出発の日時が決まり、別れの挨拶をする第60話
夜も更け、情報収集も粗方完了した瑞希と大輔。
部屋に戻る途中、大輔が瑞希に話し掛けた。
「出発の日についてなんだけど、早い方が良いよな」
「そうだね。いつまでもここにお世話になる訳にもいかないからね。でも、町まで送ってくれるってヴァンくんは言ってたし、そこは甘えたいよね」
「だな」
「だとすると、スチュワートさんが馬骨を連れて来てくれるまでの時間で1日?最短でも明後日かな。……あ、それとエレノアにも日程が決まったら報告とお別れの挨拶しないとね」
「まあ、エレノアには軽く報告してあるし、極論出発当日でも問題は無いだろう」
意外と律儀な瑞希と淡泊な大輔とで意見が分かれているが、2人とも眠いのだろう。
部屋の前に就いた2人は「細かい事はまた明日」とそれぞれの部屋へと姿を消していった。
翌朝────。
いつものように瑞希の部屋のドアがノックされる。
「瑞希―起きろー」
ノック音に気が付き、一度は目覚めた瑞希であったが「んあ?」と間抜けな声を出したかと思うと頭から毛布を被り二度寝の態勢に入った。
大輔もここ数日で瑞希の朝の行動が手に取るように理解出来ていた。
(また二度寝してるな……。駅とか野宿とか寝覚め良かったのに……。あいつに布団を与えたら駄目だな)
猫にコタツ、冬の早朝に羽毛布団、瑞希に布団睡眠などと下らない事を考えながら大輔は数秒間悩んだものの、このままでは埒が明かないと判断をし、ドアを開け放ち部屋へと侵入する。
日に日に悩んでから行動に移すまでの時間は短くなっている。
この調子だとノックしても起きるとは考えず、始めから強硬手段に出る日もそう遠くなさそうだ。
そして例の如く瑞希から毛布を剥ぎ取る。
瑞希がベッドに腰かけ、目を擦るのを確認した大輔は「先に食堂行ってるぞー」と一声かけ部屋を後にした。
大輔が食堂に到着して暫く後、瑞希が欠伸をしながら食堂に入る。
完全に目が醒めていないのだろう。席に座るや否や伸びをし、首をグルグルと回している。
瑞希の様子から推測するに筋肉痛の症状は大分和らいでいるように見える。
そして、いつものようにスチュワートが食事を並べる。
朝食を終え、スチュワートに手伝いを申し出、頼まれた軽作業を終える。
いつもならこの後、暇つぶしを兼ねてエレノアの下で念話の練習に励むのだが、今日は違った。
大輔の提案で出立の日時を決める流れとなった。
当初問題となっていた食糧問題についてはヴァンが馬車を出してくれると言う事で解決している。
次に問題となっているのは言葉の壁だ。
これについてもヴァンがオウキーニの所属している商会に一筆認めると言う事である程度は解決出来るとの事だ。
そして、最大の問題とされているのは此処を出た後からの暮らしについてだ。
ヴァン曰く「一筆認めているから問題ないだろう」の一点張りである。この言葉をどの程度信じて良いのかは疑問が残る。
よって、現在、瑞希と大輔は万が一に備えて危機的状況に陥った場合の行動パターンについての話し合いがメインテーマとなっている。
「────。ヴァンくんが町中は安全だって言ってたけど、ヴァンくんにとっては安全でも僕たちにとってはそうでもないって可能性もあるからね」
「だよな。最近は日本の治安も悪くなってきているとは言え、暴漢の1人とすら対峙した事の無い俺たちとゴーレムの攻撃を軽々と受け止めるヴァンとじゃあ比べるだけ無駄だよな」
「だよね。だから、町に着いてからは安全性が確保出来るまで単独行動は禁止した方が良いよね」
「だな。あとはヴァンが『一筆認める』で全て解決してた節があるが、その一筆とやらもどの程度信じて良いのかも疑問だしな。最悪町に着いた瞬間『即解散で頼る当ても無し』って事も考えておかないとな」
「その時はどうするの?」
「ん~……どうするべきなんだろうな。獣の檻に閉じ込められた羊と考えて一刻も早く町の外に逃げるべきか、助けを求める為にオウキーニを探すのが安全なのか……」
実際の所は行ってみなければ分からない。
しかし、その後も色々な場面を想像した対策会議(?)は続くのであった────。
そして、お昼を過ぎ、小腹も好き始めた頃、対策会議にも飽き始めた2人は食堂へと向かう。
食事中の会話は対策会議から町へ向かう日程についてに変化していた。
スチュワートが目の前に居たので骨馬の確保にどの程度の時間を要するのか聞いてみたところ『遠くに居なければ呼べばすぐ来る』『遠くに居ても憩いの場は把握しているので2~3数時間もあれば』との返答があり、キャリッジ部分についても日頃から手入れは怠っていないので直ぐにでも使用可能との事だった。
その後も食事をしながら話し合った結果、少し図々しいと思いながらも明日の昼食を食べた後で出発した旨をスチュワートに伝えた。
スチュワートは「坊ちゃまにも伝えておきます」と嫌な顔1つ見せずに快諾してくれた。
食堂を後にした2人が向かった先はエレノアの居る菜園。
どうやら朝のルーチンワークを終え地中で休憩中のようだ。
地中から出ているエレノアの頭の花の近くに座り、エレノアに声を掛ける。
「エレノアー。僕たち、明日の昼過ぎにここを出ていくことにしたよ」
「あら、意外と早く決定したのね。短い間だったけど楽しかったわ。嘘でも明日から寂しくなるわねとか言った方が良いかしら?」
地面から頭をヒョコっと出したエレノアが返事をする。
「社交辞令は必要ないだろ。ヴァンと仲良くやれよ」
明らかに心にもない言葉を口にしたように見えたエレノアだが、大輔のあっさりした返答を聞き何も言い返してこない。
軽口を叩き強がってはいるものの、本心ではどこか寂しさを感じているのかもしれない。
想い人の近くに住める事になったとはいえ、見知らぬ土地へ移り住んだのだ。急激に生活環境が変化した事に変わりなかった。
そして瑞希とも大輔とも数日前まで面識はなかったものの、移り住んでからは2人がエレノアの話し相手兼世話係と言える存在だった事は間違いない。
そんな2人がこの地を去るのだ。何の感情も湧かない方が無理とも言えよう。
「まあ、あんたたちに言われるまでも無い事ね。……それで、今日も練習するの?」
「ごめんね。今日はこれから荷物をまとめたり片付けしたり明日の準備があるからエレノアに挨拶しに来ただけだよ」
『ふーん……。私とヴァン様の輝かしい未来の為にも邪魔者はさっさと出ていけば良いのよ。アンタたちが居なくなって清々するわ』
威勢の良い事を言ってはいるものの、心なしかいつもの様な元気よさはない。
やはり寂しさを誤魔化す為に態と素っ気ない態度を取っているように見える。
「ははは……。じゃあねエレノア。元気でね」
瑞希もエレノアの変化に気が付いているのだろう。
エレノアの言葉を鵜呑みにせず、乾いた笑いで誤魔化しながら別れの挨拶をする。
「じゃあな。明日の朝、時間があるようならまた顔出すから元気出せよ」
『な、なに言ってんのあんたたちが居なくなって清々するって言ってんでしょ。私は元気よ。さっさと行きなさい。シッシッ』
最後まで強がるエレノア。
「大輔、じゃあ、行こうか」
「そだな。エレノア達者でな」
こうして2人はエレノアの下を去った。
『あんたたちも元気でやんなさいよ……』
2人がエレノアから少し離れた時、消え入りそうな声ではあったが確実にエレノアの声が聞こえた気がした。
恐らくこれは気のせいではないだろう。
その証拠に2人は同じタイミングで顔を見合わせた。
そして2人はエレノアの意向を尊重し、振り返る事無く速やかにその場を後にした。
しかし、エレノアが2人を突き放すような態度は本心ではないと理解していても寂しさを感じていたのだろう。
今はエレノアの下を去る時の寂しげな表情とは違い、2人はニヤニヤと笑みを隠せずにいたのであった────。
次回投稿は2025年2月1日(20時予定)