出発準備をしつつ異世界でもスマホを使い続ける事が出来る理由付けの第61話
────翌朝。
いつも通り、大輔の朝は瑞希を起こす作業から始まる。
瑞希の部屋の前で立ち止まり、ドアをノックする。
しかし、いつもと違う。今日は部屋の中から返事があったのだ。
「今、開けるから少し待ってて」
流石の瑞希も出発日に二度寝をするほどの考えなしではないようだ。
数秒後にドアが開き「おはよ」と呑気な声を掛けながら瑞希が廊下に出てきた。
食堂へ入り、いつもの席に座る。
そして、いつも通りスチュワートが食事を並べてくれる。
「門の所に馬車を止めてあります。先に荷物を運び入れる際は鍵を開けてありますのでご自由に搬入してください」
「ありがとうございます」
「馬車って言えば馬骨で引くって話だよな。馬骨も待機してるのか?」
「はい。左様にございます」
「触ったり撮影したりしたいんだが大丈夫か?」
「過度な刺激を加えなければ問題ないかと。キャリッジがございますので心配はないかと思いますが、馬骨の後方に立つと蹴られる恐れがあります。その点だけご留意ください」
「まあ、背後に立つと危険なのは普通の馬と同じだな。了解」
その後は普段通り食事をし、皿洗いを申し出たが今日は出発の準備を最優先にしてほしいと断られてしまった。
瑞希と大輔も皿洗い1つの事で意地になり手伝いを申し出る程のものではないだろう。と遠慮なくスチュワートの指示に従う事にした。
部屋に戻った2人は早速荷物をまとめ馬車に詰め込もうと外へ出る。
キャリッジに荷物を積もうとした時、土の詰まった大きめの植木鉢が隅角に置いてある事に気が付いた。
「植木鉢?……大輔何か聞いてる?」
瑞希が何とはなしに呟く。
今日は朝から大輔と一緒に行動していたので大輔もこの植木鉢が何なのかは知らないだろう事は瑞希も理解はしている。
だが、念の為に質問だけはしてみようと考えたのだろう。もしかしたら話題作りの一環だったのかもしれない。
「何だろうな。余った土を売るとか何か売り物の植物とかじゃね?オウキーニの所にも行くんだし。まあ、何にしろ気にしたって仕方ないだろ。不要ならスチュワートが片付けるだろ」
「そうだね」
近くに瑞希と大輔以外居ないので他に聞く当てもない。
今は気にしても仕方がないと割り切り、荷物を積み込む。
植木鉢があっても余裕で2人が座れるだけのスペースはある。
大きめの植木鉢だったので存在感はあったものの気にするだけ無駄だったようだ。
「さて、お待ちかねの記念撮影だ。さっさと行くぞ」
門を潜る時、遠目ではチラッと見えた馬骨。
荷物を積み込む際も首より先は確認出来ていたが、その全貌を拝むのは時が漸く来た。
期待に胸を膨らませている大輔は瑞希の腕を引っ張るようにして馬車の前方へと移動をする。
「うおーー!マジモンだ!スゲー!マジで骨!」
感動と興奮のあまり語彙力が残念な事になっている。
「どうどう……。落ち着いて」
目の前に居るのは馬だが、宥めるべき相手は大輔だ。
瑞希も大輔の興奮に当てられ多少混乱しているようだ。
「触っても大丈夫かな?噛まれねーかな?」
少しは冷静さを取り戻したようだが、大輔の鼻息はまだ荒い。
「まずは撮影しよう。馬骨単独……?って言うか2匹のアングルで撮る?大輔も一緒に映る?」
瑞希に問われ、一瞬だけ考える……。
「両方だな。どっちかに絞る必要はない」
大輔の言う通りである。
時間は十分にある。自分たちが満足するまで撮れば良いだけの話だ。
「だね。じゃあ、大輔馬骨の横に立って。どんな感じのアングルにしたいか試し撮りしよう」
「せっかくだし、俺のスマホに……」
大輔はズボンのポケットに手を伸ばし、スマホを取り出そうとした手を引っ込めた。
「どうしたの?」
「いや、電池切れてたんだった」
そう、こちらの世界に着いて以降スマホの充電が出来なかった。大輔のスマホのバッテリーの残量は0。
つまり、大輔のスマホでは撮影が不可能だった。
「何だ。そんな事?早く言ってくれればよかったのに」
そう言うと瑞希はキャリッジに積んだバッグからモバイルバッテリーを持ってきた。
「良いのか?」
「良いよ。撮影終わったら返してね。そしたらバッテリーと交換で充電器貸してあげるから。僕のスマホで撮影して後で大輔のスマホに送っても良いよ。好きな方選んで」
「自分のスマホで撮影出来るなら、それが一番。……ん?充電器?プラグ無いぞ?」
「大丈夫。僕の使ってるのはサバイバル用?で、太陽光で発電出来るから。電卓とかについてるやつの少し大きいバージョンって感じ。まあ、この大きさだから充電に時間は掛かるけどね。バッテリー切れる前に相談してくれれば貸したのに」
瑞希はポケットから出ている小さいソーラーバッテリーを軽く摘みアピールする。
ポケットから出しているだけでも多少は充電の足しになるのだろう。
瑞希の口振りから推測するに、瑞希のスマホのバッテリーは十分残っていると言う事だ。
但しポケットから出ている充電器を今渡さないのは充電中なのか他の理由があるのかは不明である。
しかし、充電の心配がなくなった事に違いはない。大輔は瑞希に軽い礼を言い、気兼ねなく記念撮影を開始したのだった。
顔のアップから始まり全体像、キャリッジの有無や角度調整などなど……。
馬骨の画像だけでフォルダ内が一杯になるのではと心配になるほどの撮影量である。
一方、瑞希は1枚記念に撮影をしただけで満足してしまっている。
まあ、大輔の方は後で整理するのだろう。……たぶん。
それよりも撮影中は「ヤバイ」「カッコイイ」「スゲー」が語彙の9割以上を占めている。この語彙力の無さを心配した方がよさそうだ。
小さい頃から間近で大輔を見てきた瑞希ですら今の大輔の反応にはドン引きである。
瑞希と大輔の興奮具合の違いは怪談話好きか妖怪好きかの違いなのかもしれない。
そもそも馬骨と言う妖怪を瑞希が知らなかったのも温度差の違いの一因としてあるだろう。
現に剣を撮影していた時は瑞希も盛り上がっていたのだ。有名でカッコイイ妖怪やモンスターの類なら瑞希の反応も変わっていたかもしれない。
そんな大輔の撮影風景を『飽きもせずに続けられるな』と考えながら傍観している瑞希だが、十数分もの間ボケーっと大輔の撮影を眺めている瑞希も瑞希である。
「よしOK。瑞希、馬骨と一緒の写真撮って」
やっと満足したのか、大輔は瑞希に声を掛ける。
完全に油断をしていた瑞希は急に声を掛けられビクッと反応してしまう。
一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、撮影に一区切りついたのだと理解した。
瑞希は大輔の横へ移動すると取り敢えずいつものアングル(瑞希と大輔の間に馬骨の顔)で一枚。
その後は大輔のスマホで大輔が満足する1枚が撮れるまで試行錯誤を繰り返すのであった────。
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