改めて言葉が通じるのは便利だと思う第43話
「ドリュアスが言うにはこの辺りのはずだが……」
森の中を歩く事10分弱。
ヴァンがキョロキョロと周囲を見渡し何かを探している。
ドリュアスに依頼されたマンドレイクがこの周辺にいるのだろう。
「アレじゃない?」
ヴァンが周囲を探索し始めたので一緒に探索をしていた瑞希が何かを見つけたようだ。
瑞希の指差す方向には風景とそぐわない紫色の花がポツンと咲いていた。
緑の雑草が多い中、毒々しい紫色の花が異彩を放っている。
……が、その紫色の花も萎れかけていて元気が無いように感じられる。
「それじゃ、良う見つけた」
ヴァンはマンドレイクと思しき花に近づくと花の近くの地面を数回叩きながら声を掛ける。
「ドリュアスに依頼された者だ。生きておるか?」
「Θορυβώδης」
「Συγγνώμη. Έχω μια ιστορία」
モゾモゾと花の周囲の土が動くと花の下から40cm程の病弱そうな痩せ細った少女が姿を現した。
頭の上に紫の花が残っている事から、この少女がマンドレイクなのは間違いないだろう。
「Ω όμορφος άντρας」
マンドレイクは地面から出てきたと思えばヴァンの足元にしがみ付く。
ヴァンが鬱陶しそうに軽く足を振るも一向に離れようとしない。
しかし、マンドレイクがヴァンの足にしがみ付いた事により、マンドレイクの花に変化があった。
萎れかけていた頭の花が元気を取り戻していた。
今では花の先端までピンとしている状態まで回復し、毒々かった紫色の花も鮮やかな青紫へと変化ている。
そして、花の下の本体(?)も血色が良くなり、やや細身ではあるものの標準体型まで回復している。
「Τι διάολο……Εκπληκτικά όμορφος.Υψηλής ποιότητας μαγική δύναμη. Υπιστρέψει στη ζωή」
「何て?」
「上質な魔力だと言うておる。あと生き返るとも言っておるな。風呂にでも入ったのか?」
マンドレイクはヴァンの事をイケメンだとも評価していたのだがヴァンは翻訳不要と判断をし瑞希たちには伝えなかった。
「いや、見るからに死にかけだったから、それは比喩表現ちゃうやろ」
「ふむ……。そうか」
「あれ?ヴァンくんって魔法使えないんじゃ……」
『それで、私に何の用かしら?』
「おっ、何か脳内に直接」
マンドレイクと思しき少女の声が瑞希と大輔の脳内に響き渡る。
マンドレイクの声の所為で瑞希の疑問は解決されぬまま流されてしまった。
『この方と違い、言葉の通じなそうなあなた達にも分かるようにしてあげたのよ。感謝しなさい』
「ヴァンくん知り合いだったの?」
「いや、初対面だ」
『あなた!ヴァン様のお手を煩わせるような質問は控えなさい』
「えー……」
「そんな事より、この能力があるなら『ファミ〇キください』って言ってみてくれ」
『何よそれ』
「何と言われても説明しがたいんだがヴァンが喜ぶぞ」
完全な嘘である。
単に大輔がネタの為にやってほしいだけである。
『仕方ないわね。1回だけよ。……ファミ〇キください』
そんな事とは露知らず、ヴァンの為になるならと快諾するマンドレイク。
ヴァンは大輔の発言を否定しようと口を開いていたのだが、ヴァンが言葉を発するよりも早くマンドレイクが行動に移してしまっていた。
「こいつ直接脳内に……!」
『あなたがやらせたんでしょ?ヴァン様、これで良かったのかしら?』
「余は何も言うておらぬ」
「すまん、すまん。アレは嘘だ。一種のネットスラングで脳内に直接話しかけられたからやらずにはいられなかった。通過儀礼と言うか、日本ではこれをやるのがマナーなんだ」
「異世界だからって嘘教えたら駄目だよ。世の中の胡散臭いマナー講師じゃないんだから勝手に変なマナー作らないで」
「はいはい。やりたかっただけでした。申し訳ありません」
全く反省している様子はない。
マンドレイクが脳内に直接話しかけた事で一瞬カオスな状況になりかけたものの、大輔がネタを消費した事で満足したおかげで事態が収拾しかけていた。
……しかし大輔とは相反し、瑞希の好奇心は収まっていなかった。
「ねえ、マンドラゴラって抜かれる時に叫び声を上げるって聞いた事あるんだけど嘘なの?マンドラゴラの叫び声を聞いたら死ぬとか気が狂うって言うのも嘘なの?」
『あなた達だって無理やり髪の毛引っ張られたら叫び声の1つも上げるでしょ?同じ事よ。私たちの叫び声を聞いて発狂するのは魔力耐性の低い貧弱な人間の証拠ね。それはそうと、マンドラゴラではなくてエレノア様と呼びなさい。私にも歴とした名前があるのよ』
エレノアは大輔に嘘を吐かれた事に憤怒しそうになっていたのだが、瑞希に質問された事により、その感情は鳴りを潜めた。
そして、律儀に瑞希の質問に答えるのであった。
「エレノアね。了解、了解。僕は瑞希、中埜瑞希だよ。こっちは青柳大輔ね、よろしく。あと、説明ありがとう」
エレノアの返答に納得する瑞希。
明確な回答を得て瑞希の好奇心も満たされたようだ。
『エレノア様!エ・レ・ノ・ア・サ・マ!』
「エレノア様よ、本題に移っても良いか?」
『やだーヴァン様ったら、そんな他人行儀な呼び方で。私の事はもっと気軽に親しみを込めてエリーとお呼びください。人間2人はエレノア様と呼びなさい』
「「「……」」」
あまりの対応の違いに3人は沈黙してしまう。
その対応の違いを本人の目の前でやってしまうのだから本末転倒も甚だしい。
『それでヴァン様、私に御用って何かしら?』
「その前に日本語で問題ないか?こやつらに通訳を頼まれても手間が増えるだけだからな」
『はい。魔力が回復した今の私なら、自動翻訳、念話、飛行能力が使えます。何語でお話になられても問題ございませんわ。何なら人間抜きで静かな場所で2人きりで……キャッ』
最後の言葉を言い切る前に頬を赤らめ照れている様な素振りを見せるエレノア。
「それってドリュアスさんより凄くない?ドリュアスさんはヴァンくんと話してるだけだったよ」
ヴァンはエレノアの最後の言葉は聞かなかった事にして話を続けようとするも、瑞希によって会話の腰を折られてしまう。
『あの方も念話程度なら普通に出来るわよ。あなた達と話す価値を見出せなかっただけじゃないかしら?』
「……確かに。でも、無かったのは価値じゃなくて必要性だと思うよ」
『どっちも同じようなものよ。あなた達との会話は不要って判断に変わりないでしょ』
「お主ら長くなるようなら後にしてはくれぬか。本題に移りたいのだが」
中々本題に入れず痺れを切らしたヴァンが再度声を掛け本題に入ろうとする。
『そうでしたわ。ヴァン様との楽しいお話の時間でしたわ。邪魔しないでくださる?』
「コホンッ……。ドリュアスの話では体調不良で回復する兆しも見えぬ者が居るので面倒を見てもらいたいとの話だったが、問題はなさそうだな」
ヴァンは軽く咳ばらいをし、ドリュアスからの依頼をエレノアに伝える。
『一生面倒を……!?つまり、結婚ですの!?不束者ですが、よろs……』
「誰も一生面倒を見るなどと言ってはおらぬ。元気そうで何よりだ。ドリュアスには何の問題も無く回復していたと伝えておく」
エレノアの妄想が膨らむ中、ヴァンはエレノアの妄言を最後まで聞く事無くドリュアスの下へ引き返そうとする。
『ちょっ!お待ちください。今現在、回復したのは事実ではありますが、このままでは元の状態に戻ってしまいます』
「どういう事だ?」
『はい。私の魔力消費量に対し、この土地から供給される魔力の総量が不足しておりまして先程の様な休眠状態で生命の維持をしておりました。ですので、根本原因の改善が行われなければ元の状態に戻り休眠するか死を待つかを選択しなければなりません。いえ、休眠していたとしても最終的に待っているのは死のみです』
「ふむ……」
先程までとは違い、神妙な面持ちで話をするエレノア。
ヴァンもエレノアの話を真剣に聞き、解決策を模索する。
「それってエレノアが魔力を消費しなければ良いだけの話じゃないのか?」
「そう単純な話ではない」
「どういう事?」
『魔力を使用しなくても放出される分があるのよ。あなた達だってずっと寝てるから食事をしなくても良いって訳じゃないでしょ』
「なるほど。分かり易い」
「となると魔法の使用出来ぬ余には解決の糸口が見いだせぬな。ドリュアスに直接交渉して魔力の供給量を増やして貰うほかあるまい」
『いえ、ヴァン様、解決策はあります』
「そうなのか?申してみよ」
『ヴァン様が時折様子を見に訪れてくだされば良いのです。そうすれば先程の様にヴァン様から魔力の供給を受けられます。勿論、人間2人は不要。訪れる際はヴァン様1人でお願いしますわ』
「……やはり、ドリュアスに供給量を増やして貰うほかあるまい」
『あれ?聞こえなかったのかしら?』
『でーすーかーらー……』
「一度ドリュアスの下へ戻るぞ。エレノア、主も一緒に来るのだ」
エレノアの戯言を無視し、ヴァンはドリュアスの下へ戻る事を選択した。
こうして瑞希、大輔、ヴァンの3人と元気になったエレノアはドリュアスの待つ泉に帰還するのであった────。
60話まで1日1話連日投稿予約済み(20時更新)