異世界で手紙と言えば……な第62話
そして、大輔納得の1枚が撮れるまで更に十数分……。
「まあ、こんなもんかな」
まだ納得出来ていない部分があると言いたげな喋り方だが、大輔は屈託のない笑顔を浮かべており、十分満足したであろうことは容易に想像出来る。
一方、大輔の表情とは相反し、ゲッソリと疲労困憊な表情を見せる瑞希。
同じようなアングル。違いの分からない写真を何十枚と取らされた挙句、納得した1枚が『そのアングル何回も撮ったでしょ……』とツッコミを入れたくなるような平凡な一枚。
勿論、口には出さない。疲労感と脱力感は隠しきれなかったが疲れが堪るのも当然である。
しかし、大輔が満足しているなら良しとしようと割り切る。
荷物の積み込みと馬骨の撮影が終わったものの、昼食の時間には少し早いそんな微妙な時間帯。
どうするかを2人で話し合っていると、ヴァンが屋敷から出てきた。
今日は2人の出発に合わせ、早い起床にしたようだ。
「おお、ここに居ったか」
「あ、ヴァンくんおはよう」
「お主、寝惚けておるのか?直に昼ぞ?」
「あー……。うん。そうなんだけど、そうじゃないんだよね」
「??」
瑞希にとっては朝でも昼でも夜でも寝起きの挨拶は『おはよう』なのである。
そんな瑞希の事情を知る由もないヴァンは瑞希の意味不明な答弁に疑問符を浮かべている。
「まあ、そんな事はどうでも良い。ヴァン、何か用事があって来たんじゃないのか?」
「そうであった。これを渡しておこうと思ってな。爺に渡しても良いのだが、お主らに直接持たせた方が良かろう」
ヴァンは懐から徐に封筒を取り出した。
昨晩言っていた手紙だろう。
受け取った大輔は封筒の裏表を確認する。
表面は何も書いていないが、裏面には封蝋印がある。
「コレ、実物を見るのは初めてだけどカッコイイよな」
受け取った手紙を瑞希に見せながら感想を述べる。
「シーリングスタンプだっけ?手紙なんて書く機会ほぼ無いから使う事も見る事も無いよね。出すとしても年に1回年賀状書くくらいだし、封は必要ないからね」
「封をする機会があったとしても糊かテープだしな」
2人とも手紙の中身より、封蝋印に興味津々のようだ。
「開けるでないぞ」
「言われんでも開けんわ」
蝋封に触れる2人の行動に不安を覚えたのであろう、ヴァンが注意をする。
勿論、蝋封の意味くらいは瑞希と大輔も理解しているので手紙を開封するつもりは毛頭ない。
「ヴァンくん、これって誰に渡せば良いの?」
「商会の者なら誰でも良かろう。分からぬようなら商会長か商人に渡せと言伝れば良い。爺に任せても良いぞ。その時は爺に仲介を頼むが良い」
「了解。で、話は少し変わるんだが、スチュワートはいつまでついてくる予定なんだ?別れるタイミングによっては頼むタイミングも変わるからな」
「今晩は向こうに宿泊させ、翌日帰還させる予定だ」
「じゃあ時間的な余裕は十分にあるな。異種族との交流もしてみたいし、1回挑戦して駄目そうならスチュワートに頼む事にするわ」
「うむ。好きにするが良い。他に質問はあるか?」
「質問は無いが、馬骨本当にいたんだな」
「何処で世話をしているかは余も知らぬが爺が豢擾しておると言うたろう」
「勘定……?まあ、それはそうだが、実物見るまで半信半疑だったって話だ。おかげ様で良い写真が撮れたぜ」
「そうか。楽しんでもらえたようで何よりだ。今は無くとも何か疑問に思う事があったら爺に訊ねるが良い。……おっと、1つ言い忘れておった。今日の昼食は少し早め済ませると良い。出立が遅れると到着が遅くなる。夜になってからだと色々と不便だからな」
そう言い残すとヴァンは屋敷へと戻るのであった────。
ヴァンからの手紙を瑞希のバッグに仕舞い、暫時話し合った結果、食堂へと向かう事にした瑞希と大輔。
ヴァンの忠告を聞き、早めに食事を摂る事に決めたのだ。
食堂に着き、昼食の準備中だったスチュワートに事の成り行きを説明する。
「はい。坊ちゃまから伺っております。本日は坊ちゃまも食事をご一緒したいと申しておりました」
瑞希たちと食事をする最後の機会。
ヴァンも思う所があるのだろう。
瑞希たちはスチュワートの申し入れを快諾し、昼食の準備が完了するまで食堂で雑談をし時間を潰す事となった。
因みに、昼食の準備を手伝うと買って出たのだが、(主に瑞希が)戦力外通告を言い渡されてしまった。
これはスチュワートの本心ではなく、瑞希たちにゆっくりと過ごしてほしいと言う心遣いから来るものだろう。
更に昼食の準備は直に完了するのでヴァンが日頃使用している方の食堂へと移動してほしい旨を伝えられる。
手伝いが不要と言われた以上、スチュワートの指示に従う他あるまい。と2人は大人しく移動を開始したのであった。
ヴァンが日頃食事をしている部屋の前に到着し、ドアをノックする。
中からの応答はない。
ドアを押してみたところ、鍵はかかっておらず、何の抵抗も無くドアは開かれた。
一瞬顔を見合わせる瑞希と大輔。
入って良いものかどうか考えたのだが、スチュワートに移動する様に指示を受けているので入っても問題ないだろうと結論付けた。
2人は普段ヴァンが使用している席を避け、向かい合うように着席する。
食堂の厳かな雰囲気も相まって、騒がしくお喋りをする雰囲気ではない。
暫時向かい合ったまま沈黙する瑞希と大輔であったが、徐にドアが開け放たれた。
無言のまま食堂に入り、いつもの席に座るヴァン。
ヴァンが一言も発しないまま着席したので未だに食堂内は沈黙に包まれている。
少し話し難い雰囲気はあったものの、意を決し瑞希が口を開く。
「ヴァンくん、1つ聞きたい事があったんだけど良い?」
「余に答えられる範囲でなら良いぞ」
「ヴァンくんは何で僕たちに親切にしてくれるの?今まで宿泊させてくれた事もそうだし、今日も町まで送ってくれるでしょ?」
「む?最初に話しておらぬか?血の提供を受けた礼だ」
「瑞希が言いたいのはその対価が見合ってねーって話だと思うんだが」
「そうか……?では、更なる提供をしてくれると?」
ヴァンが徐に懐へと手を伸ばす。
恐らくナイフを取り出そうとしているのだろう。
「いえ、大輔がそう言ってるだけです。僕は単に親切な人だなって疑問に思っただけです」
自傷行為を拒否し、大輔へと責任転嫁する。
「そうか。大輔、お主の血でも歓迎だぞ」
「あ、ずりーぞ瑞希。俺は瑞希の思いを代弁しただけだ」
「フフッ……。冗談だ。無理強いするつもりはない。お主ら以外の人間も色々な物を余に提供してきた歴史がある。人間を助けるのは余の趣味の様なものだ。あまり気にするでない」
懐に入れた手を元に戻しながらヴァンは説明を続けた。
ヴァンの説明は理解出来るが釈然としない部分もある。
何か裏があるのでは?と勘繰りたくなるが、今までの生活が何事も無かったので杞憂に終わりそうな気もする。
多少モヤモヤする気持ちを抱えつつ、ヴァンの説明に納得するほかない瑞希であった────。