見学が終わり装置の方向性を考えた第106話
『ファーシャ、大輔が欲情するから気を付けなよ』
「?」
先程の会話を聞いていないファーシャは何にも理解出来ていない。
「誤解を生むような事言うな。違くはねーけど、違う。ってか、期待外れと言うか何と言うか……。想像してた女の子の部屋とかけ離れ過ぎてる。もっとこう……何て言うか、ぬいぐるみとか置いてそうな可愛い感じの部屋って言うか、良い香りが漂ってそうって言うか……」
大輔が軽くエレノアの頭をチョップしながらツッコミを入れつつ、意図しない方向への話題を避けようとする。
エレノアは大輔に触られた程度で然程痛くも無い頭を撫でながら大輔の発言をファーシャに翻訳する。
「臭い、か?」
「いや、そうじゃなくて、無味無臭。部屋全体が殺風景で物も匂いも何もねーよ。ってかエレノアは何でもかんでも訳すな」
大輔の言う通り、部屋には角にベッド。別の角に本やノート、紙などが乱雑に置かれた机があるのみ。
しかも、片付けると言っていた割に机の上もベッド周りも不自然なほどに散らかっている。
更に、そのベッド周辺には女の子の部屋とは思えない異様とも言える光景が広がっている。
枕元にはミートハンマーを大きくしたようなゴツゴツしたハンマーが立て掛けられ、壁には長さ1m強の長い棒が飾られている。
「ところでコレ何?」
ベッド周辺の物々しい雰囲気の方が気になる瑞希。
3人の会話そっちのけで質問をする。
「ベッド」
ファーシャからの短くも適切な回答。
だが、瑞希が聞きたいのはベッドではなくその周辺の物騒な道具類の話である。
「そうなんだけど、コレとかコレは?」
瑞希は質問の仕方が悪かったのだと理解し、改めてハンマーや長い棒を指差し質問をした。
「めざまし。お前、それ見に来た」
「?」
瑞希たちが見に来たのは目覚まし装置のはずであり、武器を見に来たわけではない。
瑞希はファーシャの回答の意図が分からず、頭に疑問符を浮かべながら大輔に助けを求めるような視線を送る。
だが、大輔も何を言っているのか理解出来ておらず、ジェスチャーで理解出来ていない意を瑞希に伝えた。
瑞希が次に視線を送ったのはミク。
ミクも皆と同様に理解が出来ていないようだ。
「ファーシャ。我々は目覚まし装置を見に来たのだが?」
「コレ」
ミクが改めて質問をしたが、ファーシャからの回答は変わらず、ベッドを指差している。
「うーん……。実際に見せてもらう事は出来るか?」
埒が明かないと思ったミクがファーシャに実践してもらえるか提案。
ファーシャは頷くとベッドの枕側側面にあるボタンを操作し始めた。
「少し、待て」
ファーシャはそう言うとベッドから少し距離を取った。
暫くするとベッドからビーッビーッとアラームが鳴り始めた。
アラームは徐々に大きくなり30秒程で火災報知器並の音量にまで大きくなった。
けたたましく鳴っていたアラームは1分程で止んだ。
アラームが鳴り止むとベッド全体がガタガタと揺れ始めた。
ベッドの揺れも1分程で収まる。
瑞希たちが只の大きな音の鳴るって揺れる目覚まし時計かと思った次の瞬間……。
不意に枕元のハンマーが勢いよく振り下ろされた。
「「「『────ッ!』」」」
その場にいたファーシャ以外の者が目を見開いて驚く。
ハンマーが振り下ろされた先にあった枕は完全につぶれている。
しかし、驚きも束の間に次は壁に飾られていた棒が振り抜かれた。
更に棒が振り抜かれた先にあったボタンを押す。
するとベッドが跳ね上がる。
どうやらベッドマットの下にバネが仕掛けられていたらしく、ビックリ箱の蓋を開けたかの如くベッドマットが天井スレスレまで勢いよく上がり元の位置に戻る。
ベッドが跳ね上がる勢いでハンマーは元の位置に戻っていた。
そしてベッドマットが元の位置に戻った数秒後、トラバサミに獲物が掛かった時の様にベッドマットが中央から半分に折り畳まれた。
「das ist es」
「「「『……』」」」
ファーシャが誇らしげな顔で何かを言ったが、見学していた4人は開口した口を閉じる事を忘れる程ポカーンとした表情のまま硬直している。
エレノアとミクが通訳するのを忘れる程の衝撃的な光景だった。
無論、2人が翻訳を放棄している以上、瑞希と大輔の2人にはファーシャが何を言ったのか理解する事は出来ない。
『……ハッ!以上だ!』
逸早く正気を取り戻したエレノアがファーシャの言葉を訳す。
「よ、良し!同じものを瑞希に作ってくれ。これで瑞希も1人で起きられるようになるな」
「ちょっと!大輔何言ってるの!?全く良くないよ!起きるどころか永眠しちゃうからね!!」
どうやら大輔は混乱状態から立ち直っていないようだ……。
大輔の発言を聞き正気を取り戻した瑞希が透かさず大輔の発言を否定するようにツッコミを入れる。
此処で否定しておかなければ瑞希のベッドにこの装置が導入されるだろうと危惧しているから必死だ。
「どうしてこうなった?」
ミクが素朴な疑問をファーシャに問いかける。
「Ich habe alle befragt.Ihnen wurde gesagt, dass der schnellste Weg, um aufzuwachen, darin besteht, geschwängert zu werden」
『叩き起こしてもらうのが手っ取り早いって皆が言ってたってさ』
「比喩表現!……じゃないな。実際、親に叩かれたり揺さぶられたりするな……。って限度!限度があるだろ!ってか、実際、分かるだろ。子供の頃に親とかに起こされた経験ないんかーい」
「あー……。すまんな。ファーシャは4年ほど前に妾に保護されて此処に来る前の記憶が無いんだ。名も妾が付けたもので本名すらも不明だ」
「……何かすまん」
「問題ない」
謝罪する大輔にファーシャが声を掛ける。
本当にファーシャも気にしていない様子だ。
「それはそうとコレを使って怪我とかはしないのか?」
「避ける。問題ない」
ミクの質問に対して少しズレた回答がファーシャから帰って来た。
「そうではなくて……」
「Früher wurden nur Hämmer verwendet, aber die Stangen wurden als Gegenmaßnahme installiert, da sie durch Anheben des Oberkörpers und anschließendes Einschlafen vermieden werden mussten.Er hat jedoch gelernt, dem Hammer auszuweichen, indem er sich umdreht, also haben wir eine Struktur hinzugefügt, die das Bett selbst zum Wackeln bringt.
Da es ihm immer noch nicht leicht fiel, aufzustehen, haben wir jetzt auch eine Struktur eingebaut, die ihn zwischen dem Bett und dem Hammer festhält.In letzter Zeit weicht er dem Hammer aus, indem er seine Position um 90 Grad ändert, so dass eine weitere Struktur erforderlich ist. Der nächste Schritt besteht darin, einen Mechanismus zur Nutzung der Elektrizität zu finden」
ミクが質問の意図を伝えようとしたその時……。
ファーシャが早口で何やら捲し立てる様に話している。
エレノアの翻訳によると……
始めはハンマーのみだったが、上体を起こしてハンマーを避けてから2度寝する事を覚えたため、棒を設置した。
だが、ハンマーの時点で寝返りを打ち回避すれば棒も避けられると学習。
回避不能な構造としてベッドを跳ね上げる機構を加えたが効果は薄かった為、ベッドを折り畳む事にした。
しかし、最近では身体を90度回転させる事を覚え始めている為、更なる改良が必要になる日も近いとおもっているらしく、次回は電気を使用した仕掛けを検討中との事。
ファーシャは全てのトラップ……ではなく、全ての仕組みの回避を無意識下の状態で行っているのだと言う。
話を聞く限りでは瑞希以上に寝起きが悪いようだ……
ファーシャの説明を聞き、呆気にとられる4人。
「瑞希より重症だな……」
「僕は普通に起きるからね?」
「その言葉は信用出来ないとして……。ここまで派手な物じゃなくてもタライが落ちてくるとか水をぶっかけるとかでも良さそうだな。最後の半分に折り畳まれるトラップは良いかもな。ここまで早くなくて1秒に4~5度ずつ上がっていく感じで。約20秒の猶予を瑞希にはやろう」
最終的にはファーシャが起床する為に作った装置をトラップ呼ばわりする始末である……。
「水、ダメ。乾く時間かかる。毎日出来ない」
「なるほど……」
大輔の意見にファーシャが指摘をし、その指摘に大輔も納得せざるを得なかった。
「そこまでしなくても起きるって。せめてベッドが傾いてベッドから落とされる程度にしてよ。万が一起きなかったら大変でしょ」
「よし、瑞希がそう言うならそれで行こう。エレノア、ファーシャに作れるかどうか聞いてもらって良いか?」
『どっち方向?』
「横だな。縦でも良いが、頭や足方向に転がすより横の方が労力は少ないだろ。まあ、頭から突き落としてくれた方が確実性は高いと思うが、首を痛めたら困るからな」
大輔とエレノアの間で勝手に話が進む中、当の瑞希は口を挟む事すら出来なかった。
そもそもの妥協案として瑞希自身が提案したものであり、大輔が最後に付け加えたように頭から落とされなければ問題ないだろうとも考えたからだ。
瑞希も大輔も気が付いていないが、最初にファーシャの目覚まし機構と言うとんでもない提案を断らせ、譲歩案として本来の要求を飲ませるドア・イン・ザ・フェイスと言う心理テクニックに似た状況が発生している。
今回に限っては本来、瑞希を起こす程度の何か……。例えば初めの警報級の目覚まし音でも問題が無かったものを瑞希自身がそれよりも過激な機構を提案してしまっているので救いようがない。
「ファーシャ作らない」
瑞希用の目覚まし機構の話題で盛り上がっていた大輔、エレノアとあまり乗り気ではない瑞希だったが、ファーシャからの意外な返答を聞き、会話が止まる。
「へ?」
早速ベッドの改良に移るのだと期待していた大輔から間抜けな声が漏れる。
「Farrschah denke nur an die Struktur, es gibt eine andere Person, die sie macht」
『作る人が別にいるって』
どうせ翻訳させられるだろうと理解しているエレノアがファーシャの言葉を翻訳する。
どうやらファーシャは仕組みを考えるだけで、実際に作成する者が別にいるとの事だった。
ファーシャに詳しく話を聞くと、ドワーフの家具職人に仕事を依頼しているらしく、瑞希たちはファーシャに案内を頼み、件の職人の下へと足を運ぶのであった────。