夜の心霊スポット巡りと雰囲気も相まって登場人物のテンションが上がり始める第6話
「ふー……。食った食った。ごちそうさまでした」
「うん。病院に行く前にコンビニ寄って」
「OK。何買うの?」
「何となく〆にアイスが食べたくなったからアイス。後は飲み物とか適当に買いたくなったもの買うかも」
「じゃあ、取り敢えず、病院の方向だけナビして。途中でコンビニ見つけたら寄る感じで」
車に乗り込み夕食後の心霊スポット巡りを再開。
後半戦1軒目の廃病院へ到着。
電気などのライフラインは当然の如く止まっており、ヘッドライトの明かを消し、エンジンを切ると周囲は暗闇に包まれた。
瑞希は車内のルームランプを付け、持参したバッグから懐中電灯を取り出す。
数回カチカチとスイッチのON、OFFを繰り返し正常に動作する事を確認した。
「良好、良好。じゃあ、行こうか」
昼間よりも一段と楽しそうな反応を見せる瑞希。
心霊スポット巡りが趣味の人間としては夜の心霊スポットはテンションが上がるのだろう。
病院の正面出入口付近。キャノピーの下から病院内のエントランスを懐中電灯で照らし、中の様子を確認する。
「なんでここに車止めなかったの?」
少し離れた位置にある駐車場に停車させた大輔に対し、瑞希は素朴な疑問を持ったのだろう。
とは言え、車を停車させた位置から100m程しか離れてはいない。
駐車位置は特に気にする必要もない事だが、黙って探索するのも面白くないので単なる話題作りの一面も大いにある。
「ほら、万が一にでも他の人が来て車に悪戯されるとか驚かされるとかも嫌じゃん?正面玄関の真ん前に止めるよりは良いかなって。あと、先客がいるって思われて帰られるのも申し訳ないし。まあ、そんな感じ」
「そうだよね。廃病院なんだから律儀に駐車場に止める必要なんてないんだから何も考えてない訳ないよね」
「……」
瑞希に指摘され出入り口付近にビタ付けすれば良かったと考えたが、正直に言うのが恥ずかしく色々と言い訳はしていたが、大輔としては考え無しに駐車場に止めた他ない。
その証拠に瑞希の何気ない一言で図星を突かれ反論の余地なく黙る以外の選択肢が無かった。
「うわー……。やっぱり真っ暗だね」
大輔の事は気にせず、扉の前まで移動をする瑞希。
当然ながら電気は通っていない。
「侵入するん?」
扉と言っても以前はガラスがはめ込まれていた形跡があるだけなので歩を進めるだけで院内への侵入は容易に出来る。
瑞希のテンションや言動から鑑みるに侵入する事は確定だろう。
但し、食事時の会話では特に心霊現象の類はない。ここは只の雰囲気だけの心霊スポット。
瑞希が残りの2つの心霊スポットに時間を割きたいと考えている場合、この廃病院は見て満足する可能性もある。
しかし、わざわざ食後に回る予定を立てていた事を考えるとその可能性は低いだろう。
「もちろん。でも1階フロアを軽く回るだけね。地上3階、地下も1階あるみたいだけど、地下に霊安室があったって話もないし、元々地下はMRIとかCT、X線とかの大きめの機械を使用する部屋だったって話。特に面白い話は無かったし、壁とか階段とか脆くなって危険って話だからね」
案の定、中の様子を見るらしい。
大輔は不法侵入になる後ろめたさもあり、建物内への侵入はあまり好ましく思っていない。
だがしかし、瑞希が侵入すると主張する時は余程身の危険を感じるとき以外は共に行動をする。
『瑞希が侵入したがっていた』『瑞希の後をついて行っただけ』と言う免罪符を手にしたいだけなのだ。
『赤信号、みんなで渡れば怖くない』と同様の思想を持っているだけで心霊スポット(特に建物内)に興味が無い訳ではない。
寧ろ興味津々。何なら、いつも瑞希よりも前に出て探索をしたいと思っているくらいだ。
単に言い訳をしたいがために瑞希への確認を怠らないようにしているのだった。
「はいはい。了解」
多少呆れ気味な反応を言葉に乗せる。大輔の返答の仕方では『あーハイハイ。やっぱり中に入るんだな』と言うニュアンスが含まれているように聞き取れる。
しかし残念な事に発する声のトーンは誤魔化せても無意識化の行動に本心が滲み出てしまい、声のトーンに反し大輔は意気揚々と1歩を踏み出している。
病院のエントランスまで歩を進めた瑞希だが、急に立ち止まり周囲を懐中電灯で照らし何かを探している。
「フロアマップ見てこなかったから何処に何があるか分からない……。どっちに進む?」
どうやら案内図を探していたようだが、残念な事に経年劣化の所為か盗まれたのか、将又廃業時に処分されたのか。理由は不明だが、瑞希の求めるものは見つからなかった。
「建物の形から考えると多分左側は直ぐ行き止まりになるな。行き止まりの先に階段とかエレベーターがある可能性もあるし、単に診察室とかが並んでるだけかもしれないけど、どうせ1階は全部回る予定なんだし順路は気にしなくても良くない?左手法を使って1周しても良いし、瑞希の好きにして良いぞ」
「左手法って迷路攻略のやつ?……まあ、それでもいっか。じゃあ、入り口から左手法で」瑞希はそう言うと律儀に数メートル少し引き返し、入口から壁伝いに院内の探索を開始する。
少し進むと小さな部屋が幾つか並んだ空間に出た。
恐らく、少し広めの空間は待合室で小部屋は診察室だろう。
診察室の扉はほとんどが外されたのか壊されたのか紛失し、ドアがあった形跡のみ見受けられる。
唯一1部屋のみドア付きの部屋があったが、建付けが相当悪くなっている所為でビクともしなかった。
残りの部屋は中を照らし確認してみるものの机や椅子の類は撤去されていて何もない。
「奥の通路って医者用の通路かな?」
「だろうな。何もないとは思うけど、全部繋がってると思うから裏から回ればドアの部屋にも行けるかもしれないぞ」
「たぶん空っぽだろうけど言っても良い?」
「回ったとしても数分だし、瑞希がトンネルに行きたい時間までの余裕があるなら好きに回って。俺は付いて行くだけだし」
「それもそうだね。じゃあ行こう」
瑞希は大輔の意見に賛同し、意気揚々と歩を進める。
スタッフ専用通路に入り、扉が開かなかった部屋の裏手に回る。
大輔の読み通り、無事部屋への侵入に成功した。
「何もないね」
「だな」
表からは扉こそ開かなかったが、他の部屋と構造は同じで室内の荷物も撤去されている。
2人が言うように何もない空間だった。
一通り周辺を見て回った後、エントランスに戻り左手法に従い進む。
次は正面玄関から真っ直ぐ進んだ位置にある通路を進むことになる。
少し進むと売店と自動販売機があったと思しき場所とトイレがあった。
「何か誰もいないって分かってても女子トイレに入るのってドキドキするね」
下らない考えを口にしながら瑞希は女子トイレへ侵入する。
個室6室。一部ドアが壊れているものもある。
「閉まってるドアがあれば面白かったんだけど残念」
瑞希が言うように全てのドアは開け放たれている。
瑞希が何をしたかったのかを理解した大輔は行動に移る。
トントントン
個室トイレの仕切りを軽く3回ノック。
「はーなこさん」
そう、学校の怪談などではメジャーな『花子さん』である。
数秒待ったが、勿論返事は無い。
「はーい……」
瑞希は大輔の意を酌み、裏声且つか細い声で返事をする。
2人の視線が合い、笑い合う。
トイレを後にし、先に進むとエレベーターと階段が見えてきた。
「本当に結構ボロボロだな」
「階段自体は大丈夫だと思うけど、手すりとか危なそうだよね。ちょっと他の階も見たいけど、心霊現象とかは無いみたいだし今日は引きかえs……」
カチッ────。
「あれ?懐中電灯が……」
瑞希が持っていた懐中電灯の灯りが消える。
大輔は冷静にスマホを取り出し、ライトをつける。
「いやいや、思いっきり電源押す音聞こえてるから」
「やっぱりノック式だとダメか。スライド式の懐中電灯にしておけばよかった……」
悪戯に失敗した瑞希は「たはは……」と誤魔化し笑いをしながら反省の弁を述べる。
悪戯に失敗したことを反省してはいるものの、悪戯した事に関しては全く悪びれる様子はない。
大輔は瑞希の行動に呆れながらも心霊スポットならではの悪戯だった事もあり、自分を楽しませようとしてくれたのだと納得をし、必要以上に瑞希の事を攻めたりせずに先に進むことにした。
その後は瑞希もスマホでライトをつけて歩いた事で何事もなく病院の探索は終了し、外に出て感想を述べあっている。
「2つ光源があると明るすぎて雰囲気無くなるね」
「瑞希が悪戯したのが悪いんだろ」
「ゴメンって」
「まあ、ここは雰囲気だけのスポットなんだし良いんじゃない?次行こ次」
「うん。……あっ、でも、最後に記念撮影」
瑞希は自撮り棒をセットし、正面玄関で2人並んで仲良く撮影。
昔から心霊スポットの記念と称し2人で撮影する事は多いが、背景に変化はあるものの構図は大して変わらない。
赤の他人が見ると何故同じような写真を撮っているのか疑問に持つだろう。
車に乗り込んだ2人は雑談を交えつつ、次の目的地へ向かう。