帰還して紹介しただけの第46話
帰り道は寄り道もせず、これと言ったアクシデントも起きぬままヴァンの館に到着した。
「スチュワート、戻ったぞ」
門付近で掃除をしていたスチュワートを発見したヴァンが唐突に声を掛ける。
「すちゅわーと……?」
いつもの『爺』ではなく、聞きなれない呼び方に困惑する老人。
「うむ。今日から主はスチュワートじゃ。瑞希たちはそう呼ぶと決めたらしいので対応よろしく頼むぞ」
「スチュワートですね。畏まりました」
「改めてよろしくね。スチュワートさん」
「こちらこそよろしくお願いします。して、そちらの御仁は?」
ヴァンの後ろでフヨフヨと浮いているエレノアの存在に気が付いたスチュワートが誰とはなしに質問をする。
「うむ。ドリュアスから預かったマンドレイクのエレノアだ。今日から庭の管理……特に植物を専門に働いてもらうつもりでいる。いつも多忙な所申し訳ないが、当面教育を頼む」
「畏まりました。エレノア様はいつから労働に従事される予定でしょうか?」
「明後日……いや、土の入れ替えからで構わぬ。それまでは余が屋敷内の案内などをしておく」
『ヴァン様直々に私たちの愛の巣の案内を買って出ていただけるだなんて。照れてしまいますわ』
「「「……」」」
「……はい?」
エレノアが同行してからずっとこの調子なのでエレノアの妄言には基本触れない事にした3人。
そして、黙りこくった3人を見て何かを察したスチュワート。3人に倣い黙認しようとも考えたのだが、苛立ちと呆れの為、無意識に一言漏れてしまっていた。
「では、そう言う事だ。よろしく頼むぞ」
スチュワートの普段と違う雰囲気を察したヴァンはエレノアの手を掴むとそそくさとスチュワートの側を離れようとするのであった。
『やだ……。ヴァン様ってば強引なんだから』
「「「「……」」」」
その場には1人勘違いするエレノア。落胆し肩を落とすヴァン。呆れる瑞希と大輔。そして前途多難な様相に頭を抱えるスチュワートと言う何とも表現しがたい混沌とした雰囲気だけが残されたであった────。
門を抜け、屋敷の入り口まで歩く道中……。
「あれ?元通りになってる」
「本当だ。あの猫商人が根こそぎ持って行ったはずだよな」
「必要以上に実る事は無いが、収穫されても直ぐ実る。数日で実ると言うたはずだが?」
「確かに出発する時にそんな事を言ってた気もするけど、未熟だったものが完熟する程度にしか思ってなかったから凄いねって話だよ」
『物凄い多くの魔力を含んだ肥沃な土地のおかげね。ここの土壌に比べれば私たちが住んでいた場所は荒蕪地と言わざるを得ないわね。この土を寝床に出来たら、さぞ幸せな生活を送れる事でしょう』
「むっ?エレノア、お主の部屋も用意するつもりであったが、外の方が良いのか?他の植物の発育を邪魔しなければ好きにして良いぞ」
『本当ですか!?ヴァン様ありがとうございます』
目をキラキラと輝かせ、ヴァンにお礼を言うエレノア。
物は試しと言わんばかりに早速頭の花の部分を残し土に埋まる。
『魔力も補給出来る上に休息も可能だなんて最高!極楽がこんな近場にあったなんて。ヴァン様、定期的に水やりもお願いします』
「いや、お主は水やりをする側だ。しっかり他の植物の世話をするのだぞ。主は動けるであろう。自分の水は自分で取りに行くが良い」
地面からヒョコっと顔だけを出したエレノアは信じられないものを見るかのようにヴァンを見つめている。
ヴァンとしては元々そう言う契約なので当たり前の事を言っているまでだ。
ニートを養う気は一切無いと言う強い意志は伝わってくる。
『まあ、よろしいですわ。ここを安住の地に出来るだけで良しとしておきましょう。……今の所は』
最後に不穏な一言を残したエレノアであるが、現状に納得しているようだ。
「それと、汚れたまま屋敷内をうろつかぬようにな。地面に潜って寝るのは良いが屋敷内に用がある時は土を落としきってからにしてくれ」
『それは心配に及びませんわ』
そう言うとエレノアは地面から這い出るとクルリと1回転する。
ヴァン達と出会った時もそうだが、エレノアの服や体に汚れは一切確認出来ない。
『この通りですわ』
「土の中で生活しても土つかないんだね。すごいね」
『この程度の事出来て当然ですわ』
瑞希に褒められたエレノアは得意気な表情を見せる。
態度には出していないが、嬉しそうである。
「杞憂であったか。それなら問題ない。爺の負担を減らす為の人員が新たな仕事を作っては本末転倒だからな」
こうして無事、エレノアの寝床も決定し、その後はエレノアの為に敷地内の案内に移ったのであった────。