ』
「なら手伝ってやればええやん。減るもんでもあるまいし」
『そういう問題じゃないのよ』
「eine Belohnung geben」
エレノアの言葉を理解出来る事と瑞希たちの雰囲気から何かを察したのかファーシャが何かを話した。
「何て?」
『報酬ありだって。興味ないわ』
「Nur reden ist in Ordnung」
「ファーシャもこう言ってるし、手伝ってはもらえないだろうか。必要以上に拘束しない事は妾が保証しよう」
『本当に話すだけよ。変な装置とか実験は無し。生体の一部は髪の1本ですら許可なしに採取するのは無しよ』
「Verstanden」
商会長の仲介のおかげか、瑞希たちのスタンスのおかげか、将又完全にアウェー状態で断り切れず押し切られただけなのか、何にせよエレノアが折れる形で話はまとまったようだ。
纏まった瞬間、ファーシャは大きく頷くとエレノアの手を取り、足早に部屋を出て行ってしまった。
エレノアの『まだ話の途中~~~~~!!』と言う抵抗しようのなかった悲痛な叫びと共に────。