実際に心霊スポットで科学的に証明できない事象に遭遇したとして踏み込まむのは勇気かそれとも蛮勇なのか考える第12話
ポーッ────。
突然の汽笛音。
煙突から煙を吐きながら駅へと近づいてくる機関車。
一同が機関車へと目を向ける。
突然の出来事に全員が反応を見せず固まっている。
キキキキキキーッ……。プシュー……。
機関車は何事もなかったかのように駅に停車をする。
客車は1両のみ。
暫く客車の出入り口を凝視しながら立ち尽くしていた3人だが、誰かが出てくる様子はない。
勿論、乗り込む人間も辺りには見当たらない。
「何でしょうか?」
「蒸気機関車かな?」
「SLだよな?」
女性の質問にほぼ同時に答える2人。
だが、女性が聞きたいのはそう言う事ではないだろう。
恐らく2人もそれは理解しているのだが、現状を理解出来ず混乱しているので致し方ない事なのだと思う。
2人が妙な返答をした所為で会話が止まる。
微妙な雰囲気が場を支配する。
3人は互いの行動を監視するかの如く見つめ合ったまま硬直して動こうとしない。
恐らく、監視しているのではなく誰かが行動(又は発言)してくれるのを待っているのだろう。
十数秒の沈黙を破ったのは大輔だった。
無言のまま車掌車へ向かい機関室を覗き込む。
「……誰もいないんだけど……」
2人にギリギリ届く程度の声量で状況を報告する。
大輔の訴えを聞いた瑞希も車掌車へと近づき、大輔同様に中を覗く。
「幽霊列車とか……?昔やったRPGもこんな感じの列車だったよ。もっと長い列車だったけど」
「まさかそんな訳ないだろ……。きっと後ろの車両に行ったんだろう」
「音とかは聞こえませんでしたよね?」
2人から少し離れた位置に停車したとはいえ、周囲が静寂に包まれていた為、ある程度の物音は聞き取れる。
しかし、ドアの開閉音を誰一人として聞き取れていなかった。
真相を確かめようと瑞希は客車側へ移動をし、窓から車内を確認しながら一番後ろまで歩く。
客車の裏まで確認した瑞希は小走りで2人の下へ帰還する。
「誰もいなかったんだけど……」
恐怖からだろう。瑞希の声はか細く弱弱しい。
心なしか顔色も青ざめているように感じる。
「せっかくなので乗ってみませんか?」
マンホールの時もそうだったが、普段は威勢のいい事を言っている割に根は小心な2人。
女性の発言を聞き、露骨に嫌そうな表情を見せる瑞希とコイツ正気か?と言う視線を女性に向ける大輔。
今回の件については2人でなくても二の足を踏んでしまうのは致し方ない事なのかもしれない。
「幽霊に会えるかもしれませんよ?本当に幽霊列車かもしれませんよ?」
女性が2人の食指が動きそうな発言をするものの、2人は顔を見合わせたまま沈黙を貫く。
業を煮やしたのか、女性は客車のドアに手を掛けると何の躊躇いもなく扉を開け放つ。
心配そうに見つめる瑞希と大輔を余所に女性はツカツカと車内へと足を踏み入れ、侵入してしまった。
「ちょっ……、ドアホ!危ないやろ!すぐ戻れや!」
咄嗟に出た大輔の注意も虚しく、女性は全く聞く耳を見せず奥へ奥へと進んで行く。
その様子を窓越しに見ていた瑞希と大輔は急いで女性の後を追い、列車内へと足を踏み入れる。
「何も無いわね」
女性は座席の背もたれ部分を軽く触りながら自由奔放に列車内の探索をしている。
「でも、内装が意外と豪華だね。蒸気機関車って乗るの初めてだけど、昔の列車って全部こんな感じなのかな?」
露骨に車内の探索を嫌がっていた瑞希だが、いざ潜入をし、異変が無いと知るや否やこの態度である。
「何悠長な事言ってんだ。さっさと出るぞ」
瑞希にツッコミを入れつつ、無理やりにでも下車させようと女性に手を伸ばした瞬間……。
ポー!!!
警笛と共に列車の車輪が動き出す振動が伝わる。
「キャッ……」
突然の出来事に焦った大輔は勢いよく女性を引っ張ってしまった。
その事で女性はバランスを崩し、床へと倒れ込む。
「ゴメン……大丈夫?早く脱出しよう」
女性の肩に手を伸ばし、立ち上がるように促す大輔。
しかし、女性は全く立ち上がろうとする気配が無い。
「何してんの!2人とも急いで!」
徐々にスピードを上げる列車に焦る瑞希と大輔だが、やはり女性は動く気配すら見せない。
「おい!いい加減にしろよ!マジで置いて行くぞ!?」
勿論、本心ではそんな事は思っていない。
女性の身に何かよからぬ事が起きている可能性もある。
倒れた時に打ちどころが悪かった……?
もしかして何かに憑依された……?
頭の中で色々と考察するが、女性に意識があるのは確かだ。
何にせよ、急いで脱出しなくてはいけない事に変わりはない。
見せかけだけでもと大輔は出口方向へ踵を返すフリをした。
180度向きを変え、半歩足を踏み出したその瞬間────。
ガシッ!
唐突に右足首を掴まれ、後ろに引っ張られた事で大輔は前のめりに倒れ込んでしまう。
大輔は掴まれた足を即座に確認する。
足首を掴んでいるのは先程までピクリとも動こうとしなかった女性だった。
「おい!ふざけてる場合じゃないぞ!!」
女性の行動に苛立ちを隠せず、声を荒げてしまう。
「ツカ……ま……エた……」
不気味な笑みを浮かべ、ぎこちない喋り方をしている。
目の前にいる人物は先程までの女性とはまた別の生き物……。
大輔は直観で悟った。
憑依や二重人格の類ではない。ましてやおふざけなどの生ぬるい類のものでは決してない。
寧ろ、ふざけていたのは自分の甘っちょろい考えの方だ。
脳内で警鐘音が鳴り響く。
大輔は必死に足首を掴んでいる手を振り解こうと乱暴に足を動かしている。
しかし、全く振り解ける気配が無い。
「いい加減にせぇドアホ!!離せこのクソアマ!!」
頭に血が上った大輔は両脇の座席に両手を掴み左足で女性の顔面を踏みつけるようにして全力の蹴りをお見舞いする。
緊急事態時における咄嗟の判断とは言え、蹴った感触と共に冷静になった大輔は女性に対しての暴力行為に罪悪感を覚え、恐る恐る女性の安否を確認する。
女性は大輔の蹴りを顔面で受け止めたままニタァ~っと不気味な笑みを浮かべている。
「クソッ!!離せ!化け物!!」
女の顔を見た大輔は深く後悔をすると共に確信をした。
まだ、心のどこかに甘えがあった……。女への悪態をつくと共に脳内で自分の甘さにも怨嗟の声をあげる。
(馬鹿か俺は!!相手の心配をしてる余裕なんてねーぞ!!手加減なんて以ての外かだ!!甘い考えは捨てろ!!)
女は人外の者。全力で殺らないと自分が殺られると更に考えを改めた大輔は躊躇う事なく何度も左足で女を蹴り続ける。
だが、残念な事に必死の抵抗虚しくダメージを与えられている様子も怯む様子も一切ない。
「大輔捕まって!!」
一部始終を見ていた瑞希は出口付近の手すりを片手で掴み、大輔に向かい精一杯手を伸ばす瑞希。
大輔も瑞希の手を取ろうとするももう一歩届かない。
瑞希は手すりから手を放し大輔に近づこうとする。
「来るな!瑞希、お前だけでも逃げろ!」
怒声にも近い緊迫した大輔の声に瑞希は驚き、頭が真っ白になり思考が一瞬停止し、体も硬直して動くこともままならなかった。
それと同時に何故か女の力が一瞬だけ弱まった。
大輔はこの機を逃さず、女性を引きずるようにして少しだけ出口に近づくことが出来た。
その甲斐あって大輔の指先が瑞希の指先を掠る。
その事で瑞希の硬直は解け、思考も回復する。
「大輔頑張って……!」
2人は全力を振り絞り、互いの手を取ろうと体が引き千切れんばかりにと手を伸ばす。