嵐の卒業パーティー
――いよいよ今日が、学園の卒業パーティー。
殿下はすっかりあの子爵令嬢に骨抜きにされているようだけれど、まだ婚約者である私にドレスやアクセサリーなどの贈り物はしてくるのよねぇ。あの子爵令嬢にもしているようだけれど。……マメな男ね。
そして今日のパーティーは私のエスコートをしてくれるようだわ。公爵家に王家の馬車が到着した時は驚いたわ。よく子爵令嬢が納得したわね? ……さあ、どうなさるおつもりかしら?
レティシアはそんな事を考えながら、チラリと目の前のフィリップ王子を見る。
「……ああ、綺麗だ。やはりレティシアがこの世で一番美しいよ」
今着ているドレスはフィリップ王子から贈られた、王子の瞳の色である真っ青な美しいドレス。……勿論、婚約破棄の展開になりドレスを贈られない可能性も考えて別のドレスも用意していたのだけれど。
自分の色を纏った私を見て感極まったように言うフィリップ王子に、私は更に冷めた思いで言った。
「まあ、どなたと比べて一番なのかしら」
……そう冷たく返す。すると王子はヤキモチを焼いていると思ったのか、困ったように微笑んで見せた。……本当にどうしようもないわね。
パーティーの会場に入ると、王子が正式な婚約者である私をエスコートしている事に周囲の人々は少し驚く。……私も公爵家に来た王子を見て驚いたから分かるわ。本来あるべき姿のはずなんですけれどね。それだけ周囲の方々の目にも、フィリップ王子とあの子爵令嬢はただならぬ関係だと思われていたという事ね。
そうして広間の中央付近を見ると、ピンク髪の子爵令嬢が1人立っていた。王子が贈った王子の瞳の真っ青なドレスを着て。……嫌だわ、私とお揃いじゃない。本当に趣味が悪いったら。
そして彼女は私達を見るなり、こちらに向かって来て私を指差して叫んだ。
「レティシア スペンサー公爵令嬢!! 今からフィリップ王子は、私を酷くいじめた貴女を断罪し、婚約破棄を言い渡すんだからぁ!!」
…………それ、貴女が言うんですか。
言ってやった! と満足げな子爵家令嬢をよそに、私は隣のフィリップ王子の様子を窺う。
……あら、お顔が真っ青ですわよ? とりあえず王子はこんな風にするつもりはなかった、という事なのかしらね?
「どういうことなのか、お伺いしても? フィリップ殿下」
私は至極冷静に王子に尋ねた。パーティー会場は既に大騒ぎだ。
「いや……、コレは違うんだっ! この娘が勝手に! 私が愛しい貴女に婚約破棄なんてするはずがないじゃないか! この娘は何か思い違いをして……!」
青い顔でしどろもどろと言い訳をする王子に、子爵令嬢は噛み付く。
「何言ってるんですかぁ! 王子! 私だけだって……、婚約者とはその内別れるからって、そう言ってたじゃないですかぁ! だから、私は家の秘密も話して……」
子爵令嬢がまだ何か話をしている時、パーティー会場に衛兵達が入って来た。そして戸惑う生徒達を掻き分け、子爵令嬢のところまでやってきた。
「身柄を拘束させていただきます」
そう言ってあっという間に子爵令嬢を取り押さえてしまった。どうやら彼女の子爵家が不法な薬品の取引をしていて、その証拠隠滅を図ることを防止する為に一族使用人に至るまで捕縛されるらしい。
「いやっ!! どうして? 私は助けてくれるって言ったじゃない! そしてどこかの高位貴族の養女にしてお妃様にしてくれるって……! いやっ! 私に触らないでぇ!」
必死に王子に向かって叫び続ける子爵令嬢から、フィリップ王子は視線を逸らした。
「……ッ! 酷い! 始めからそのつもりだったのね! なんて人なの!」
……おそらく、フィリップ王子は子爵家の不正を暴く為に令嬢に近付き、利用するだけして捨てたのだ。
会場中の人達がそれを察した。そして自業自得とはいえ、哀れな子爵令嬢が連れて行かれるのを眺めた。
卒業パーティーの会場が、しん、と静まり返る。
「……さて、フィリップ殿下」
レティシアはフィリップ王子に話しかけた。
「! あ、ああ、なんだい? レティシア。私には本当に貴女だけなんだよ。それが不正を暴く為とはいえ貴女には辛い思いをさせたね。彼女にはなんの感情もない。本当に証拠集めの為だけだったんだ。私は貴女に永遠の愛を……」
「いりませんわね」
私が話しかけた事でなんとか持ち直そうとしたのか、いつもの調子で話し出した王子にレティシアは一言で言い切った。
「え……。レ、レティシア? 今なんて……」
「いりません、と申し上げたのですわ。私は殿下の薄っぺらい愛など必要ありません。……そして、謹んで『婚約破棄』を承ります」
私はそう言って、王子にカーテシーをした。
呆然とする王子をよそに、出口に向かって颯爽と歩き出す。
そして正気に戻った王子が慌てて声を掛けてきた。
「ま、待つんだ! レティシア! 私は『婚約破棄』をするだなんて一言も言っていない!」
そのまま立ち去ろうとしたけれど、私は少し思い直して足を止め振り向かないままで答える。
「先程の子爵令嬢が、これまでの貴方様のお言葉を伝えて下さったではありませんか。……それで十分でしょう」
そして私は呼んでおいた公爵家の馬車に乗った。……王子はそこまでは追いかけては来なかった。
そうして公爵家に帰り、卒業パーティーという公衆の面前で王子と婚約破棄をした私は家族から叱られ勘当される事を覚悟した。
私は王子と婚約破棄をした娘など要らないと言われるかと思っていた。けれど両親も兄達も話を聞き私を優しく温かく迎えてくれた。
そして王子に対して家族全員が怒り狂い、早速父が登城し国王陛下に苦言を申し上げた。
王家も王子がしでかした不始末に慌て、直ちに正式な謝罪があった。そしてフィリップ王子は不正を暴きたかっただけでレティシアと婚約破棄などするつもりはなかったと、レティシアを心から愛しているのでなんとか婚約を継続して欲しいとお願いされた。……が、私は勿論のこと怒る我が家族も、決してそれには頷かなかった。
そして今回の件はたくさんの貴族達がいた場所で起こった為に、王家への不信感が高まった。そして我がスペンサー公爵家もそんな王家にこれから協力する事は出来ない、と強い態度で臨んだ。
すると我が家の派閥の貴族達もそれに倣い……。どうにもならなくなった王家は、ことの発端となったフィリップ王子に処罰を与えるしかなかった。
幾ら不正を暴く為とはいえ、1人の女性を弄んだのだ。彼女にも問題はあっただろうが、彼がした事は人として、そして将来国王として人々の上に立つ者としてとても相応しくない出来事だった。しかも、それは不特定多数の人々の前で行われた為に王家は火消しをする事が出来なかった。
そして、フィリップ王子は廃嫡となり、次の王位継承権を持つ者に王太子の座は移ることになった……。