うん。まあ、そうだよね……。な第23話
「くさっ!」
少年は瑞希が近づいた瞬間、手を引っ込め、後退りをすると距離を取った。
「お主、本当に人間か?腐臭が酷いぞ?」
瑞希は自身の身体を確認する。
シャツとズボンには小玉鼠の血痕、頭には先ほど転んだ時にぶつかったゾンビの細かい肉片。
それ以外、特に変わったところはない。
……本人は気が付いていない様子だが、それが原因だろう。
腕を上げ、二の腕の辺りの臭いを嗅いでみるものの特に変化はない。強いて言うなら少し汗臭いかな。と感じる程度だ。
瑞希は原因に気が付く様子はない。恐らく嗅覚が麻痺している為、気が付けないのだろう。
「普通だけど?」
「な訳あるか!……そっちの人間。お主の血を所望する」
「僕の提案だし、僕の血で大丈夫だよ」
「拒否する」
「まぁまぁそう言わずに~」
瑞希は少年との距離をジリジリと詰めようとする。
「えーい!それ以上近づくでない」
少年は瑞希から教理を取るため、走って逃げだす。
瑞希も臭いと言われ必要以上に拒否されていると感じ、ムキになってしまい少年を追い回す。
少年と瑞希との鬼ごっこが開始された。
「血、いらないの?」
「ぐぬぬ……。お主のはいらぬ!」
「遠慮しないで良いってば、本当は血が欲しいんでしょ?」
ここまでくると意地と意地とのぶつかり合いなのだろう。
両者、自分の意見を押し通そうとして相手言う事に聞く耳を持たない。
「Nu te apropia……来るなー!爺―!爺はおらぬかー!」
少年の悲痛な叫びが木霊する。
暫くすると……。
「Ce s-a întâmplat?」
大輔の背後、庭の方から1人の老人が現れた。
「ぼさっとしてないでこやつをどうにかするのだ!!」
状況を理解した老人は少年に呼応して行動に移す。
「un tip revoltător!?Te rog stai departe de print!nu acţiona deplasat」
見事な飛び蹴りが炸裂。
「ぶっ」
吹き飛ばされた瑞希は建物の壁に頭を打ち、その衝撃で目を回してしまう。
「いたたたたた……」
そして、瑞希を蹴り飛ばし、華麗な着地を決めた老人であったが腰を抑え崩れ落ちるように倒れ込んでしまう。
どうやら腰を痛めたようだ。
「あー……」
大輔は突っ込みどころが多すぎて阿鼻叫喚の地獄絵図と化した現状をポカーンと口を開けたまま呆気に取られていた。
「爺!大丈夫か!?年甲斐もなく無理するでない」
「Va multumesc pentru grija. Ești rănit?」
「余は無事だ。それより、爺が蹴り飛ばした人間の方が心配だ」
「人……間?ゾンビではない……と?」
「うむ」
「ど、どうりで坊ちゃんがニホンゴをご使用に……ってもももも、申し訳ございません!坊ちゃまの大切なご客人に大変なご無礼を……」
「大切……?客人……?……いや、このまま捨て置いても問題ないな」
今にも土下座をしそうな勢いで謝罪をする老人の言葉を聞き、少し考えた様子を見せた少年だったが、まるでゴミを見るような目で瑞希に視線を送る。
そして老人の意見を否定するように返事する。
「いやー、うちのツレが大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたー」
少年の言動でこのままではマズイと判断をした大輔が胡散臭い笑顔を浮かべながら少年と老人に近づく。
知らない土地で助けを求め、協力を得られる可能性のある一縷の望み。
今、捨て置かれては堪ったものではない。と考えた末、藁にも縋る思いで少年にこれ以上不快感を持たせないようにする為に作る精一杯の笑顔だった。
「主も意外と気持ち悪いな……」
「キモッ……。いえいえ。ツレの暴走はこちらの落ち度です。無礼を働いた事について謝罪するのは当然です。改めて非礼をお詫び申し上げます」
心の中では記憶にあるアルカイックスマイルを思い浮かべながら参考にした精一杯の笑顔を『気持ち悪い』と一蹴され、蟀谷に青筋が立ちそうになったのを必死で堪え、少年に取り繕う為に極力感情を表に出さないよう努める。
最悪、瑞希と自分の汚名は後で返上すれば良い。
今は笛吹トンネルまでの帰還を第一に考えるべきだと割り切るも多少笑顔が引きつっているのはご愛敬と言える範囲だろう。
「うむ。それは良いとして再度確認だが、お主とこやつは人間で相違ないな?」
「はい。間違いなく正真正銘混じりっ気のない100%純粋な人間であります」
何故か敬礼の姿勢を取り、答える大輔。
恐らく作り笑顔に疲れたのだろう。少しおふざけモードに突入している。
「そうか。……さて、どうしたものか」
「何か心当たりなどがあるのでしょうか?」
「いや、話を聞きたいのは山々なのだが、こやつをどうしようかと悩んでいる所だ。このまま家に上げるのは色々と問題がある。臭いとか汚れとか悪臭とか腐臭とか」
どうやら家の中が汚れる事を忌避しているようだ。
特に臭いが染みつくのが嫌なのだろう。
瑞希の纏う臭いをどうにかしなければならない。
「えーっと、バスルームとかありますか?起きたら全身洗わせますので」
「誰が運ぶのだ?」
「え?」
「余は触れとうないぞ?爺も腰を痛めておる。主が1人で運ぶのか?」
少年の主張は至極当然。
ここで少年が手を貸してくれるのならば先ほどまで逃げ回っていたのは何だったのか?と言う事になってしまう。
全員が気絶をしている瑞希の様子を伺う。
気絶しているだけなのだが、大輔の目には大口を開けて阿保面を晒し呑気に寝ているようにも映り腹立たしい感情すら沸いてくる。
そして、誰1人として瑞希の心配をする様子も見せず、近寄って運ぶ気配すら見せない。
「他にどなたかいらっしゃいませんか?」
「おらぬ。居住者は余と爺のみだ」
暫く考えた末、大輔の出した答えは……。
「……起きたら移動してもらうとして、とりあえず捨て置きますか?」
「お主、薄情だな」
「他に手がないので諦めるしかないでしょう」
「お主が担げば良いだけだが?」
「友人を外に寝かせておくのは忍びないが運ぶ手立てがないのがなー……」
少年の助言を無視し、勝手にお気持ち表明をする大輔。
「…………。少しは感情を込める努力をせぬか。あまりにも棒読み過ぎる」
「おぉ!瑞希!!俺にお前を救えるだけの力があればこんな事にはならなかったのに!!本当にすまない!!」
「気は済んだか?済んだなら爺に肩を貸してやってはくれぬか?」
「坊ちゃま、私奴は大丈夫です。どうぞお気になさらz……いたたたたた」
「無理するでない」
「大丈夫ですか?肩お貸しします。捕まってください」
大輔の茶番も終わり、真面目に老人へ手を差し伸べる。
「うーん……」
その時、タイミング良く瑞希が目を覚ました。
「おっ、起きたか。瑞希大丈夫か?」
「少し頭がガンガンするけど大丈夫」
「そうか。風呂借りられるみたいだから、その薄汚ねえ体を清めろ。さっさと立て。そしてきびきび歩け」
「そう言えば、さっきの子は?」
「潔斎しろとまでは言わんが最低限の穢れを落とすまで近寄るでないぞ。近寄れば先程の契りは無効。反故にさせてもらう」
瑞希が目覚めたのを逸早く察知した少年は早々に瑞希から距離を取っていた。
少し離れた位置から瑞希へ忠告をする。
少年の言う『先程の契り』とは血と交換で力添えをする話の事だろう。
ここまで言われてしまうと瑞希は少年の指示に従う他ない。
「それにしても、何か扱い酷くない?」
「自業自得。お主の胸に手を当てて考えてみるが良い」
「だな。瑞希の所為で摘み出される可能性だってあったんだからな。立場を考えろ。そんで反省しろ」
「坊ちゃまの寛大さに感謝すべきですぞ」
「……はい。すみませんでした」
気絶前の行動を思い出し、自分の失態を素直に謝罪する瑞希であった────。