空想上の生き物を現実的に考えるとそうはならんやろな第20話
舗装されていない荒れ地を歩くのは一苦労だが、下山時に比べると幾分は楽だった。
疲れを紛らわす為に雑談を交えつつ歩く事数時間────。
太陽が沈みかけ、空も茜色に染まり始めた頃、目的地の森林入口に到着した。
「やっと着いた……」
「意外と遠かったな」
山を下りてから此処までの道のりは見た目以上の悪路だった為、予想以上に時間が掛ってしまった。
歩くだけだったものの普段の運動を怠っていた2人にとっては相当骨が折れる移動だったのだろう。
最後の方は口数も減り無言で歩く時間も多かった。
目的地付近に到着し、やっと絞り出したような言葉だった。
「どうする?」
「無理。一旦休憩」
大輔の質問に即答し、瑞希は木に凭れ、滑るように地面に座り込む。
先を急ぎたいのは山々だが体力的にも限界なのだろう。
「はい、水分補給」
「普通の飲み物が良いんだけど……」
「無い。我儘言わない」
「むー」
大輔に手渡された果物を睨みつけるように見つめながら不貞腐れるように唇を尖らせる。
しかし、背に腹は代えられないのも事実。
瑞希は渋々果物を口に運ぶ。
「結構お腹いっぱいかも……」
疲れで胃が食べ物を受け付けない。
瑞希は文句を言いつつも食べ進め完食。
大輔もほぼ同じタイミングで果物を食べ終わった。
「休憩し過ぎても暗くなるだけだし、そろそろ出発するか」
「ちょっと待って、懐中電灯の準備だけしておく」
バッグから懐中電灯を取り出そうとした瑞希が何かを思いついた。
「そうだ。森の中に入るんだし、道に迷わないように食べ物撒いて歩く?ヘンゼルとグレーテルみたいに」
ブロックタイプの携行食の箱を大輔に見せながらの提案。
大輔はガックリと肩を落とす。
「瑞希、お前ヘンゼルとグレーテル読んだ事ないだろ」
「え?無いけど、何で分かったの?」
「あれはな。元々小石を目印にしようと思ったんだけど、小石が無かったからってヘンゼルが代わりにってパンを千切って目印にしたんだよ。だけどパンは鳥に食べられて結局森で迷って、歩いているうちにお菓子の家を発見したって話だぞ。ヘンゼルとグレーテルの真似したら迷う可能性高いって」
「へー。大輔って物知りなんだね」
「いや、瑞希が知らんだけやろ。ヘンゼルとグレーテルなんて有名すぎて知っとる人の方が多いやろ」
「そうかな?じゃあ、どうする?」
「腕時計と太陽の位置で方位が分かるから一定の方角に進むとかか?あとは木の年輪で方角が分かるって言うのも聞いたことあるな」
「年輪の話はガセネタだよ。因みに大輔、腕時計は?」
「してない。してたとしてもデジタルだな。それに日も沈みかけてるし無駄だな」
「……ダメじゃん。あっ!スマホに方位磁針のアプリあったような気がする」
「俺のは無いな」
大輔の返答を聞き、瑞希はスマホを取り出し方位磁針を起動する。
「あれ?」
「どうした?」
「クルクル回って安定しないんだけど」
「マジか……富士樹海かよ。ちな電波は?」
「相変わらず圏外だね」
「そっちもダメかー」
「どうしよう?」
「どうもこうも進むしかなくないか?今更戻るって選択肢も無くは無いが、面倒だし嫌だろ?となるとこのまま進むか森の周りを歩いて何か目ぼしい物を見つけるかだけど、森の中にあった不自然な場所を探した方が確実性高いよなって話になるだけだしな」
「まあ、そうなるよね」
「何にせよ急がないと暗くなるだけだ」
「そうだね。このままだと野宿になるだけだしね。何かある可能性が一番高いのは森の中だし進もう」
瑞希は山から確認した時に建物らしきものを確認出来た気がした。
それは見間違いの可能性も十分にある。
しかし、それ以外目ぼしいものは見当たらなかった。
つまり、森の外周に沿って歩いたとしても何も発見出来ない可能性が高いと言う事だ。
それに加え、山から見た時の森の広さも判断の一助となった。
回り道をするにしてもかなりの距離になる。疲労困憊な瑞希にとってこれ以上無駄に歩き回ると言う選択はしたくなかったのだ。
意を決し森の中へ足を踏み入れる瑞希と大輔。
黄昏時とは言え森の外はまだ周囲を見通せる程度には明るい。
それに比べ、森の中は鬱蒼としている為、日の光が差し込まない。
恐らく昼間でも薄暗いと思われる森の中は今では懐中電灯などの光源が無ければ歩くことも困難だろう。
茂みに足を取られながらも極力真っ直ぐ進むように努める。
周囲を警戒しつつ、枝を避けたり押し退けたりしながら歩く事十数分……。
瑞希が左前方に何かを発見する。
「大輔、アレ」
「何だアレ……。墓地?」
恐らく、山から見た不自然な空間。
どうやら作為的に作られた空間だったようだ。
瑞希たちの位置から西洋風の墓地が見える。
2人は墓地の前まで移動をする。
「なんか乱雑って言うか不自然って言うか。墓地なんだからもっと綺麗に並べれば良いのにね」
「それもそうなんだけど、結構荒れ果ててるな。誰も墓参りに来てないのか?全く手入れされてる様子が無いな」
各々好き勝手に墓の状態などの感想を言い合う。
「ゲームとかだと死体とかが復活して襲い掛かってくるパターンだよね。何か雰囲気あるよね。記念に一枚撮っておこうかな」
「ゾンビとかスケルトンとかな。まあ、小玉鼠とか山彦がいるなら居ても可笑しくないかもな」
「ゾンビって言えば大輔はゾンビが走るの有派?無し派?」
「映画とかなら有り。現実的に考えるなら死体が腐ってる状態だし筋肉とか無いなら走れないだろうなって感じだな。そもそも歩けるかどうかも疑わしいな。それに腕を前に出して歩いてるのは意味不だな。そのポーズに何の意味があるって疑問に思う事が多いな」
「ハハハ。確かに」
記念撮影の為にスマホを取り出す瑞希と冗談めかしながら受け答えをする大輔。
瑞希が撮影の準備を完了させ、墓をバックにいつものアングルで1枚撮影をする。
撮影した画像を確認していた2人だが、瑞希が何かを発見し画面の一点を指差した瞬間凍り付いたように動きが止まる。
「これって……」
「ま、まさかな」
「大輔、確認してよ」
「絶対嫌だ。瑞希が見つけたんだから責任もって瑞希が確認しろよ」
「じゃ、じゃあ、せーので一緒に振り向こうよ」
「そ、そうだな。裏切りは無しな。絶対に振り向けよ」
「分かってるよ。大輔もだよ。……じゃあ」
「「せーの!」」
瑞希が発見したのは地面から生えたように突き出た腕だった。
2人が同時に掛け声を掛け、それと同時に振り返る。
「「うわーーーー!!!」」
2人が目にしたのは地面から上半身までを顕わにした動く複数の死体。俗にゾンビと呼ばれる類もののだった。
地面から抜け出すように這い出てくるソレが死体だと認識できたのは頭部及び身体が明らかに損傷し、腐敗が進行している。更には一部骨が見え隠れしているオマケつきだったからだ。
そして、その量はあれよあれよと言う間に増え続けている。既に何体かのゾンビは全身が出かかっている。
地面からは数多のゾンビが這い出ようとしている状況を見てパニック状態に陥った2人は一目散に逃げ出す。
何の相談も無しに逃走した瑞希と大輔だったが、考え違いから別方向へ走り出してしまっていた。
瑞希は今まで歩いてきた森へ引き返そうとしている。
そして、大輔は瑞希とは逆方向。墓を突っ切り奥へと逃げようとしている。
「瑞希!そっちはダメだ。足元が悪すぎる!逃げるならこっちだ!!」
瑞希が近くに居ない事に気が付いた大輔が瑞希に声を掛ける。
大輔の声に反応し、瑞希は大輔の後を追うように方向転換をする。
ほぼ180°のターンをし、走り出した瞬間、石に躓き見事なヘッドスライディングを決めてしまう。
そして、勢いそのままに瑞希はゾンビの一体と衝突してしまった。