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スペンサー公爵家の人々


「父上。コレをご覧ください」


「……む。コレは……!」



 スペンサー公爵家の公爵の執務室。

 長子ローランドがある書類を持って来た。公爵はそれを熱心に見ていたのだが……。


「……なんと、素晴らしい……! 流石は我が娘レティシア! あれ程の愛らしさと商売の才を併せ持つとは……! あの子は本当は女神か妖精なのでは!?」


「……そうでございましょう? あの娘は小さな頃から優しく美しくそれでいて言うべき事するべき事は成し遂げるのです。あれ程の出来た妹を持つ私はもしも愛する妻と出会っていなければ婚期が遅れていたかもしれないくらいです」



 父と長兄は妹レティシアを褒めちぎった。……しかしこれがいつもの彼らの日常なのである。そして公爵夫人と次兄が寄っても同じ展開になるのだ。


 ……しかし、彼らはそれをレティシア本人の前では言わないようにしている。レティシアが幼い頃にそんなに褒めまくるのはやめてくれと泣いてお願いされたからだ。そしてその代わりに、レティシアが居ない所で家族全員で溢れるような愛でレティシアを褒めまくっている。



 父と長子がいつものようにレティシアを褒めちぎっていると、やや乱暴に扉がノックされ次男エリックが入室した。


「……父上! お聞きになりましたか!?」


 興奮気味の次男に父公爵は落ち着いた様子で答えた。


「レティシアのいつもながら素晴らしい話なら今し方ローランドから報告を受けたところだ。……あの娘には商才がある。いやそれだけでなく美しさもそして将来の王妃としての器も完璧なのだ。あぁ、むしろ王妃などという型にはめる事になるのは非常に惜しかったのやもしれん……」


 などとレティシアを褒めちぎる通常運転の父。いつもなら「全くその通りです!」と親子で話が弾む所なのだが……。


「父上……! その完璧で美しいレティシアがフィリップ殿下に蔑ろにされているのかもしれぬのです!」


 次男エリックは拳を震わせ怒りを抑えながら父にそう報告した。


「……なに? 殿下が我が至宝の娘レティシアを蔑ろに? ……エリック。詳しく話せ」


 一気に父の雰囲気が変わった。そしてそばにいたローランドも。

 部屋の空気が5度くらいは下がったのではないかと思いながら、エリックはゴクリと唾を飲みつつその話の続きをした。





「……それでは、フィリップ殿下はその子爵家の令嬢とやらに手を出し浮気をしている、と? 学園内でも噂になる程だというのか?」


 スペンサー公爵はエリックに確認する。


「いやしかし……。王宮でレティシアと一緒にいる殿下を偶にお見かけするが、殿下の我が妹を見る目は恋をする者のそれだった。殿下はやはり愛らしいレティシアに惚れ込んでいるのだなとつい最近もそう思って見ていたのだが……」


 少し戸惑いがちにローランドはそう言った。


「……私が学園に通う友人の弟からこの噂を聞いたのは少し前です。私も王宮でのフィリップ殿下を見ておりましたのでまさかと思って聞き流していたのですが。

……数日前王都の街に所用で出掛けました折、楽しそうに歩く殿下と1人の娘を見掛けたのです」


 憎々しげにそう語るエリック。


「……む。学園の、友人などではないのか? もしくは殿下はその娘にしつこく付き纏われているのでは……?」


 我が娘が可愛い公爵だが、流石にその婚約者の王子から全ての女性を排除しようなどとは考えてはいない。


 数年前まではフラフラした様子だったフィリップ王子。そのままであったなら婚約を破棄させようかと公爵は本気でそう考えた時もあった。

 しかしある時期からフィリップ王子は明らかにレティシアに惚れ込んでいる。婚約者としての贈り物やエスコートは勿論、彼のレティシアを見る目が全てを物語っている。……だから婚約の継続をさせ王家に財政的にも派閥的にも便宜を図り続けていたのだ。


「……その2人が公園の陰でキスをしていても、そう思われますか?」


「「なッ……!?」」


 公爵とローランドの声が重なった。


「その、子爵家の小娘が無理矢理、という訳では無いのか? 学園を卒業して暫くすれば我が妹と結婚だというこの時期にそのような浮ついた愚かな事をするとは、あまりにも軽率過ぎるだろう!? 王太子ともあろう者がそのような浅はかな事をするとは考えられん!」


 ローランドは思わずと言った風に叫んだ。結婚直前と言っていいこの時期に浮気など、レティシア本人も勿論だがこのスペンサー公爵家をも馬鹿にされたようなものだ。今のファルシオン王家とスペンサー公爵家との関係性を考えるならそのような愚かな事をするはずがない。



 スペンサー公爵もこの信じ難い話に少しばかり動揺していた。しかしもしそれが事実であるならば許せるはずがなかった。



「……もしも、それが本当なのだとしたら……」



 スペンサー公爵はそう言って数秒何事かを考えた後、息子達を見た。



「エリック。ローランド。フィリップ殿下とその子爵家の小娘を徹底的に調べよ。その子爵家の内情もだ。私は我が公爵家の派閥の貴族達への引き締めを行う。……何かあればすぐに動けるようにな」


「「承知いたしました!」」



 父の覚悟を感じた息子達は即座に動いたのだった。




 息子達が出て行った後、公爵は妻である公爵夫人とも話し合う。2人共自慢の娘を蔑ろにされているかもしれないこの状況に怒りが収まらなかった。


 スペンサー公爵は怒りを鎮めようと窓の外を眺めながらため息を吐く。



「……学園内で噂になっているのならレティシアも当然その噂を聞いているはず。さぞ心を痛めている事だろう……。いや、あの娘は元からこの婚約には乗り気ではなかったか。昔から婚約を白紙にしてくれと言っていたな。……もしや、あの王子を見ていずれこうなる事を予想したのか? ……流石は我が娘」


 やはりこうなっても、娘贔屓(びいき)は収まらなかった。


 これから公爵家がどう動くかは、息子達の報告次第だ。……その結果次第で我がスペンサー公爵家は王家と対立する事もあり得るのだ。そしてハッキリ事実と確認した上でレティシアにそれを話そう。公爵夫妻はそう考えていた。




 ……その後。


 残念ながら、フィリップ王子の浮気は『黒』。

 スペンサー公爵家の人々は怒りに震えた。



 家族会議を行いすぐさま公爵が登城し国王陛下に一言申し上げる事とし公爵家としては『婚約の白紙』の方向で動くと決めた。

 そしてその日公爵が王宮から戻りレティシアが学園から帰ったら本人に今回の話をする事にしたのだ。


 ……しかし、王城から帰ったスペンサー公爵の表情は優れなかった。



「貴方? どうなさいました? 今回の王家の裏切りそして可愛い娘レティシアを傷付けた件をきちんと王家にお話ししてくださったのでしょう?」


 様子のおかしい夫に公爵夫人が問いかけた。


「勿論、私は陛下に今回の殿下の愚行を申し上げた。……しかし、陛下はこの件には深い事情がある、と。そしてフィリップ殿下はレティシアを一番に愛しており、あの子爵令嬢とは事情があり一時一緒にいるだけで卒業までにはキチンと片がつくからしばらく待てと、そう仰せなのだ」


 苦々しい表情で公爵は言った。


「……父上!? まさかそのような戯言を信じられた訳ではないでしょう? どのような理由を付けても結婚直前の『浮気の事情』など通用するはずがございません!」


 長子ローランドが反論した。


「それにこれは可愛い我が妹レティシアを蔑ろにされただけでなく、我が公爵家をも軽く扱われ蔑ろにされたと同じ事! このまま放置するは他の貴族達にも示しがつきません! まずはこの婚約を白紙とし我が公爵家の怒りを示さなければなりません!」


 次男エリックもそう怒りのまま言い放った。


 怒り狂う息子達を見て、スペンサー公爵は静かに言った。



「……今回は我らは怒りのまま動く訳にはいかぬ。陛下直々に『時期が来るまで』待てと頼まれたのだから」


「「しかしッ!!」」



 すぐさま反論して来た息子達を、公爵は一睨みするように見てから言った。


「まぁよく聞け。今、怒りのまま動くは得策にあらず。……レティシアの学園卒業まではあと僅か。そして我らが()()()に動くならば準備期間が必要だ。卒業までにこちらも全てを整えて『その時期』とやらが来るのを待とうではないか」


 

 公爵はそう言って今度は不敵に笑って見せた。公爵夫人も息子達もゾッとした。



 ……コレは、公爵は相当怒っている。しかしそれは致し方ない。可愛い娘を蔑ろにされ、スペンサー公爵家全員が怒りに打ち震えているのだ。



 初め『王子』に向けられたその怒りは、今は『王家』に変わりつつある。



 婚約が決まってから可愛い娘レティシアの為にと王家に尽くしたこの7年。財政的にも貴族としても支えて来たスペンサー公爵家にしかしながら王家が返したのは『不誠実』。


 娘を傷付け我が公爵家への恩を仇で返す王家を決して許す訳にはいかない。




 ……そうして水面下で、静かに王国は揺れ動いていくのだった……。



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