苦手な物は仕方が無いが、他人に弱点を知られたくない第38話
草木を少し退けると獣道に近い、到底道とは呼べそうにない道が確認出来る。
案内されなければ確実に見過ごすであろう横道。これまでの道程とは違い、これより先は人1人が通れる幅しかない。
某RPGの様に1列になる他ない状況だ。
瑞希と大輔は心の中で列の順番を想像する。
どの位置で歩くのが一番安全なのか、そして労力が少ないのかを考えている。
言うまでもなく草木を掻き分けながら歩かなければならない先頭は絶対に避けたい。
「行くぞ、ついてまいれ」
2人が先頭を歩きたくないと考えている最中だったものの、どうやらヴァンが先頭を歩くらしい。
良く考えれば当然だ。
道案内が出来るのがヴァンだけなのだ。瑞希と大輔が先頭を歩く理由が無い。
そうなると問題は列の真ん中を歩くか最後尾を歩くかになってくる。
そこで問題になってくるのがヴァンの身長だった。
明らかに2人よりも低い。
となるとヴァンの頭から上の障害物については2番目(真ん中)を歩く者が処理する事になる。
ヴァンの頭よりも上の障害物の処理となると木の枝がメインとなる。
少し飛び出た小枝ならまだしも、少し太く、長めの枝となると重労働とはいかないまでもそれなりの労力が必要となるだろう。
「ヴァンくん、ちょっと待って」
「何だ?休憩は先程したばかりだろう」
ヴァンに停止を求め、バッグの中身を漁り始める瑞希を訝しんだような表情で見つめる。
瑞希がバッグから取り出したのは軍手だった。
「草とかで手を切る可能性もあるからね。これ使って。はい、大輔も“真ん中”歩くんだし、ヴァンくんが処理しきれない分があるかもしれないからね」
「中々気が利くな。瑞希、お主の事を少し誤解していたようだ」
ヴァンの発言に引っかかるものがあったが、深く追求すると精神的に傷つきそうだと感じた瑞希はヴァンの発言を聞かなかった事にして、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらヴァンと大輔に軍手を手渡す。
しかも御丁寧に歩く順番の指定付きだ。
大輔は心の中で『やられた……』と感じたものの、歩く順番程度で揉めるのも大人気ないと考え、素直に軍手を受け取りヴァンの後ろに続く。
ヴァン、大輔、瑞希の順で一列に並び、草木をかき分けながら獣道を歩き始める。
少し歩くと想定通り、ヴァンの頭の上を通過する枝葉が障害となる。
大輔は枝の先端付近を押し退け進む。
「ぶへっ」
枝が大輔の手を離れた瞬間、後ろで奇妙な声が上がる。
どうやら大輔が押し退けた枝が元の状態に戻ろうと反作用した結果、瑞希の顔面を直撃したらしい。
顔面を抑え蹲る瑞希を見て多少の罪悪感を覚えた大輔であったが、軍手を渡しヴァンの後ろを歩かせた瑞希の自業自得だと思う部分も大いにある。
「あ、悪りぃ悪りぃ」
全く心のこもっていない謝罪。
責任の一端がある事は理解しているものの、何の話し合いもなく2番目を歩かせた罰が当たったと考えている節もある。
そんな考えが頭の片隅を過った所為か声をかけたものの手を差し伸べる事はなかった。
「本当、気を付けてよ。邪魔な枝は折って」
痛みが引いてきたのか瑞希が立ち上がった。
痛みを抑えるように顔の中心を撫でる様な仕草をしているものの、出血している様子はない。
「いや、自然破壊はあかんやろ。そこまで言うなら瑞希が真ん中歩けばええやん」
大輔にも落ち度はあるものの、一方的に責められる謂れはない。
『自然破壊』の件は明らかに取って付けたものだが、そもそも順番を決めたのは瑞希だし、瑞希自身の前方不注意とも言える。
大輔が枝を押し退けたのを確認していればこうなる事も予想は出来ただろう。
「ゔっ……それは……」
並んで歩く事は困難だが、列の順番を入れ替える程度の事なら可能である。
それを理解している瑞希は何も反論出来ない。
枝を退ける程度の労働だけなら真ん中を歩くのは吝かではない。
しかし、瑞希の天敵ともいえる『虫』が居そうなのが嫌なのだ。
「どうすんだ?」
「いや、ほら、森って虫の宝庫じゃん?特に木って虫の住処ってイメージあるし、不用意に触りたくないんだよ。大輔だって分かってるでしょ?僕が虫嫌いだって事。蜘蛛の巣があったり毛虫が居たりしたら処理できないよ」
虫が嫌いと言う事実をヴァンに知られたくないのだろう。
ヴァンに聞こえないように大輔の耳元まで顔を近づけ耳打ちするように声を潜め反論をする。
声は潜めているものの、その表情は鬼気迫るものがあった。
「何をしておる」
立ち上がったものの、一向に歩き出そうとしない2人を訝しむよう見つめている。
「あーもう分かったよ。ほら、コレ付けろ。歩くのも最後尾で良いから」
ヴァンの言葉に反応した訳ではなく、瑞希の言い分を飲んだだけだ。
大輔は軍手を外し瑞希に手渡す。
「良いの?」
「あぁ、枝なら手を切る心配も少ないしな。ささくれとか棘とかが刺さる可能性はあるけど、たぶん問題ないだろう。それにコレ付けてればアレに気が付かずに触ったとしても多少は我慢出来るだろ」
瑞希がヴァンに聞かれたくなかった事に配慮し、『虫』と言う単語を使用しなかったのも大輔なりの配慮なのだろう。
「じゃあ片方だけ」
瑞希も大輔の事を気遣い、2人で片手ずつの使用を提案する。
大輔としても断る理由はない。
瑞希の提案を受け入れ右手にのみ軍手を装着する。
「ちょっと瑞希の顔面に勢いよく枝が当たったみたいだったから怪我してないか確認しただけだ。遅くなってすまんな」
「で、出血は?」
「問題ない。少し赤くなっただけで怪我はなかった」
「そうか……。出血したら遠慮せずに言うが良い」
大怪我なら瑞希の容態を心配するのだろうが、軽い出血なら血を摂取出来たかもしれないと考えたのだろう。
少し残念そうな表情を浮かべるヴァンであった。
その後は少し大きめの枝を退ける際に瑞希への声かけを怠らないよう配慮し、瑞希も大輔に頼りっ切りにならないよう、自分の目で確認する事を心掛けた。
その甲斐あってか、順調に進み続ける事が出来た。
そして、歩く事数十分……。
途中多少のアクシデントはあったものの、ほぼ当初の想定通りの到着時刻。どうやら目的地に到着したようだ。