共通の友達が席を立ち知らない人と2人きりになった時の様な雰囲気の第24話
少年の後に続き屋敷の中に入る。
浴室の場所を老人から口頭で簡単に説明を受ける。
「申し訳ございません。本来なら同行して案内をすべきなのですが……」
大輔に肩を借り、腰を抑えながらの謝罪。
元々の原因は瑞希にある。
しかし、気絶をしていた瑞希はそれを知らない。
「いえいえ、お気になさらず」
「よし。じゃあ、さっさと行ってこい」
「寄り道したり家の物に触れたり余計な事をするでないぞ」
「流石によそ様の家で家捜しするような趣味はないから安心してよ」
「替えの御召し物は後程お持ちいたします」
「ありがとうございます」
瑞希は老人にお礼を言うと浴室へと移動を開始した。
『家の物に触れるな』と忠告を受けたものの、豪奢そうで煌びやかな装飾の数々には目を奪われてしまう。
「すごいなー。こんなに豪華な家、漫画でしか見た事ないよ。やっぱり、ベッドが天蓋付きだったり、食事の時は対面の人と話し難そうな無駄に大きいテーブルだったりするのかな?浴室もライオンの口からお湯が出る大浴場だったりして……楽しみ。あ、でも、ヴァンパイアのベッドは黒い棺かな?」
家捜しをするつもりは毛頭ないが、豪邸に住む人の暮らしに興味は沸いてしまう。
独り言を呟きながら廊下を歩いている瑞希。
暫く歩くと案内された場所に到着した。
「ここで間違いないかな?」
少しドアを開け、頭だけを入れ、中の様子を確認する。
どうやら間違いなさそうだ。
浴室だと確証を持った瑞希は中へと入る。
「意外と普通……」
脱衣所は一般家庭と比べれば広めの6畳ほどの広さ。
浴室も広さはあるものの、浴槽は大人2人が余裕で入れる程度。
これまで歩いてきた廊下の装飾などと比べると質素と言わざるを得ない。
期待をしていただけに少し残念な気持ちはあるものの、汚れを落とせるだけでもありがたいと割り切って考える事にした。
一方、大輔たちは……。
「いたたたたた……。ありがとうございます。坊ちゃま杖を持ってきていただいてもよろしいでしょうか?」
老人を椅子に座らせる事に成功した。
「うむ。暫し待っておれ」
そう言い残すと少年は颯爽と部屋を後にする。
少年の足取り自体は急ぐ様子を全く見せず、むしろ悠々と1歩1歩を踏みしめるような歩きだが、無駄の少ないスマートな動きやマントが靡く様子が颯爽な動きに見えるのだろう。
「本当に大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。先程よりは随分楽になっております。少し休めば痛みも治まるでしょう」
特に会話をする必要はなかったのだが、見知らぬ人と沈黙の中、同じ空間で過ごせるほど豪胆ではない。
かと言って部屋を出たり離れた場所で少年の帰りを待ったりするのも違うと考え、仕方なしに老人を心配する素振りを見せながら容体の確認を行っただけだ。
しかし、それ以外に話す内容はなく、会話が広がる様子はない。
暫しの沈黙……。
老人から話を振ってくる様子は無い。
大輔が何かを話さないと気まずい状況だなと感じ、何か共通の話題がないか必死に考え込む。
例えるなら何人かでファミレスで食事をしている時に友達がトイレなどで席を立ち、あまり親しくない友人と2人きりになった時のような微妙な雰囲気。何とかして現状を打破したい……。
だが、そんな大輔の心配は杞憂に終わる。
少年が早々に戻ったのだ。
「爺、これで良いか?」
「わざわざお手を煩わせてしまい申し訳ございません。はい、問題ありません」
「いつも世話になっているからな。これしきの事、気にするでない」
老人は少年から杖を受け取り、立ち上がる。
先程、大輔に話していたのは社交辞令ではなかったようだ。
腰を痛めた当初に比べ、随分と動けるようにはなっている。
「では、瑞希様に替えの御召し物を届けてまいります」
見知らぬ老人と2人きりの微妙な時間を耐えきったと思った束の間、次は見ず知らずの少年と2人きりになる事を余儀なくされた大輔。
老人に『俺が持っていきます』と言いたいところだったのだが、大輔が着替えを持っているわけもなく、この家の洋服が置いてある場所を知るはずもない。
ましてや洋服の在り処を聞く事は非常識と考え老人を見送るほかなかった。
「あのー……血の件なんですが、どうしますか?」
沈黙に耐え切れず、大輔が口を開く。
「そうだったな。お主が提供してくれると言う認識で良いか?」
正直に言ってしまうと自分で自分を傷付ける事に抵抗がある。
指先を少しだけ切るとしても痛い事に変わりはない。
元々は瑞希の血と言う約束だったが、瑞希の纏う悪臭が原因で状況がややこしくなった。
瑞希が体を洗えば話は元に戻ると思うのだが、瑞希が戻る時間は不明。
それに、拒否すれば再び訪れると予想される沈黙……。
だが、大輔は少年への返答を考え、自分のミスに気が付く。
返答が「Yes」ならば言うまでもなくナイフを渡されるだろう。
そして、返答が「No」ならば『何故血の話をしたのか?』と言う流れになってしまう。
諦めて血を提供するしかないのかと自身の手に目を落とした時、大輔の目に一縷の望みとも言えるものが目に留まった。
……それは、絆創膏だ。
(そう言えば、列車内で窓を殴りつけた時に出血したんだった……)
「いえ、先日とある事情で怪我をしたんです。その時の血で試食?と言うか試飲ですか?まあ、味見はいかがかなと思いまして」
そう言いながら大輔は絆創膏を剥がし少年に見せる。
少年も興味津々に大輔の持つ絆創膏を見つめる。
「ふむ……。興味のそそられる提案ではあるが、中々に困難な提案とも言えよう」
「どう言う事ですか?」
「中央のガーゼ部分の血は何らかの方法で摘出出来るのか?」
少年の指摘は尤もだ。
だが、これで少年に血の話を持ち掛けた理由は提示出来た。
一先ず、沈黙を回避しつつ不自然ではないと思われる範囲での体裁は整えた。
あとはこの話題を瑞希か老人が戻ってくるまで続けるだけだ。
「言われてみるとそうですね。……でも、試しに舐めてみたりしますか?」
この大輔の提案に少年は絆創膏を受け取るとスンスンと臭いを嗅ぎ始める。
「む……。何やら不純物が混じっておるな。少し酸っぱい臭いがしおる」
絆創膏を貼るときに瑞希が消毒液を掛けていたので消毒液の臭いだろう。
そう考えると消毒液をなめても人体に影響がないのか?と言う疑問に行き着く。
少年は一向に絆創膏に手を付ける様子はないが、万が一口に運ぶ素振りを見せた時、少年に絆創膏を舐めさせても良いものなのか……?
絆創膏の貼ってあった傷口を見て反射的に言葉が出る。
「それならこっち舐めます?」
消毒液を塗ったにせよ、ガーゼに吸収されている量よりは恐らく少量だろう。
右手を少年に差し出す。
少年は絆創膏の時と同様に大輔の右手の臭いを嗅ぐ。
「これよりはマシか」
絆創膏と大輔の右手を見比べ、少年が大輔の右手に顔を近づけ一舐めしたその時……。