当たり前の事は意外と気が付きにくい。元の世界に帰る為の手掛かりがあった第28話
翌朝。
トントン────。
部屋のドアが叩かれる。
「瑞希―、朝だぞー」
「あと5分……」
ドアを叩かれる音で目が醒めた瑞希であったが、覚醒するには程遠く夢うつつの状態であった。このまま放置すれば2度寝必至である。
いつもの癖で枕元のスマホを手探り探すも今は自宅で寝ている訳ではない。
そして、枕元にスマホはない。スマホはバッグの中にある。
ドンドンドン────。
瑞希が起きてくる気配がない。
大輔の拳に力がこもる。
先程より強めのノック。
「おーい瑞希、生きてるかー?」
ドアを叩いている大輔は半分冗談で言っているが、瑞希の反応が無さ過ぎて少し不安になっている。
一方、部屋の中の瑞希が起きる様子はない。
ドアのノック音も目覚ましのアラームやスヌーズ程度にしか感じていない。
今、頭まで布団をかぶり布団の中から腕を伸ばし無意識でスマホを探し止めようとしている最中なのだ……。
ガチャ────。
業を煮やした大輔がドアノブに手を掛け、何の躊躇いもなくドアを開け放つ。
隣の部屋に寝ていた大輔。部屋の扉に鍵がない事は自分の泊まった部屋で確認済みだ。
大輔は部屋に入ると真っ先にベッドを確認する。
そこには布団から腕を伸ばす謎の生物……いや、瑞希の姿が目に映る。
「はぁ……」
呆れ気味に軽くため息を吐くと気怠そうに瑞希の枕元に近づく。
(さて、どうしたものか……)
普通に起こせば良いのだが、多少の心配をさせた癖に呑気に惰眠を貪ろうとしている瑞希に軽い悪戯か軽い制裁を加えようと企てている最中だ。
修学旅行のノリなら、おでこに落書きが定番なのだが、大輔はペンを持っていない。
かと言って勝手に瑞希のバッグを漁るのは憚られる。
少し考えたが特に良い案も面白そうな事も無さそうなので普通に起こそうと布団に手を伸ばす。
「ここにおりましたか。お食事の用意が出来ておりm……」
「うわぁ!!」
大輔の行動に後ろめたさはなかったものの、急に後ろから声を掛けられた驚きで大きな声を出してしまった。
その大輔の声に反応し、瑞希も半覚醒のまま上体を起こす。
「んぁ?何?」
「朝飯だとよ。さっさと支度して来いよ」
寝惚け眼を擦る瑞希の頭を軽くパシッと叩くと大輔は退室した。
老人の後に続き食堂に到着した大輔。
「お好きな席にお座りください」
「ここの場所、瑞希が分からないかもしれないからエントランスまで迎えに行っても大丈夫か?」
「はい。問題ございません。では、瑞希様が到着なされてからお食事をお持ちいたします」
「あざーす」
大輔は老人にお礼を言うと食堂を後にする。
……と言っても、食堂からエントランスまでは扉1枚隔てたのみで長距離の移動は必要ない。
しかも、現在はドアが開かれた状態にあるのでエントランスから中も確認が出来る。瑞希がエントランスに到着すれば大輔から目視出来る。
万が一、瑞希が気付かなかったとしても大輔が声を掛ければ済む話なのだが、1人先に食事を始めるのに気が引けたので出迎えに来ているのだ。
食堂の出入り口付近で暫く待っていると瑞希が階段を下りる姿を確認出来た。
「瑞希、こっち」
瑞希からも大輔の姿を確認出来ている事は理解しているが、念の為に声をかけてアピールする。
「こっちで合ってた。良かった」
寝惚けてはいたものの、大輔と老人の進んだ方向は足音で確認は出来ていた。
その方向を頼りに瑞希は取り敢えずエントランスに来たのだった。
「ここが食堂だって。瑞希が来たら食事出してくれるって言ってたから、さっさと座ろうぜ」
瑞希の返答を待たず、大輔は食堂内に再び入り、適当な席に座る。
大輔の横に瑞希も着席する。
「声かけた方が良いのかな?」
そんな瑞希の心配を他所に老人がワゴンを押して近づいてきた。
「お待たせいたしました」
瑞希と大輔の前にスープ、サラダ、パン、そして最後にグラスと水差しをセットする。
「ありがとうございます……えーっと、そう言えばお爺さんの名前ってなんて言うんですか?」
「私奴に固有名詞はありません」
「へーそうなんだ」
「不便じゃないか?」
「いえ、基本的に坊ちゃま以外の方と会話をする機会が少ないので問題はありません」
「とは言っても、俺たちが居る間はな」
「僕たちも爺って呼んでも良いんですか?」
「はい、問題ございません」
「んー……そう言われてもなー。何か抵抗あるよな。……執事だからセバスチャンとか?」
「ちゃん付けでございますか?私の様な年寄りには可愛すぎるかと。可能なら年相応の呼び方にしていただけると幸いです」
「そうじゃないよ。セバスチャンって名前。日本人は執事の名前と言えばセバスチャンって感じてる人も結構居るからって話だよ。まあ、セバスって略称になるから少し説明が面倒だけど、セバスチャンで1つの名称ね」
「左様でございましたか」
「まあ、そう言う事。チャンが気になるって言うなら、えーっと何て言ったっけ?あの、執事の階級?」
「階級?」
「階級って言うかまとめ役?上司?の名称。庭仕事をする人がフットマンとかあっただろ?」
「バトラー?」
「違う違う。もっと名前っぽいやつ。えーっと、何て言ったかな?確か……。あっ!そうだ。スチュワードだ。ハウス・スチュワード」
何とか言いたい事を思い出した大輔。
「じゃあ、セバスかセバスチャンかスチュワードないしスチュワート?」
「だな。爺さん、どれが良い?」
「そうですね……。あとで坊ちゃまにお伺いを立ててもよろしいでしょうか」
自分勝手に今ここで答えを出す訳にはいかないと言わんばかりの回答。
瑞希と大輔も深く追求する事なく、老人の案を受け入れる。
「じゃあ、呼び名決まったら後で教えてくださいね」
「畏まりました。では、ごゆっくりとお食事をお楽しみください。おかわりもございますので必要な場合はお声掛けください。……それでは、失礼いたします」
老人の後姿を見送り、早々に食事を開始する2人。
料理は簡素な物だが味に問題は無いどころか少しお高めのレストラン並みである。
暫く出された料理に舌鼓を打つ。
「異世界って言えば黒パンってイメージだけど、普通に白いパンだな」
大輔はパンを1口サイズに千切り、口に運びながらパンの話題をし始める。
「だね。ライ麦パンだっけ?僕食べた事ないんだよね。……あっ!そうだ。昨日寝る前に思ったんだけど、このパンとかって帰るヒントにならない?」
大輔の話を切っ掛けに何かを思い出した瑞希は大輔に話を持ち掛ける。
しかし、瑞希の説明不足すぎ、大輔は瑞希が何を言いたいのか理解出来ていない。
「どう言う事?」
瑞希が続きを話す気配がなく、大輔に同意を求めただけだったので続きを促す。
「ほら、昨日僕入浴したでしょ?」
「ああ、したな。俺も風呂借りればよかった。疲れてたし直ぐ寝ちまった。食事終わった後での借りられるかな?」
「言えば入れるんじゃない?……ってそうじゃなくて、ライフライン!水も電気もお風呂を沸かせるし、こうやって料理も出来るからガスも通ってるって事。お風呂と料理は薪を使ってなければの話だけどね」
「なるほど!供給してる施設があるって事か。電気なんて普段から当たり前に使ってるから気が付かなかった。盲点だったな」
「そうそう。それに施設が動いてるって事は管理してる人はいるでしょ」
「人かどうかは置いといて、ヴァンと爺さん以外にも情報収集出来る生物はいるって事だな。後で聞いてみようぜ」
「今聞いてみれば良いんじゃない?」
目の前に当事者が居るのだから質問をすれば良い。当然の考えだ。
しかし、大輔は厨房へチラリと視線を向け、首を横に振る。
「何か忙しそうだし、後でゆっくりしてる時の方が良いかもな。それに今は食事を堪能したいしな」
「それもそうだね」
大輔の意見に納得をし、2人は食事を楽しむ事にした。
42話まで1日1話連日投稿予定(更新は20時)
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