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最終話 卒業後の全力人生


「え!? ローランドお兄様が王太子、ですか?」



 普段冷静沈着をモットーにしているレティシアが思わず声を上げた。


「そうですよ。フィリップ殿下の失脚で長兄様は王位継承権第3位におなりでしたからね。あ、レティシア様は第5位ですよ?」



 さらっと答える商会長代行のアレクに、「私の事はいいのよ」とレティシアは言った後、


「でも……。王弟殿下がいらっしゃるでしょう? それにそのご子息も……、あ……」


 言いかけて思い出す。


「王弟殿下はご病気を理由にお断りになったそうですよ。そのご子息は少し前、隣国へ婿養子に入られる際に王位継承権は放棄されています」


 王弟殿下のたった1人のご子息は、隣国の王太女と恋に落ちた。そしてこの王国の王位継承権を放棄する事で結婚を許されたのだ。

 今は隣国の未来の女王陛下の王配として王太女殿下と仲睦まじく過ごされている。



「そう……。そうだったわね。フィリップ殿下は1人息子。今の陛下は王弟殿下と2人兄弟。そして先代の国王は妹王女と2人兄妹。……その妹王女は……」


「そうですね。レティシア様のお祖母様です。始めスペンサー公爵閣下にお声がかかったそうですが今から王太子の位は荷が重いと辞退され、結果長兄様にお決まりになったそうでございます」



 ……今まで『悪役令嬢』と『婚約破棄』、その後の平民生活の事ばかりを考えていて、王家がどうなるかだなんて考えていなかったわ。とりあえずフィリップ殿下がそのまま国王となるとばかり……。まさかフィリップ殿下が廃嫡となり我が家に王冠が回ってくるとは……。


 頭を抱えるレティシアに、アレクは優しげに言った。


「これで、レティシア様は押しも押されもせぬ我が王国の王女殿下でもあられます。しかし、海の見える街や空気の良い山岳地帯近くの街に住むという夢は叶わなくなってしまわれましたね」


 そんな少し意地悪なアレクをレティシアはじっとりとした目で見詰めた。


「夢って……。『悪役令嬢』として身分を剥奪されるだろうから、後々快適に暮らせるように万全の対策をしていただけよ。……はぁ……。

……ああ、でも、商売は続けたいのよね。アレク、これからも協力してくれるんでしょう?」


 ……お嬢様に頼りにされている。

 そんな喜びを胸にアレクはとても良い返事をした。


「勿論でございます。お嬢様。私はいつもいつまでも、お嬢様を一番に考え行動して参ります。

…………お慕いして、おります」



 最後、どさくさに紛れて少し小さな声でポソリと言われた言葉にレティシアは驚いた。


 アレクをよく見ると、黒に近い藍色の髪の彼は少し恥ずかしそうに目だけを逸らし顔を赤らめている。……レティシアは初めてきちんとアレクを見た気がした。今まで口は悪いがこちらの意図を汲みすぐに動いてくれる仕事の出来る男だとは思ってはいたけれど、男性として意識した事など無かったのだ。

 アレクは案外前世の自分のかなり好みのタイプだった。


 ……あれ?


 なんだか、レティシアも顔がほんのり熱くなる。……やだ、これじゃまるで……。


 思わずレティシアはフイと顔を背ける。

 

 今、レティシアの一番信頼できる人。……これが恋かは分からない。これからそうなっていくのかも、まだ何も分からない。……けれど。



「……ありがとう。私に言えるのは、今私が家族以外で一番信頼できる人は貴方、アレクだってことだけよ」



 そう今の自分の気持ちを、それこそ『悪役令嬢』らしくズバリと、少し偉そうに表現してみた。


 アレクはそれを聞き、照れながらも満足げに笑ったのだった……。



 ◇



「……どさくさに紛れてレティシアに愛を告白するとは」



 レティシアの部屋から下がる途中で、アレクは公爵家の侍従に捕まり公爵の部屋に呼び出された。……そこには公爵夫妻とレティシアの2人の兄が揃っていた。


「レティシアは我が公爵家の至宝。お前如きが一緒になれる訳がないだろう!?」



 長子ローランドがそうアレクを詰ったが、スペンサー公爵は静かに言った。


「……いや。下手な貴族などに嫁にやるよりも手元に置いておくのも良いやもしれん」


 それに公爵夫人と次男エリックも賛同する。


「確かにそうでございますわね。我が家はたくさんの爵位を持っているのですもの。レティシアにはどれか好きなものを選ばせましょう」


「そうでございますね。それならばレティシアを遠くにやらなくてすみます」



 ……ただ、国王となる事が決まったローランドだけは顔色を変えた。


「……お待ちくださいッ! ズルいですよ、私はこの公爵家を出なければならないというのに!」


 ローランドが拗ねるのを見た家族は少し困ったような顔をした。そしてローランドを宥めるように公爵は言った。


「……うむ。まあ当然ながらレティシア本人がそうしたいと願ったら、という話だ。今はまだそのような話をする事は辛いであろうからな。

アレクよ。お前の願いを叶えたいのならばまずはレティシアの心を手に入れよ。勿論娘に無理を強いる事は許さぬぞ。レティシアには護衛も付ける」


「……はっ。ありがたき幸せ。閣下のお心に沿えるよう努めます。そして私はレティシアお嬢様お1人を生涯大切にすると誓います」



 思いがけず、公爵家の人々からレティシアと自分が一緒になる事を反対しないと告げられたアレクは心から喜び、公爵家の人々に固く誠実でいる事を誓った。


 そんなアレクを見たスペンサー公爵家の人々は満足げに頷いた。

 ……次期国王となるローランドだけは多少不満そうではあったが。





 ……フィリップ元王太子が引き起こした今回の騒動。それがファルシオン王国の王家の運命を変える引き金となった。

 それは、フィリップ王子とその両親である国王達からの仕打ちに対するスペンサー公爵家の答え。……国王や王子は何かを完全に間違えた。彼らに誠実さがあれば、起こり得ない事態であったのに。



 国王はフィリップ王子が婚約者レティシアを蔑ろにしているとスペンサー公爵から報告を受けたあの時、迅速に誠実に行動すべきであったのだ。それなのに、フィリップ王子の勝手な言い分を聞き入れ注意もせずに静観し動く事をしなかった。……それは即ち王家がスペンサー公爵家を蔑ろにしている、という事と同義であったというのに。


 国王から学園の卒業パーティーまでは待ってくれと言われたスペンサー公爵は、その期日までに王家をひっくり返す準備を全て整えた。

 そうでなければ卒業パーティーからすぐに帰ったレティシアの話を聞いただけでフィリップ王子を追い詰め、その後他の貴族達を扇動し国王をも追い詰める事など容易ではない。

 ……全てはスペンサー公爵が準備していた。国王達の態度に怒った公爵は、あの愚かな王子が罠にはまるのを、ジッと待っていたのだ。


 意外だったのは、元は王家からの潜入者であったアレク。

 彼が元々フィリップ王子の護衛だった事は勿論公爵は知っていた。敢えて泳がせてもいたし、事が起こる少し前までは王子との関係は良いと思っていたから放置していた部分もある。

 しかし最後にアレクは完全にレティシアの味方だった。彼の働きもあり、スムーズに王家を追い込む事が出来た。


 そしてこの3年のアレクの普段からの態度や周りの評判もあって、スペンサー公爵家の人々はアレクを信頼した。レティシアの気持ち次第だがこのまま2人を見守る事にしたのだった。




 

 ……そしてレティシア本人は無事学園を卒業し、フィリップ王子との結婚の予定も無くなった。何より『悪役令嬢』の断罪が無かった事に安堵したレティシアは、その後は商会の仕事に没頭した。

 ……そしてそんなレティシアの横には、いつも藍色の髪の優しげな青年が居たのである。




 ◇



 ――それから数年後。


 元スペンサー公爵家嫡男ローランドはファルシオン王国国王となり、王家という一番高いところからだけでは見えない各地の生活を知ったその采配は、このファルシオン王国を大きく発展させた。


 次男エリックはスペンサー公爵として兄である国王を支えた。


 ……そしてその2人の妹でスペンサー公爵家の運命を大きく変えるきっかけとなった、前王子から『婚約破棄』をされたレティシアは……。




「お嬢……、レティシア。もうすぐ子供も生まれるのだから無理をしてはいけない。今の君は1人の身体ではないんだからね?」


「アレク! 分かっているわよ。ただ、今回輸入されてきた物の中に気になる物があるのよ。多分コレは『胡椒』だと思うのよね……」


「レーティーシーア! 今は人に任せられる事は任せて無理はしないの!」


「はいはい。……旦那様は心配症ねぇ」


 レティシアはスペンサー公爵家が持っていた別の伯爵位を継ぎ、始めは小さかった商会をこの国一番の商会に育て上げた。スペンサー公爵家の商会とも連携をとり、兄である国王の治世を支える一角となっている。

 ……そしてそんなレティシアの隣には、元々は貧乏伯爵家の五男で『御庭番』として本来王宮勤めだったアレク。彼と心が通じ合い結婚したのだ。



 アレクはレティシアにベタ惚れである。そしてそれを照れつつ受け入れるレティシア。

 

(このレティシアのツンデレ? ぶりが、いつぞやのフィリップ王子も気に入っていたんですかねぇ。レティシア本人は自分の事を未だに『悪役令嬢』だなんて言ってますけど。……まあよく馬鹿をしでかして手放してくれたものです。フィリップ様には感謝しかありませんよ)


 アレクはそう思いつつクスリと笑う。



 今、フィリップ元王子は辺境の地で一騎士として働いている。王家の血を利用されてはいけないので、近くには監視人も数人付いている。勿論結婚したり子を儲けることは許されていない。

 スペンサー公爵家を後ろ盾にした絶大な力を持つ新国王の不興を買った元王子に、関わろうとする者は居ない。



 そもそもあの学園の卒業パーティー。フィリップ王子はあの時、子爵令嬢はもう既に捕縛されていると思い込んでいた。……それが子爵令嬢はパーティー会場に現れ、全てを暴露されてしまった。



 ……アレクはあの時、捕縛されようとしていた子爵令嬢を逃がし卒業パーティーに参加したいという彼女のその願いを、ただ一度叶えてあげただけ。……ただ、それだけ。




「ああ! でもやっと念願の胡椒を見つけたかもしれないのよ! コレが広まれば世界の料理はガラリと変わるわよ!?」


 目をキラキラと輝かせ話すレティシアを、アレクは眩しそうに見て優しく微笑んだ。



「レティシア。そんな君もとても愛しているけれど……、無理はダメだからね?」


「ふふ。でも最後は私の願いを聞いてくれるアレクの事を、私もとても愛しているわ」



 想い合う2人はふふと笑い合って見つめ合い、そしてどちらからともなくキスをした。




 そしてそれからも2人は仲良く商会を切り盛りしていった。社交界にはレティシアが元王妃教育の完璧な作法でやり取りをし、今も自称『悪役令嬢』を全力でやり切っている。アレクも商売の勘がいい。商売も私生活も大成功を収めた2人だった。


 



 そうしてスペンサー公爵家の三兄弟は協力し合い、ファルシオン王国を大きく繁栄させていったのだった。





《完》




お読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待通りのラスト ヒロインもしっかり爵位を得、良いサポート(夫)も得て活躍しているようでとてもスッキリしました 王位後継者がハニトラ仕掛けるってほんとありえんよなぁ…貴族の誰も拒否できな…
[一言] どんな言い訳をしようと浮気は浮気ですよね! スッキリしました。
[一言] 元王子は、今でもなんで嫌われたか 判ってないんだろうな〜 逆に放置プレイだ~って興奮してそうw
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