適当なタイトルが思い浮かばなかった第25話
部屋のドアが開かれ、瑞希と老人が戻ってきた。
「フー……生き返ったー。やっぱりお風呂は最高だね。……って何してんの?」
大輔の右手を少年が舐めている異様な光景を目の当たりにした瑞希の第一声。
後ろめたさは無いが、そう言う趣味があると誤解されても困る。
大輔はサッと右手を引くと釈明を始める。
「いや、ほら、あれだ。血を分けるって話だっただろ。瑞希の血をって話だったけど、瑞希居なかったし、どうするのかなって話をしただけだ。その時、丁度右手が傷ついてたなって思い出したから味見程度にどうかなって思って。ほら、瑞希の血が嫌だって言う可能性もあるだろ?だから万が一の為にどうかなって話をしてたんだよ。本当にそれだけだからな」
多少捏造されている部分はあるものの、全体的な流れとしては概ね真実ではある。
しかし、大輔が誤解を生まないようにと焦り、早口で状況を説明してしまった為、何かを誤魔化している様にしか聞こえない。
完全に逆効果。焦りが裏目に出てしまっている。
「へー……。そうなんだー」
それに対する瑞希の反応は薄い。
大輔の言い分を信じたとも取れるし、疑っているようにも取れる。
『断じてこのような趣味を持ち合わせている訳ではない』や『俺は決してショタコンではない』などの申し開きをしたい所だが、これ以上何かを言い加えれば言い訳がましくなり怪しさも増す。
瑞希の捉え方に全てを委ねる他ない。言わば詰んでいる状態。
大輔の背中に冷たい嫌な汗が流れる。
「そう言えば、結構な距離歩いた所為なのかな?靴擦れで僕も足の皮が剥けて少し出血してたっぽいんだけど。……舐める?」
瑞希は足を高く上げ、足裏を少年に向ける。
この瑞希の言動を見聞きした大輔は『瑞希が考え無しの阿保で本当に良かった』と胸を撫で下ろす。
しかし、その瑞希の行動はあまりにも無頓着。……いや、明らかに無礼な態度と言えよう。
「おっ?喧嘩を売られたとの認識で良いのか?」
まあ当然の反応である。
足を向け「舐める?」と質問をするなど論外。
大輔は失礼すぎる行動をとる瑞希の下へ駆け寄ると頭を叩く。
「いやー本当にすみません。コイツ昔っからこう言う所がありまして。脊髄反射で動くって言うんですか。脳みそを一回経由しない事が多いんです。許してやってください。ほら、瑞希も誤って」
「やはりそうか。それならば先程の発言も納得だ。ゾンビなどの生物との混血児なのだろう?そのような人間は初めて見るがな」
「「……はい?」」
少年の思わぬ返答にポカンとしながら、間の抜けた返しをする瑞希と大輔。
「いや、ここに戻った時に『生き返った』と言っておったろう?つまりはそう言うではないのか?半死半生なのか生と死を行き来出来るのか。何らかの条件で身体が変化するのではないのか?」
「な訳あるかーい!」
極力丁寧な対応を心掛けていた大輔だったが、少年の突拍子のない迷推理に反射的にツッコミを入れてしまう。
それも全身を使った大きなアクション込みで……。
少年が近くに居たら肩の辺りを軽く叩きながらのツッコミだった事は容易に想像出来る。
瑞希の事を「脊髄反射で────」と言っていたが、大輔も大概である。
「どう考えても言葉の綾だろ言葉の綾。風呂に入って疲れが取れたみたいな意味だろ」
「なるほど。相も変わらず日本語は難解な言語だな。習得に難儀する」
「十分ペラペラだと思うけどね。……で、血だよね。ナイフ借りても良いかな。えーっと……。そう言えば名前聞いてないね。って言うか自己紹介もまだだったね。僕は瑞希。中埜瑞希。で、ツッコミ担当の……」
途中で言葉を遮り瑞希は大輔の事を見る。
この先は自分で自己紹介しろって事だろう。
「青柳大輔です……って誰がツッコミ担当やねん」
「うむ。余の名はSuges・Ângeputernic・Sib・Unlainimă・Apatra・Generație・Decon・ducătoriだ」
「すーじぇす……あんじぇ……?」
「Suges・Ângeputernic・Sib・Unlainimă・Apatra・Generație・Decon・ducători」
「……長い」
「無理に覚える必要もなかろう。所詮名前なぞ只の固有名詞にすぎん。個を特定出来れば支障はない。好きに呼ぶが良い」
「普段は何て呼ばれてるの?」
「普段と言っても爺と2人だからな。坊ちゃまとしか呼ばれん」
「でも、僕たちが坊ちゃまって呼ぶのも変じゃない?ねぇ、大輔」
「急に同意を求められても困るんだが……」
「別に構わんぞ。好きに呼ぶが良い」
「んー……でもなー。ヴァンパイアだからヴァンくん?あ、吸血鬼だからキューちゃんでも良いかも」
「どちらでも良い。それよりも今は血だ」
そう言うと少年はナイフを瑞希に差し出す。
ナイフを受け取った瑞希はナイフの刃先を指先に当てる。
「ちょっと怖いね」
「はぁ……。お主もか」
深いため息と共に落胆したように続ける。
「も?」
「うむ。こやつも戦慄しておったわ」
首をクイッとさせ、顎で大輔を指す。
上手く話を誤魔化せていたと思っていた大輔だが、どうやら少年にはお見通しだったようだ。
「戦慄はしてねーよ!ちょっと痛いかなって思っただけだよ!」
威勢よく少し大きめの声で反論しているが、中身は残念な事にビビっていましたと白状するものだった。
声が大きくなっているのも少年に見通され、動揺しているのが原因だろう。
「首とか噛んで血を吸ったりしないの?」
「それでも良いが、風通しが良くなるぞ?」
少年は牙の様な鋭い犬歯を覗かせる。
「……エイッ」
少年の犬歯を見てゾッとした瑞希は意を決し、指先を軽くナイフで切る。
ジワリと血が滲み出る。
「余も今は眷属はいらぬから其れで良い。首筋に噛みつくなど以ての外だ」
「これ、どうすれば良いの?」
瑞希は指先に溜まり始めた血を見て質問を投げかける。
「あーん」
「え?傷口から雑菌が入りそうだからそれは嫌」
傷口を舐めさせていた大輔の面目を失いかねない一言。
「歯はしっかり磨いておるぞ?」
「そういう問題じゃなくてね」
「爺、匙か皿を」
「かしこまりました」
「暫し待たれよ。……垂れるのは勿体ないから口の中に落とすのだ」
少年は瑞希の指の下で大きな口を開け待機する。
瑞希も直接口をつけないなら。とギリギリまで指を少年の口に近づける。
「なかなか落ちぬな」
口を開け待機する事、十数秒……。
瑞希が指先を切った際、躊躇いがあり浅く切りすぎた所為で血が滴り落ちる気配がない。
「ねっ」
「ねっ、ではない。血が止まってはおらぬか?」
切った直後はじわりと滲み出ていた血だが、現在指先の血の量は増えている気配がない。
少年の懸念も妥当と言えよう。
「お待たせいたしました」
瑞希の指先を少年と見つめている中、老人が小皿を持って戻ってきた。
「よし、指を傾けよ」
皿に血が滴るように瑞希は指を傾ける。
辛うじて1滴、指先から零れ落ちた。
「「……」」
数秒間、黙って皿を見続ける瑞希と少年。
だが、少年の懸念していた通り、血は止まっていた。
少年が再度ナイフを取り出し、瑞希へ渡そうとしている。
何も言葉を発していないが再挑戦させるつもりらしい。
「さっきのも意外と痛かったんだけどなぁ……」
愚痴をこぼしながらも少年からナイフを受け取る。
少年の無言の圧には敵わなかったようだ。
意を決し、指先にナイフを当てる。
その間、少年は先程垂れた1滴の血を懸命に舐めている。
「む……。こ、この血は!?まさか、お主……」
指先に当てたナイフを引こうとした瞬間、少年が意味深な反応を見せる。
「え?何?もしかして異世界ものあるある?主人公補正で凄い能力持ってる?選ばれし血の持ち主だったとか?」
期待に胸を膨らませ少年にグイグイと迫るように質問をする。
そして少年は瑞希の質問に対し口を開く。