目的の町に到着した第64話
暫時、キャリッジ内は無言のまま馬車は走り続け、ヴァンの姿が完全に見えなくなり程無くした頃、放心状態だったエレノアの意識が戻り始めた。
『何故だ~~~!!』
「エレノアがここに居る理由?ヴァンくんが決めたからだよ。エレノアも最終的に受け入れてた感じだったしね」
『私とヴァン様の2人きりでの甘い新婚生活は?』
「うーん……。そもそもヴァンくんとエレノアは結婚してないよね?」
『既成事実さえあれば万事解決よ。そんなもの』
「本当、エレノアって見た目は可愛いくせに思考がヤベーって言うか何と言うか……。エレノアを町に連れて行くって選択も強ち間違いじゃなかったなコレは。ヴァンの英断ってところか」
『うっさいわね。アンタはいつも一言多いのよ。私の事は褒めるだけで良いのよ』
「へいへい。さいですかー」
エレノアの小言にうんざりした大輔は窓の外の景色を楽しむ事にし、エレノアたちの会話に参加しない事を決意した。
『それに瑞希、アンタもアンタよ』
「え?僕?何かした?」
『私とヴァン様の関係が深まるように応援するって言ってたじゃないの』
「えー……。恋路の邪魔はしないって言った記憶はあるけど、応援するとは言ってないと思うんだけどなー……」
『口答えしない!そんな細かい事どうでも良いのよ』
「細かいかな?」
『何にせよ、現に邪魔してるじゃないのよ。私とヴァン様を引き離して楽しいの?』
「えー……。これは不可抗力だし、僕が決めたわけじゃないよ」
『く・ち・ご・た・え・し・な・い・の!』
「……はい」
瑞希は大輔に助けを求めようとしたが、大輔は知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりらしく、窓の外を眺めたままピクリとも動かず、瑞希たちの方へ視線を移すつもりすらないようだ。
その後も嘘と妄想の入り混じるエレノアの説教は続いたのであった────。
気が済んだのか、諦めたのか、将又小言を言うのに疲れたのか、理由は不明だが、エレノアが一息ついた頃、外の風景に変化が起きた。
木々が疎らになり始め、所々平地が目立つようになってきた。
森を抜けたのだろう。
前方には山も確認出来る。
山の高さは1000mに満たないが幅は端が確認出来な程に広い。
「山だね」
「山だな。想像してたよりは低いな。まあ、日和山よりは高いな」
『日和山?』
「日本一低い山ね。標高3mくらいだっけ?」
『そんなのより高いのなんてあたりまえじゃないの』
「ボケだよ。ボケ。普通に返すな。ボケたのが恥ずかしくなんだろ」
『面白くないボケね』
「余計なお世話じゃ」
「まあまあ、2人ともケンカしないの」
瑞希の仲裁の甲斐あってか、エレノアも辛辣な言葉を発する事も無く、大輔もエレノアの発言に興味無さ気に風景を楽しんでいるようだ。
幸い2人の喧嘩が深刻化する事はなかった。
馬車がなだらかな傾斜面を上りは始め程無く、山頂付近に到着した。
山頂からの景色は自然も多く、絶景の一言に尽きるが、楽しむ暇も無く馬車は山を下り始める。
外を眺めていた大輔が何かを発見した。
「狼煙?町の煙か何かか?」
「町とは方向が違います。何でしょう。誰かが焚火でもしているのでしょうか」
大輔の声はスチュワートにも届いていたらしく、端的に返答してきた。
「1か所ならそうかもしれないが、複数箇所だしな」
そう、大輔の指摘通り煙が立ち上っている箇所は複数であり、焚火などと言う呑気なものではない気がする。
勿論、大勢で一斉に焚火をしている可能性が0と言う訳でもない。
「そうですね。後程、町に着いた時に聞いてみましょう」
その場では何も解決する事なく、馬車は走り続ける。
山を下り始め、中腹辺りに差し掛かった頃────。
『あら?』
「エレノア、何かあったの?」
『マンドレイク達との通信が切れたわ』
「妨害?」
『恐らく違うわね。距離的な問題ね』
「……?ヴァンくんの家からドリュアスさんまで念話出来たんだよね?距離的にはそっちの方が遠くない?他のマンドレイクがヴァンくんの家の方に偏ってるって事?あれ?でも森全体に配置されてるって言ってたような……。徒歩と馬車だから僕の距離感がバグってる?それとも山の影響で電波が届かないとか?」
『一番近いマンドレイクとの距離の問題ね。ヴァン様の所からドリュアス様まで直接念話していた訳ではなく、他のマンドレイクを経由して情報のやり取りをしていたのよ。だから一番近いマンドレイクとの距離が念話の範囲から外れると通信不能になるのよ』
「へー。じゃあ、意外と念話出来る距離って短いの?」
『短いの感覚によるわね。まあ、ここから今まで通ってきた道の森の端までの距離って考えれば良いわね。それが短いか長いかは瑞希の判断に任せるわ。まあ私は他のマンドレイクより広範囲での送受信は可能だけど、基本1人じゃ意味ないわね』
大輔とスチュワートは先程の煙の話。
瑞希とエレノアは念話の話。
各々が雑談をしている中、順調に馬車は山を下り終えた。
その後、暫く何事も無く馬車は走り続ける。
「町が見えてきました」
漸く町に到着するようだ。
スチュワートの声に反応した瑞希と大輔。
馬車の行く先を眺める。
町の外周が辛うじて見える。
「塀とかに囲まれてるわけじゃないんだな。ナーロッパかと思ったら普通の町だな」
「でも、建物は古い感じだよね。中世ヨーロッパってよりは、PRGの序盤の村感あるね」
瑞希と大輔が好き好きに感想を述べている。
大輔の想像していた町とは違い、外壁も無ければ町を分断するような川も流れていない。
纏まった場所に大小様々な建物が立ち並んでいる至って普通の町である。
「町の広さは序盤の村って規模じゃないけどな。それより地震とか無いんかな?揺れたら一発で崩壊しそうだよな。どうなんだエレノア?」
『地震?あまり聞かないわね。でも、ベヒモスが歩行などでの揺れは日常茶飯事よ。耐震性に問題は無いんじゃないかしら』
「言われてみればそうだな。元々、ベヒモスが歩いて作った道を辿って来たんだったな。あの程度の揺れなら問題ないって事か」
3人が建物の外観などの話をしていると、見る見るうちに町へと近づき、気が付くと見えていた一番外側の家の横を通り過ぎていた。
外壁も無ければ門番も衛兵も居ない。
勿論、町に入る為のしち面倒臭い手続きなども不要。完全に出入り自由である。
ナーロッパを想像していた大輔にとっては肩透かしを食った感は否めない。
町の中は流石に土が剥き出しになっている道は少ない。
石やレンガなど敷き詰められている。
日本の道路に比べれば凸凹道と表現せざるを得ない道だが、ここまでの土を踏み固めただけの街道と比べれば幾分マシとも言える。
馬車は町中を走り続け、一際大きい建物の前で停車した。
「到着致しました」
瑞希、大輔、エレノアの3人は馬車から降りる。
スチュワートも馬車を適当な場所に停車後、3人に合流した。
町に到着した時には黄昏時だったが、現在は建物を赤く染めていた太陽も今では地平線に沈みかけ、夜の帳が下り始めている時間帯。
漸く目的地に到着したのだった。
「予定よりも少し遅くなりました。申し訳ございません」
スチュワートはこのように謝罪しているが、恐らく予定通りか遅くなったと言っても誤差の範囲だろう。
ヴァンの提案で早めに出発したのは正解だったようだ。
スチュワートを先頭に一行は建物内へ入るのであった────。