異世界で知らない生物に遭遇しても襲われるとは限らない第18話
山歩きに慣れていない事に加え、見た目の印象とは違う足場の悪さ。想像以上に悪戦苦闘しながら慎重に山を下る。
「うわっ!」
瑞希が湿った落ち葉に足を取られ数メートル滑落する。
「大丈夫かー?」
大輔は木に掴まりながら慎重に覗き込むようにして瑞希の心配をする。
「イテテテテテ……。少し滑っただけだから大丈夫―」
瑞希が怪我の有無を確認していると大輔が瑞希の側まで下りてきた。
「捻挫とかもないか?」
瑞希は大輔の質問を受け、立ち上がると側にある木に手を付きながら足首を回しながら捻挫の確認をする。
本当は軽く飛んで確認をしたい所だが、滑落したばかりで再度滑落する可能性のある行為をするのも馬鹿らしいので断念した。
「うん。痛みもないし多分大丈夫だと思う」
そんなやり取りをしている時、近くの草むらがカサカサと音を立てて動く。
駅での小玉鼠の件もあり、身構える瑞希と大輔。
2人に緊張が走ったものの、時折小さくカサカサと鳴るのみで一切の他の動きを見せない。
不思議に思った瑞希が不用意に草むらへと近づいていく。
「おい、不用意に近づくなよ。危ないって」
心配する大輔を余所に瑞希は草を掻き分け音の正体を確かめようとする。
「あっ!」
どうやら瑞希が何かを発見したようだ。
「どうした?」
「いぬ……かな?うさぎかも?でも、怪我してるっぽい。……怖くないよー。おいでー」
瑞希はそう言うと草むらの中に手を伸ばし、何かを持ち上げる。
持ち上げられた謎の生物は何の抵抗も見せず、されるがまま瑞希に抱きかかえられる。
謎の生物を抱きかかえたまま大輔の下へ戻る。
「大丈夫なのか?」
警戒心が未だ解けず心配するような素振りを見せる大輔。
「噛まれてないから大丈夫だよ。それよりも怪我を治さないとね」
瑞希は謎の生物をゆっくりと優しく地面に下ろすと出血している右前足の様子を確認する。
「大丈夫?痛くない?」
謎の生物は瑞希の質問に何の反応も見せない。
動かしたり触ったりしても痛がらない様子やその時の感触から骨は折れていないと判断した瑞希はバッグから救急セットから消毒液を取り出す。
「ちょっと滲みるかもしれないけど我慢してね」
謎の生物は消毒液が傷口にかかるとビクッとして一瞬だけ後退しようと試みる。
「もう少し待ってねー。すぐ終わるからねー」
謎の生物が前足を引こうとしたが、まだ処置を終えていないので瑞希が前足を離さなかった。
傷口に滲みた一瞬だけの抵抗。
その後は犬がお手をしたような状態のまま大人しくしている。
瑞希は前足にガーゼを当て、包帯を巻いて傷口の治療を完了させた。
「よし、出来た。終わったよー」
最後に声を掛け、右前足を地面に下ろす。
「でも、この子何なんだろうね?」
「山彦に似てる気がするけど、まさかな……。うーん……でも、小玉鼠の件もあるしなー……」
「山彦って『ヤッホー』って言ったら『ヤッホー』って返ってくるアレの元になった妖怪?」
「そうそう」
「えー。こんなに可愛いのに?」
「可愛い……か?」
感性は人それぞれと言う事なのだろう。
2人のやり取りを黙って見つめる謎の生物。
「でも、そうだよね。犬だったら『わんわんお』って鳴くもんね。わんわんお」
最後の『わんわんお』は謎の生物に鳴き声を教えるが如く瑞希が謎の生物に向けて発した言葉だ。
「それは某掲示板のイッヌやろ」
大輔はツッコミを入れつつ、片手で頭を抑えるような仕種をする。
能天気な瑞希に呆れ気味のようだ。
「わんわんお!」
「「!?」」
急に鳴き声をあげた謎の生物に驚く2人。
「ほ、ほら、やっぱり犬……」
「なわけあるかい!」
どうやら動揺し過ぎて瑞希の思考回路が壊れているようだ。
そこに大輔のツッコミが入る。
「マジで山彦なんじゃないか?ほら『ニャー』って鳴いてみろよ」
「……」
大輔が威圧するように指示するも謎の生物は首をかしげるのみで何の反応も見せない。
「ほら、やっぱり鳴かないじゃん。犬なんだって。ねー」
「ねー」
「「!?」」
「マジか……」
「山彦って特に害は無いんでしょ?可愛いし連れて行こうよ」
山彦と思しき謎の生物を抱え上げ、大輔に差し出すように見せながら提案をする。
「うちはペット禁止のアパートだから山彦は飼えません。元居た場所に返してきなさい」
「お母さんがうちじゃ飼えないからダメだって。ごめんね」
「そこは親父やろ」
何故か小芝居を瑞希は謎の生物を地面に置く。
連れて行ったとしても飼い方も不明。もしかしたら近くに家族もいるかもしれない。
連れて行けないのは当然である。
「冗談はこのくらいにしておいて、先を急ごう」
「そうだな」
「怪我には気を付けてね」
瑞希と大輔は目的地へ向け歩き出す。
少し歩き元居た場所を振り返る瑞希。そこにはまだ、助けた謎の生物が居る。
「ばいばーい」
片手を大きくブンブンと振り、別れの挨拶をする。
それ以降、瑞希は振り返る事はしないと心に誓う。
口では『冗談』と言ってはいたものの、怪我をしていた動物に対する心配や情はある。
愛玩動物に向ける愛情に似た感情。これ以上かまってしまうと冗談が冗談で無くなってしまうと感じたのだろう。
野生の動物をむやみやたらに飼う訳にはいかないのも理解しているからこその判断。
そんな判断をした瑞希の背後から瑞希の真似をした声が聞こえる。
「ばいばーい」
振り返りたい気持ちをグッと堪え、瑞希は後ろ髪を引かれる想いでその場を後にした。
一方、謎の生物は立ち去る2人の後ろ姿を微動だにせず見送る。
2人が見えなくなった後、何かを考えるように包帯の撒かれた右前足をまじまじと見つめ、瑞希の真似をして軽く右前足を振ると山中へ姿を消すのであった。