次の研修先が決まる第118話
ベッドが完成した翌々日────。
昨日、今日と2日間、瑞希は自力(?)で起床し、無事遅刻する事無く仕事に勤しむ事が出来ている。
今日も今日とて大輔と一緒に朝食を摂り、2人で倉庫での仕分け作業を行っている最中である。
そして、仕事終わり……。
いつものように亜人に終業時間を告げられた。
しかし、いつもと違い、今日は書簡の様なものを渡された。
「渡せ、言われた」
「誰に?」
「裏」
亜人に言われるがまま瑞希は裏側を確認。
「藻?」
「藻やろ」
隣から覗き込んでいた大輔が訂正をする。
「誰?」
「ミクや。ミク。玉藻前から取ってるのか藻女から取ってるのかは知らんが、そう言う事だ」
「たまも……?なに?」
「た・ま・も・ま・え。詳しく話すと長くなるから概要だけ話すが、玉藻前ってのは妖狐の化身……九尾の狐の名前だな。その玉藻前の旧名が藻女。旅館に泊まった時もミクの事を藻様って言ってただろ。まあ、藻だし、藻女から取ってるんだろうな」
「そうだっけ?」
「そうだよ。まあ、それ以前に九尾の狐だって事と名前から『ミク』と呼べって言ってただろ。九尾の時点で察してはいたが、呼び名を決めた時にピンと来てたよ俺は。そこに加えて藻だろ。ミクの正体見破ったりってな感じよ」
「正体も何も九尾の狐だよね?初めて会った時にそれは教えてもらったし、それ以上でもそれ以下でもないよね?ミクさんも隠してないと思うし」
「そう言われりゃあそうなんだけど……」
頭をポリポリと掻きながらばつの悪そうな顔をする大輔。
そんな大輔を他所に瑞希はミクからの書簡の封を切る。
中には1枚の紙。
紙には話があるので仕事が終わり次第、来室してほしい旨の事が丁寧に書かれている。
「何て?」
横から覗き込んでいた大輔だが、途中で読むのが面倒になり、瑞希に要約を頼む。
「ミクさんの部屋に来いだって」
「何だそんな事か。態々こんな回りくどい事せずに口頭で伝えれば良いのにな」
「仕事終わったらって書いてあるけどどうする?すぐ行く?食事してから?」
「食事は後回しだな。まだそこまで腹減ってねーし、それに……」
「それに?」
「もしかしたらタダ飯にありつけるかもしれない」
下心を全く隠そうとしない大輔に乾いた笑いを返す瑞希。
大輔の意見に賛同した訳ではないが、遅くなってミクに迷惑をかけるのも気が引けると言う理由で瑞希も大輔の主張を尊重する形を取りつつミクの下へ向かう事を優先する事にした。
部屋のドアを軽くノックし、中に居るミクに声を掛ける。
ドアは全開の状態で中の様子も確認出来たのだが2人なりの配慮なのだろう。
ミクは2人の姿を確認すると「おお、来たか。中で少し待っていてくれ」と2人に返答した。
瑞希と大輔はソファに腰かけミクの仕事が一段落着くのを待つ。
雑談する間もなく、ミクが瑞希と大輔の側まで近づいてきた。
「すまない。待たせたな」
社交辞令なのか、毎回似たような事を言うミクだが、今までも瑞希と大輔が待機を指示されていても然程待たされた記憶が無い。
「で、話ってなんだ?」
大輔が早速本題へ移るようミクに促す。
「あぁ、大した事では無いのだが、今日で倉庫での研修が終了し、明後日から数日、研究室に移動してもらう事になった」
「明後日ですか?明日は?」
「休みは休みなのだが……」
「何かあるのか?」
言い淀むミクの姿を見た大輔がストレートに質問をした。
「あると言えばあるし、無いと言えばないのだが……」
しかし、ミクの口からはっきりとした回答は得られず、未だに躊躇いが残っている。
「勿体ぶるなよ。はっきり言わんと休んで良いのかすら判断出来んやろ」
「何と言うか、せっかくの休みだし、嫌なら断ってくれて全然かまわんのだが……」
相当回りくどい言い回しで前振りと保険を掛けたうえでミクが話を始めた。
「お前たちが来たと言っていた場所に送った先遣隊からの途中報告が来た。結論から言うと、お前たちの言う通り、列車はあったが到底動くとは思えぬ代物だった。周囲の調査もしたが、お前たちの世界に戻る術は分からず、手掛かりになるような物も見つかっていないとの事だ」
「そうですか……。あれ?明日の休みと今の話、何の関係も無いような気がするのですが」
ミクからの報告を受け、残念そうな反応を見せる瑞希。
だが、ミクの報告と休みの話が繋がらない。
「そこで、だ。明日、お前たちが暇ならその場所に同行してもらいたいのだ」
顔を見合わせる瑞希と大輔。
瑞希の「どうする?」の質問に対し、大輔は「俺は構わんぞ」と返す。
瑞希も元々答えは決まっていたらしく、大輔の返答に頷く。
「大丈夫です」
「少し確認したい事があるだけだから、無理にとは言わんぞ。行きたくないなら正直に言ってもらって構わん」
「だから行くって。そこまで頑なに行かせたくない理由でもあんのかよ」
「いや、来てくれるのなら歓迎だが、休みを潰すんだぞ。貴重な休みを。じっくり考えた方が良いのではないのか?」
「なんか切実だな。ミクが休みたいように聞こえるが……ミク疲れとるんか?確かに休みは必要だが、仕事の休みより元の世界に帰る為の手掛かり探しの方が優先順位は上に決まってるだろ。元の世界に帰る為に働いてる訳だし、元の世界に帰れるなら働く必要も無い。行かない理由はないだろ」
「だね。少しでも可能性があるなら行った方が良いよね。それに、休み貰っても家でダラダラするだけだと思うしね」
「……そうか。それもそうだな」
瑞希と大輔の言い分を聞き、ミクも納得して素直に引き下がる。
その後は明日の予定などをミクから聞き、解散する流れとなった。
帰路の途中、ミクの奢りで晩御飯の計画を立てていた大輔は少し残念そうに愚痴をこぼしていた。
その愚痴も商会を出て少し歩いてから食堂までの道すがらの会話であり、大輔は冗談半分の話題作りとして話しているし、瑞希もそれは理解している。
そして、この愚痴交じりの会話はミクの耳に届く事は恐らくないだろう。
122話まで1日1話連日投稿予定(更新は20時設定済)




