商会長と面会する第65話
建物内に入ったスチュワートがここで働いているであろう亜人の1人と何やら話をしている。
スチュワートとの距離が少し離れている事と幾人もが動き回っている建物内の物音にかき消され瑞希と大輔には会話の内容は聞き取れなかった。
暫くするとスチュワートが困った顔をしながら瑞希たちを手招きする。
「申し訳ございません。坊ちゃまからの手紙をお出ししていただけますか?」
何を申し訳なく思っているのか理解は出来なかったが、元々商会の人間に手紙を渡す予定だったので、瑞希はスチュワートに手紙を手渡す。
瑞希からスチュワート、スチュワートから亜人へとワンクッション挟み手紙を受け取った亜人。
手紙を雑に扱いながら表、裏と確認をする。
封蝋印を目にした亜人の顔色が一変する。
それまでのぞんざいな態度を改め、スチュワートにペコペコと謝罪をする様な仕草を取ると血相を変え奥へと走り去ってしまった……。
「何があったんですか?」
亜人の慌てように違和感を覚えた瑞希がスチュワートに問いかける。
「商会長様と話があるので面会をと申し出たのですが、面会の約束はあるかと問われたので坊ちゃまからの手紙をお渡ししただけなのです。私にも何が何やら……」
端的に事の成り行きを説明してくれたスチュワートだが、スチュワートも状況を理解出来ていないようだ。
そんな折、出入り口のドアが徐に開かれた。
「戻ったニャー」
背後から聞こえる聞き覚えのある声。
瑞希たちは一斉に振り返る。
「あ、オウキーニ」
「おぉ、墓場のダンナの。皆さんお揃いで何用でっかニャ?」
大輔の声に反応しオウキーニも瑞希たちに気が付き近づいてきた。
瑞希たちの側に来たのも束の間、オウキーニは臨戦態勢に入り辺りをキョロキョロと何かを警戒している。
「ヴァンくんは来てないから急にモフられる事はないよ」
瑞希の言葉を聞きオウキーニはホッと胸を撫で下ろし警戒を解いた。
『ヴァン様の寵愛を承っておきながら……何て傲慢なデブ毛玉なのかしら』
「ワイも多少は大目に見てるニャ。ダンナのスキンシップは過激な上に長時間で暑苦しいニャ。……それと傲慢でもないし、ほんの少しだけ膨よかなだけニャ。悪口は止すニャ」
瑞希と大輔は『ほんの少し』の部分に疑問を持ったが口に出す事はなかった。
オウキーニと雑談をしていると先程の亜人が戻って来た。
亜人が何かを話しているが、瑞希と大輔には理解出来ない。
「ワイ何もしてへんニャ」
スチュワート、エレノア、オウキーニには通じているようだが、瑞希と大輔は理解出来ていないのでエレノアに通訳を頼む。
オウキーニは日本語で反論しているが亜人は言葉を理解していると言うよりはオウキーニの反応から言いたい事を察しているようだ。
『「オウキーニ、この方たちと顔見知りなのか?そう言えばお前があそこの担当だったな。何をやらかしたんだ……。まあ良い商会長がお会いになるそうです。ご案内します。オウキーニ、お前もくるんだ」だって』
「なるほど」
エレノアの通訳のおかげで状況は理解出来た。
少しオウキーニが不満そうな顔をしているが、商会長の下へ移動する事となった。
とあるドアの前で亜人が止まり、ドアをノックする。
「入れ」
中から日本語で返事があった。
瑞希と大輔は一瞬顔を見合わせたが、亜人が直ぐにドアを開けた為、相談などをする暇はなかった。
亜人、オウキーニ、スチュワート、エレノア、大輔、瑞希の順で入室する。
部屋に入ると巫女装束にアレンジを加えたような和風の服装をした20代半ば程の見た目の1人の女性が出迎えてくれた。
背後に見える数多の尻尾が人間でない事を物語っている。
それよりも気になるのが部屋の大きさだ。
無駄に広い……。
女性が作業していたであろう机が1つと端の方に応接用のテーブルとソファあるものの、それ以外に目立つものはない。
がらんどうな部屋とは正にこの事だろう。
「よく来た。概ねコレで理解出来たが、詳しい説明を聞こう。それと、お前らは仕事に戻れ。……と言うか、オウキーニ、お前は何故ここに居る?サボりか?いい度胸だな。それとも何か報告があるのか?」
部屋の広さに圧巻されていた瑞希と大輔であったが、女性が口を開いた事でその注意は女性に集中された。
「来いと言われたので来ただけニャ」
「呼んだ覚えはない。まあ、良い。仕事に戻れ。……いや、やはり待て。オウキーニ、お前は残れ」
「仕事をサボるなとかやっぱり残れとかそんニャだから暴君言われるニャ……」
「何か言ったか?」
女性は威圧的にオウキーニを一睨み。
「な、何も言ってないニャ!!」
女性に睨まれ普段猫背気味のオウキーニの背筋がピンと伸びる。
「オウキーニと同じ猫又かな?」
「尻尾の形状が違うし、案外九尾の狐が人型バージョンだったりしてな」
オウキーニが蛇に睨まれた蛙状態の中、女性の正体について小声で話す瑞希と大輔。
「ほう……小僧、中々察しが良いな」
瑞希と大輔間でのみ聞こえる声量での会話だったつもりだが、女性の耳にも届いていたらしい。
まあ、小声での会話とはそんなものである。
周囲に聞こえていないと思っているのは当人のみで案外周囲の者にも聞こえているのである。
状況によっては小声で話している声の方が目立つ場面も大いにある。
瑞希と大輔は一瞬誰に対しての発言を指しているのか理解出来なかったが、その疑問は直ぐに解消される事となった。
ポンッと音を立てると女性を中心に白い煙の様な物が部屋中に充満する。
煙を吸っても咳き込むような事はなかった。
そんな謎の煙の事を考える暇も無く、部屋中が白い煙に包まれたのはほんの一瞬であり、直ぐに煙は晴れ部屋全体が見渡せるようになった。
瑞希たちの目の前には気品溢れる巨大な狐。
そう、大輔の推察が正解だったようだ。
そして、無駄に広かった部屋は女性が本来の姿に戻った時でも対応出来る為の物なのだろう。