午餐と誤算があった第53話じゃないのが残念な第63話
瑞希の他愛ない質問から雰囲気が一変した。
厳かな雰囲気に飲まれ神妙な態度を取っていたが、今では和やかな雰囲気に変貌している。
その後はヴァンが瑞希と大輔へこの世界に来る前の生活の質問をしたり、逆に瑞希たちが質問をしたりと雑談をしながら時間を潰した。
雑談を開始してから程無くスチュワートが料理を運んできた。
慣れた手つきで料理を並べ、一礼するとヴァンの後ろで待機状態になる。
心なしかいつもの食事よりも豪勢に感じる。
此処での最後の食事。ヴァン達からの厚情なのだろう。
瑞希と大輔は今回の食事の事や今までお世話になった事に対する軽い謝意を表し食事を開始する。
先程まで雑談をしていた3人だが、食事の時は静かになる。
黙々と食し、昼食も終盤に差し掛かった時、唐突にヴァンが口を開く。
「お主らは昼食後、直ぐに出立する予定か?」
「まあ、荷物も積み終わってるし、その予定だけど何かあるのか?」
「いや、爺に準備させる都合上聞いたのみだ」
「あー、そっか。そうだよね。スチュワートさんの仕事が一段落ついてからで大丈夫だよ。僕たちの準備は完了してるし、声を掛けてくれればいつでも出発できるよ」
「そうか。では、爺もあまり遅くなり過ぎぬよう仕事を切り上げるのだ」
「畏まりました」
出発までの予定を話しつつ食後のデザートを頬張る。
昼食を完食し、スチュワートに手伝いを買って出るも案の定断られてしまった。
少し粘り強く申し出たのだが、スチュワートが首を縦に振る事はなかった。
これ以上の押し問答は時間を無駄にするだけだ。と仕方なく諦めた2人はエレノアの所にいるので出発する時は声を掛けてほしいとだけ言い残し、スチュワートの仕事の邪魔をしないよう外へと出るのであった。
「エレノアー、遊びに来たよー。……ってあれ?居ない?」
いつもなら作物の世話をしている時間帯だが、エレノアの姿はない。
寝床(?)を確認するも埋まっている様子もない。
「居ねーな。ヴァンに他の仕事を頼まれたのかもな」
「そうだね。昨日、一応の挨拶は済ませてるから良いけど、どうしよっか。スチュワートさんにはエレノアの所に居るって言っちゃったしね」
「この周辺に居れば問題ないんじゃないか?ここに居ればエレノアも戻ってくる可能性もあるし一石二鳥だろ」
瑞希も大輔の意見を快諾し、畑の周囲で立ち話をしたり、ぶらついたりして時間を潰した。
到頭エレノアが姿を現す事はなくスチュワートが2人を呼びにやって来た。
最後に顔を見合わせる事無く出発の時間になってしまった────。
馬車に乗り込む瑞希と大輔。
ヴァンが見送りに来ていたものの、やはりエレノアの姿はない。
「エレノアの奴め。何処に行きおった……。用事を頼むつもりだったのだが姿が見えぬ」
どうやらエレノアが不在だった理由はヴァンにはなかったようだ。
私用で出かけたのだろう。
「挨拶は昨日のうちにしておいたんだけど、最後に顔くらい見ておきたかったね。……あ、そうだ。ヴァンくん、記念撮影して良い?ヴァンくんとスチュワートさんも入ってほしいんだけど……。本当はエレノアも居れば良いんだけど……」
瑞希も少し心配そうに私見を述べる。
「構わんぞ。爺、来るが良い」
ヴァンの声かけにより、スチュワートも集合。
瑞希と大輔の間にヴァンとスチュワートが入り、4人での記念撮影。
アングルはいつものアングルである。
「はいチーズ」
「それで良いのか?」
「大丈夫だよ。ほらこれ」
スマホで撮ったばかりの画像をヴァンに見せる瑞希。
「技術もここまで発展しておるのか。以前見たデジカメも素晴らしかったが、更に進化しておるな」
スマホの撮影技術に関心するヴァン。
いつものアングルだと理解しているものの、移り映えが気になり大輔も画像を確認したその時……。
「────あ、エレノア」
屋敷の陰からこちらの様子を伺うエレノアの姿をスマホ内に発見。
本人は上手く隠れているつもりなのだろうが、頭の花が主張しすぎている為、本人が思っているほど上手く隠れてはいない。
しかし、注意深く観察すれば発見出来る程度には隠れられている。大輔が発見出来たのは偶然とも言えよう。
「エレノアよ、何をしておる。こっちに来るのだ」
大輔が指し示した場所に反応し、ヴァンが振り返りエレノアに声を掛ける。
『だって、今までこんな経験した事ないから、別れる時ってどんな顔してどんな事を言えば良いのか分からないんだもの』
ヴァンの側まで近づいてきたエレノアは今の思いをしおらしく述べる。
今まで姿を現さなかった理由は瑞希たちにどう接すれば良いのか分からなかったからのようだ。
「……?何を言っておるのだ?お主も町に行くのだ」
「「『え?』」」
瑞希、大輔、エレノアの3人の声が揃う。
「当たり前であろう。町に着いたとしても取り次ぐ相手と言葉が通じなければ行動出来ぬ。全てを爺に頼んでも良いのだが、お主の方が適材だろう。お主の為の席も用意してある」
ヴァンがキャリッジの扉を開け、植木鉢を指差す。
どうやら存在感のあったあの鉢はエレノアの為の専用席だったようだ。
『でも、作物のお世話は?』
「元々は爺と2人で全てを熟していたのだ。1日や2日、余のみでも問題ない。用が済んだら爺と戻ってくるが良い。町が気に入って少し観光したいのなら、後日商人と一緒に戻ってきても良いぞ。資金は商人に言伝れば余の資金を引き出せるはずだ。好きに使うが良い」
『でも……』
「そんなに嫌なのか?ならば仕方がない。余が直々に出向する他無いか……。エレノアよ、墓地の者が稀に侵入してくる事があるが、言えば分かる者たちだ。くれぐれも危害を加えぬように注意するのだ」
エレノアに最低限の注意事項を告げ、馬車に乗り込もうとするヴァン。
『待って、ヴァン様……。一人で残るのは嫌』
「そうか、余の代わりに行ってくれるか。助かるぞ」
エレノアは了承し大人しく馬車に乗り込んだかのように見えたが、反論らしい反論する間もなくヴァンに背中を押され、促されるがまま乗り込んでしまったと言う表現の方が正しい。
エレノアの真意としてはヴァンと2人で残りたかったのだろう。
突然の宣告に唖然として適切な言葉が出なかったのが残念でならない。
「では爺、皆を頼んだぞ」
半ば強引に乗車させられたエレノアに続き瑞希と大輔も乗車。
全員が乗り込んだ後、ヴァンがキャリッジの扉を閉め、スチュワートに出発の合図を出す。
見送るヴァンを扉の小窓に両手を付き呆然と眺め、声を発する事も出来ずにいるエレノア。
エレノアにどのように声を掛けて良いのか分からず困惑する瑞希と大輔。
エレノアに対する居た堪れなさも相まって何とも言えないキャリッジ内の雰囲気。
そんな状況を知ってか知らずか、馬車は静かに動き出す。
今、スチュワートにエレノアを降ろすように懇願すれば可能だろう。
しかし、下車する事がエレノアの意思を尊重する事になるかどうかは正直な所、瑞希と大輔には判断が難しい。
エレノア本人が何か発言したなら瑞希と大輔もその意見に賛同しただろう。
だが、当のエレノアは放心状態である。
こうして無事(?)瑞希たちは町へ向け出発するのであった────。